【第十四話(1)】 生と死が分かつ二人(前編)

【登場人物一覧】

瀬川 怜輝せがわ れいき

配信名:勇者セイレイ

本作主人公。純真無垢な性格であり、他人の為に全力を尽くす。

センセーの方針によりデッサン技術を磨いており、その経験から優れた観察眼を持つ。

前園 穂澄まえぞの ほずみ

配信名:ホズミ

本作ヒロイン。大人しめで引っ込み思案気味な性格。

機械操作が得意。主に配信ではドローン操作・情報支援を行う。

一ノ瀬 有紀いちのせ ゆき

配信名:noise

役職:盗賊

セイレイの配信に突如現れた、戦闘技術に長けた女性。

勉強熱心であり、日々魔物やダンジョンに関した研究を独自で行っていた。洗練された回避技術を持ち、戦闘ではその能力を惜しみなく発揮する。

千戸 誠司せんど せいじ

通称:センセー

元高校教師。

瀬川と前園の育ての親。また、一ノ瀬の元担任でもある。

彼等の将来を案じており、どうすれば彼等が真っ当に生き抜くことが出来るのか日々苦悩している。

須藤 來夢すとう らいむ

配信名:ストー

役職:武闘家

海の家集落のリーダー。しかし、方針を決める者は別に存在し、彼自身は余所から来た者の対応などの役割を担っている。

格闘家の家系に育ち、幼い頃は格闘技術を叩き込まれたそうだ。


----


辺り一面に広がるのは、静かに波打つコバルトブルーの海。

「わあ、綺麗……」

遠くまで見える地平線。沈む太陽が、地球の丸さを如実に物語る。

瀬川は船から見える景色に、心奪われる。

スケッチブックは濡れるからと置いてきたのもあるが、今はただ、この目にしっかりと船から見える景色を焼き付けておきたかった。

ボートを漕いでいる須藤は瀬川の様子に満足げな表情を浮かべる。

「ダンジョンの事ばかりで、あまり海の家らしいこと出来ていなかったからね。これくらいはしないと」

「本当に、ありがとうございます。良いものを見ることが出来ました……」

瀬川の隣に座る前園は、今にも泣きそうな表情で感慨に耽っている。

それもそのはず、海の家集落に辿り着いた瀬川達。彼らはあの日から様々な混乱に巻き込まれ、ゆっくりとする時間など何一つ取ることが出来なかったのだ。

今、この場にいるのは勇者一行などではない。ただ、そこに居たのは純粋に目の前の海に心打たれる少年少女だった。

一ノ瀬は、須藤の隣で船の縁に肘を掛け、静かに海辺を眺めていた。彼女なりに何か考えていることがあるのだろう。

「一ノ瀬。久々の海はどうだ?」

須藤はそんな彼女に声を掛ける。最初は聞こえていないのかと思うほどに、彼女から返答が戻ることは無く静寂が続く。だが、しばらく経ってから彼女が小さく笑い声を漏らした。

