【第八話(2)】 コネクトする想い(後編)

【登場人物一覧】

瀬川 怜輝せがわ れいき

配信名:勇者セイレイ

本作主人公。純真無垢な性格であり、他人の為に全力を尽くす。

センセーの方針によりデッサン技術を磨いており、その経験から優れた観察眼を持つ。

前園 穂澄まえぞの ほずみ

配信名:ホズミ

本作ヒロイン。大人しめで引っ込み思案気味な性格。

機械操作が得意。主に配信ではドローン操作・情報支援を行う。

一ノ瀬 有紀いちのせ ゆき

配信名:noise

セイレイの配信に突如現れた、戦闘技術に長けた女性。

勉強熱心であり、日々魔物やダンジョンに関した研究を独自で行っていた。洗練された回避技術を持ち、戦闘ではその能力を惜しみなく発揮する。

千戸 誠司せんど せいじ

通称:センセー

元高校教師。

瀬川と前園の育ての親。また、一ノ瀬の元担任でもある。

彼等の将来を案じており、どうすれば彼等が真っ当に生き抜くことが出来るのか日々苦悩している。

須藤 來夢すとう らいむ

セイレイからの呼び名:ストー

海の家集落のリーダー。しかし、方針を決める者は別に存在し、彼自身は余所から来た者の対応などの役割を担っている。

格闘家の家系に育ち、幼い頃は格闘技術を叩き込まれたそうだ。


----

前園のドローンに呼応するように、強く光を放った追憶のホログラム。それはドローンと融合し、姿を消した。

その後、Sympass《シンパス》を起動すると、通知欄が更新されていることに気付く。


[”information”

サポートスキル ”支援射撃”を獲得しました]


「支援……射撃?」

前園はドローンの方へとチラリと目をやりながら、思わずパソコンに踊る文面を呟いた。

その文面を同様に確認した一ノ瀬は、ドローンを持ち上げる。球状のドローンは先刻とは何一つ変わらない様子でそこに佇む。

「恐らく、ドローンの能力……とか?」

「え、何それ怖い」

瀬川はどこかおどけるように、しかし引きつった笑いを浮かべながら言葉を挟む。

「とりあえず、外に出てドローンを動かしてみたらどうだろうか、確認もできるだろ」

千戸がそう提案すると、前園はどこか怯えた表情を浮かべながらも、こくりと頷いた。


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彼等は再び木々が鬱蒼うっそうと生い茂る自然公園を訪れる。