「……悪く、ないね。こうして、皆といる時間はさ……」

彼女の言葉には、他の者には無い重みがあった。

魔災以降、孤独に生きてきた一ノ瀬。師さえ自らの手にかけ、一人でダンジョン攻略に明け暮れる日々を送ってきた彼女にとって。誰かと過ごす時間はいつ以来だったのだろう。

「姉ちゃん」

瀬川はそんな彼女の方へと振り返り、身体を伸ばして後ろに座っている一ノ瀬の肩を叩く。

「ん?どうしたのセイレむにゅ」

振り返った一ノ瀬の頬目がけて、瀬川は人差し指を突き出した。見事に一ノ瀬はその瀬川のトラップに引っかかり、回避技術に長けた彼女に人差し指の一撃を食らわせる。

一ノ瀬の頬が、人差し指の形に凹んだ。

瀬川はそんな呆気にとられた彼女の様子がおかしくなったのか、「ぷっ」と吹き出した。

「あははははっ!姉ちゃん変な顔むぎゅっ!!」

「セーイーレーイーーーーっ??」

一ノ瀬も同じく身体を乗り出し、瀬川の両頬をつまみ上げる。その動きに伴って、船が大きく左右に揺れた。

前園は慌てたような悲鳴を上げる。

「きゃぁっ!?一ノ瀬さん、揺らさないでください!!」

「セイレイ、君という男は何をするのー!?このっ、このっ」

「おい一ノ瀬揺らすな、この中だとお前が一番最年長だろうが、何子供みたいなことしてんだ!?」

かつては人々で賑わっていたビーチ。だが、多くの命が奪われたこの世界で、海を満喫しようという人は存在しなかった。

魔物の脅威を感じること無く、ただ純粋に目の前の物事を楽しむことが出来ること。ただ、当たり前だと思っていたはずのそれに、彼等は幸せを感じていた。


★☆☆☆


大きく左右に揺れる船を眺める千戸。

彼は海沿いにそびえ立つ岩の上に座りながら、千戸は釣り竿を垂らしていた。

静かに揺れる波に合わせて、釣り糸も左右する。

釣り針に括り付けられた、魚を模したルアー。揺られた波に伴い、まるで生きて泳いでいるかのようだ。

ふと思い立ったように、釣り竿を引き上げてみる。しかし引き上げられたのはルアーだけで、魚は一向に釣れそうも無い。

千戸は何度も確認するようにルアーをマジマジと見つめた後、残念そうに溜息を付いた。そんな彼に近づく、一人の少年。

「ねえ千戸さん、一体いつになったら釣れるんだよー。皆の所に行った方が良かったんじゃない?」

黒のスウェットに身を包んだ、ぼろきれのようなマントを首に巻いた男。千戸は呆れたようにちらりと少年の方を見やる。

「……たまにはこういう時間があっても良いだろ?そうは思わないか?ディル」

「あははっ、名前覚えられてたー」

配信中に現れた謎の少年、ディル。彼は相も変わらず気の抜けたような笑い声を上げた。

ひとしきり笑った後、ふと真剣な表情を作って千戸へと問いかける。

「でさ、千戸さん?今回の配信、どう思った?」

「質問が抽象的だな」

「や、別にそんな完璧な回答なんて求めてないんだよ?ただ、千戸 誠司として感じたことを僕に教えて欲しいなー……駄目?」

彼の質問に、千戸は海辺を眺めたまま釣り竿を自身の隣に置く。そして、考え込むように顎に手を当てた。

しばらくしてからディルの方へと向き直る。

「明らかに、セイレイの配信は”都合が良すぎる”……そう思わないか?」

千戸の質問に、ディルは「そう、それ!」と指を鳴らしながらウィンクをした。そして、岩の段差を飛び跳ねながら、言葉を続ける。

「ふふ、千戸さんはやっぱり勘が鋭いね」

「お前に褒められても嬉しくないな」

邪険に言い返した千戸に対し、ディルはわざとらしく悲しそうな表情を浮かべながら俯く。

「ひっどー。まあ良いんだけどね。noiseとか言う美人のおねーさんといい、超スーパーイケメンな僕といい、明らかに歯車が噛み合いすぎているよね?ね?」

「……なにが言いたい?」

そこでディルは腕を組み、考えるようにして空を仰ぐ。何かを閃くように「あっ」と言葉を漏らして千戸へと向き直った。

「えっとねー、彼の配信の全ては、”プロローグ”に繋がっているんだ」