不安げにごくりと生唾を飲み込む前園。ベンチに座った彼女はパソコンを操作し、ドローンを浮上させた。彼女を取囲むように立つ四人は、一同にドローンの方に視線を送る。

やがて前薗が操作するドローンは、管理するものが居なくなり、蔦が複雑に絡み合った巨木に向けてカメラを向けた。

流れるようなタイピング操作と共に、ものは試しに……と前園は目の前の巨木を指差し叫ぶ。


「え、えーと……支援、射撃っ!」

しかし、ドローンからは何も反応が見られることなく静かに空を泳いでいた。


前園はどこか拍子抜けしたように、そして恥ずかしそうに頬を染めつつ、がくりと肩を落とす。

「……やっぱり、ドローンに変化はなさそうです……?」

「いや、恐らくSympass上で通知が来たことを考えると、配信に関係したもの、と考えた方が良いかな。少なくとも今試せるものでは無いのかも」

一ノ瀬はどこか考え込むように顎に手を当てる。

徐々に積み重なる情報に混乱した須藤は、眉間の皮膚を摘まみながらぼやいた。

「何だか、俺……この二日で情報の暴力を叩き込まれている気がするよ。瀬川君達が来たのがすごく昔のことのようだ」

「俺達でさえも訳がわかんないんだから、兄ちゃん、姉ちゃんは特にそうだよね……」

情報の波にもまれているのは瀬川も同様である。

ただ、これ以上はダンジョンに実際に潜入しなければ確かめられないことばかりなのも事実だ。

一足先に自然公園から踵を返した一ノ瀬。彼女は横目で全員を見やりながら、声を掛ける。

「とりあえず、ゆっくりと情報を整理しよう。ダンジョン配信をする為の作戦も立てたい」

「うん、分かった」

彼女の提案に瀬川は、決意したように強く頷いた。


☆☆☆☆


再び海の家に戻った彼等。一ノ瀬は席に着くや否や、キャンパスノートを開きながら瀬川の方を穏やかな目で見た。

しかし、その微笑みには威圧感のようなものが感じられ、瀬川の顔は思わず硬直する。

前回の反省点として挙げられる点について、一ノ瀬は一言一句区切るように意見した。

「まず、セイレイの配信方法。あれは論外だよ」

「えっ」

開幕早々に辛辣しんらつな言葉を浴びせられた瀬川。思わず続く言葉に怯えるように、引きつった笑いを浮かべた。

説教をしている自覚はあるのだろうが、一ノ瀬は穏やかな表情を崩すこと無く言葉を続ける。

「敵陣にぺちゃくちゃと喋りながら入るなんて、どうぞ見つけてくださいって言ってるようなもんじゃん」

「うっ」

「私びっくりしちゃったよ。あ、この子アホなのかなって」

「うぅ……」

「一ノ瀬、そろそろやめてやれ、セイレイが相当傷付いてる」

ニコニコと説教を喰らわす一ノ瀬に割って入るように、千戸は彼女の行動をとがめる。

事実、瀬川はかなり精神的ダメージを負ったようで、陰りを帯びた笑みを作りながら項垂れていた。明らかに作り笑いのそれを浮かべながら。

しかし、一ノ瀬は目が据わった様子で千戸を見やりながら微笑む。その顔は笑っているのに、どこか“怒り”を彷彿ほうふつとさせる。

「千戸先生。それじゃあ駄目じゃないですか。事実はしっかりと教えてあげないと、もし同じようなことをしてセイレイが危険に晒されるようなことがあったら困るじゃないですか」