プロローグ。ディルは確かにそういった。だが、千戸は彼の言っている言葉の本質を理解できなかった。

ディルにとって、その反応は予想通りだったのだろう。千戸の反応を待つこと無く言葉を続ける。

「全ては、たった一つの結末の為に。だからこそ、セイレイ君は”勇者セイレイ”である必要があるんだよねー」

「……セイレイを、勇者として祭り上げよう、と言うのか?」

看過できる言葉ではない。明らかに人の理を超えた発言に、千戸は眉をひそめる。

「ぶっ、あはははははははっっっっ!!!!」

どこが面白かったのかは分からないが、彼のツボに入ったようだ。ディルは大声を上げて笑った。

「何がおかしいんだよ」

彼の行動原理を読むことが出来ず、千戸は苛立ちを隠すことが出来ない。

ひとしきり笑った後、ディルは「ところで」と異なる話題を持ち出す。

「人が最も大きく成長する瞬間。それは一体何だと思う?」

彼の質問の意図が読めない。無視を決め込んでも良いはずだが、千戸はディルの質問から逃れることが出来なかった。一先ずと言った形で、自身の考えを告げる。

「皆で困難を乗り切った瞬間、だろうか」

「違うよ。”死”だよ」

ディルは間髪入れずに返答した。その答えに千戸が辿り着くことが出来ないと想定していたかのように。

「死……?」

「そう、死。よくバカは死ななきゃ治らない、って言うでしょ?あれさー、『度を超えたレベルのバカは死ぬ以外にその行動を直す方法がない』って意味で捉えられるじゃん?でも、僕は違う意味だと思うんだ」

「……どういう意味だと思うんだ?」

答えを促すと、ディルはクルクルと右足を軸にしてバレエダンサーよろしく、身体を一回転させる。だが、途中で岩の間に脚を引っかけて、思わずバランスを崩した。

危うく、彼は海に一直線に落下するところだった。崖っぷちに立ってバランスを保ちながら、言葉を続ける。

「おっとと……誰か、身近な人が死ぬことでしか、自分がしでかしたことの重大さに気付かないってことさ」

「……」

魔災で家族をうしなった千戸は、なにも言い返せずに黙りこくる。

だが、ディルはどこかスイッチが入ったのだろう。仰々しく両手を広げて、まるで演説でもするかのように己の意見を主張する。

「あははっ、だってさ!!魔災!!あれでどんだけの人が死んだ!?八割、八割も死んだ!!身近な人が死んで、目先の生に縋ることしか出来ない人ばかり!!この世は馬鹿しかいないんだよ!!救いようもない馬鹿ばっかリだ!!」

「……訂正しろ」

「のうのうと生きてきたくせに!!争いも知らず、ただ目先の安全を享受することしか知らなかったくせに!!よくも希望なんていけしゃあしゃあと言えたものだよね!?ねえ、ねえ!!」

「訂正しろっっっっ!!!!」

思わず、千戸は声を荒げた。ディルはその声に落ち着いたようで「っはー」と息を吐く。

「調子に乗ったのは謝るけど、訂正はしないよ?……そもそも、死ぬってどういうことか千戸さんは分かる?」

そこで、千戸は改めて死ぬという意味を考えた。恐らく、ディルは「生命の終わり」以上の答えを持っていると想像出来る。

だが、どれほど考えてもディルの望むような答えを見いだせないと判断した千戸は諸手を挙げた。

「……降参だ。お前にとっての”死”とはなにを意味するんだ?」

そう尋ねると、ディルは千戸の隣に置かれた釣り竿を掴み、海へと振るう。ぽちゃりとルアーが水面を叩く。

「『二度と元には戻らないもの』だよ」

「二度と?」

「そ」

ディルは水面の波に合わせるように、釣り竿を揺らす。見た目に見合わず、器用なことをする男だ。

じっと浮きを見つめながら、ディルは言葉を続ける。

「例えば、千戸さんは分かるよね?芸能人が不祥事を起こした時、二度と前のような純粋な気持ちでその人を見ることが出来なくなるでしょ?他にも、信頼していた友達が、自分のものを盗んだり壊したりした時。もう二度と、完全に信頼を置くことが出来なくなるでしょ?それってさ、言いようによっては『自分の中で、その人は死んだ』とも捉えられるんじゃないかな?」

詭弁きべんだ。

千戸は声を荒げて彼の言葉を否定したかった。だが、ディルの語る言葉を受け入れている自分が心のどこかにいる。

「……つまり、何だ。なにか人の悪い面を見たとき、俺達の中でその人は死ぬ。言いたいのはそういうことか?」

「違うよー、死んだらさ、”生まれる”んだよ。『信頼できなくなった相手』がさ」

「……」

浮きが沈み始めたのを確認したディルは、慎重にリールを引く。ゆっくりと上がったルアーの先には、小柄な魚が一匹引っかかっていた。

「皆失うことばっかりで、そこから何が生まれるか、なんて気にも留めない。皆、現状維持にすがりすぎなんだよー」

「変わらない安寧を求めることの何が悪い?」

ディルは釣った魚をクーラーボックスに入れて、再び釣り竿を海に向かって振るう。再びルアーが水面を叩く音が響く。

「悪いに決まってるじゃん、変化があってこそ人生だよ。不変の人生なんて何も生まないし、それって死んでるのと何が違うの?」

「変わらなくてもいい。その日を生きることが、生物として大切なんだろ」

相も変わらず、ディルは釣り針を器用に揺らす。徐々に、釣り糸は波に揺られるようにして沖から離れていく。

「はー、分かってないなあ。いい?人は‘’気付く”事でしか成長できないの。未来を描けないの。気付くってのは、つまり『今までの気付かなかった自分が死ぬ』こと。そして、『気付いた自分が生まれる』ことだよ?」

「成長……」

「お、釣れた釣れた」

浮きが大きく沈んだのを確認したディルは、全身を使って釣り竿を引いた。

すると、引き上げられた釣り竿から、彼の両手で持ち上げられるかどうか、という程の大きさの魚が釣り上がる。明らかに大物だった。

「スパチャブースト”青”」

すかさずディルは魚に向けて宣告コール。すると発動した光の帯が魚を纏い、まるで抵抗など出来なくなった。

観念したようにピタリと動きを止めた魚をたぐり寄せるように、ディルは釣り竿を引き上げる。

「さ、話を戻すけどね。全ては”プロローグに繋がる”んだよ。そして、その過程の中で邪魔なのは、千戸 誠司。君だよ」

「俺が?」

突如、名指しで邪魔者扱いされた千戸は怪訝けげんな表情を浮かべてディルを見つめる。

光の帯を解除し、釣れた魚をクーラーボックスに片付けたディル。すると、飽きたと言わんばかりに釣り竿を元の位置に戻した。

 。それによって勇者セイレイはまた一つ、気付きの糧を得るんだ」

荒唐無稽な事を次から次へと話すディル。根拠なんか何一つ無いのに、彼の言葉にはどこか説得力があった。

そんな言葉を否定するように、千戸は強く首を横に振る。

「……俺は死ぬ訳にはいかない。生きて、セイレイ達の成長を見届ける役割がある」

「いや、プロローグは絶対さ。僧侶らしく、神に誓って断言するね」

僧侶ディルは、クスクスと愉しそうな笑みを零す。千戸は睨むようにして、ディルに問いかけた。

「お前の言う、神とは何だ?魔王か?邪神か?」

だが、彼は無邪気な笑みのまま、「ちっちっちっ」と人差し指を左右に振って返事を拒む。

「それは言えないよ……さて、そろそろ皆が帰ってきちゃうね、ばいばーい」

岩壁から飛び降りたディルは、すたりと華麗に着地する。

そのまま立ち去るのかと思ったが、くるりと何か思い返したように千戸の方へと振り返った。

「あ、そうだ。ここのスポットはあんまり釣れないよ。もっと向こうの岩場へ移動しなきゃ、またねー」

今度こそ、岩陰に姿を隠すようにしてディルは居なくなった。再び静寂が漂い始めた海辺を眺めながら、千戸は大きな溜息を付く。

「……俺は信じない。運命とか、絶対なんて言葉は。生きるんだ、俺は……」

千戸は釣り竿とクーラーボックスを持ち上げ、ディルが示した方向の岩場へと移動を始めた。


To Be Continued……

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