彼女の説教に落ち込んでいるのは、瀬川だけでは無かった。前園もどこか責任を感じたようで、ぼそぼそと細い声で話し掛ける。

「一ノ瀬さん、それは私も……ですよね、ごめんなさい。あのゴブリンは私達の声で存在に気づき、陽動を開始したんですね」

あのゴブリン、というのは瀬川が最初に発見した一匹のゴブリンのことだ。瀬川は知らず知らずのうちに、ゴブリンの術中に嵌ってしまっていた。

「うん、それは穂澄ちゃんも良くなかったと思う」

前園の言葉に、気を遣うことも無く一ノ瀬ははっきりと意見した。

にべもない彼女の返事に、苦虫を噛み潰したように前園は悔しそうな表情を浮かべる。

「でも、だからこそ次に活かせることもある」

そう前置きして、彼女が配信の後から思案していた自身のアイデアを告げることにする。

「その反省を活かして、次の配信では静かに連携を取りながら潜入する方法を提案したい」

言葉を切った彼女は、チラリと須藤の方へ視線を投げた。

「……おい、見せかけのリーダー」

「……あ?ああ、俺か。何だよ失礼な呼び方してさ」

須藤は不満を零しながらも一ノ瀬の方へと向き直る。彼女も須藤へと向き直り、真剣な眼差しである依頼をした。

「リーダーとして依頼したいことがある。今から指定する色の画用紙……いや、最悪布地でも良い、それらを集めてくれないか?」

「画用紙……?一体、お前は何を思いついたんだ?」

須藤の問いかけに、彼女はどこか面白いイタズラを思いついたように、ニヤリと笑う。先ほどまでの張り詰めた笑みとは違う、純粋な笑顔だった。


「トリアージエリアを作るんだよ、これなら声を出すこともなく、比較的安全にダンジョン攻略ができる」

「「「「トリアージ、エリア?」」」」

彼女の思考回路に誰一人ついていくことが出来ず、皆して首を傾げた。


----


それから、彼等はダンジョン攻略に向けた作戦を練り上げる日々が続いた。

瀬川は日々戦闘技術の会得に明け暮れる。

一ノ瀬からは、姿勢、動作の基礎を徹底的に叩き込まれた。

「セイレイ、腰が引けてる……いや、今度は腰が前に出すぎだ」

「そう、まずは身体が重力に沿って前に倒れて、思わず脚を踏み込んだ時の姿勢を意識して」

「地面は蹴るのでは無く抜く、だ。筋肉に頼りすぎるな、重力を使え」


須藤からは、格闘技術の基礎を身体に馴染ませるように、何度も繰り返し訓練を行う。

「瀬川君、身体の軸と腕の動きが噛み合ってないな。こう、なんて言うのかな……全身がバネになったイメージで動かせる?」

「一ノ瀬も似たようなこと言ったかも知れないけど、まずは簡単な動作から形作っていこう」

「打撃は踏み込みが大事だ。安定した脚の置き方を意識していこう、これは後で一ノ瀬と相談するよ。彼女の方が詳しそうだし」


前園は千戸と、Sympass内のコミュニティを活用し引き続き情報収集を重ね、配信の方針を視聴者とり合わせていく。

[魔物を発見した時の報告チャットについて統合しましょう]

[いいね]

[11時、敵3、みたいなやつ?]

[そうです。例えば”左、1近”みたいな形ですね。この場合ですと左の方向から近距離武器持ち一体の魔物がいる、という意味合いを示します]

[なるほどね、ありじゃないかな]

[ホズミが情報統合しやすいように、って感じ?]

[そうです。スムーズな情報共有からの戦闘支援を遂行する為、ですね。あとは、恐らくですが大幅に配信方法も変わります。その他にも確かめたいこともあるので……]

[へえ、それは期待してる]

[色々と気になる情報を持っているからな、楽しみにしてる]

[ありがとうございます]


「センセー、ひとまずはこれでいいのでしょうか?センセーの言うように、コメントの情報がごちゃごちゃしないように、と統制依頼をしましたが」

「ああ、ある程度の定型文を作成することは、情報処理をスムーズにする上で大切なんだ。特にコメントが錯綜さくそうする配信に置いては、な」


☆☆☆☆


そして、お互いの知見を全体で共有し、徐々に配信に向けた準備を固めていく。

須藤は全員を見渡し、どこかホッとしたような表情で報告する。

「一ノ瀬の言うとおり、”アクションカード”を作成した。これでいいんだな?」

差し出した須藤の手の上に乗せられていたのは、赤・黄・緑・黒の四種のカードだった。それはプラスチック素材の板の上にのりで画用紙を貼り付けた、いかにも手作りと言った様子のものである。

アクションカードを受け取って、あらゆる方向からマジマジと確認した一ノ瀬。しばらくしてから、満足そうに頷いて須藤へと頭を下げる。

「ああ、これでいい。助かったよ、ありがとう」

「どういたしまして……これで配信の準備は大丈夫そうかな?」

須藤の視線は、次に瀬川へと向けられた。彼はどこか自信に満ちた表情で頷く。

「うん、ストー兄ちゃんと有紀姉ちゃん、本当にありがとう!俺もかなり自信が付いてきた!!」

「なら良かったよ、万が一があったら俺がフォローに入る」

「私達もいるから安心して、一緒に戦おうね?」

「うん!!」

須藤と一ノ瀬は、瀬川へと微笑みを向ける。どこか幸せそうな笑顔で彼は頷き、場の空気は一段と温かいものになった。

前園はドローンを机の上に置き、ぐるりと面々を見回しゆっくりと語りかける。

「それでは、明日、二回目の配信を開始……つまり、”ダンジョン攻略作戦”を決行します。よろしいですか?」

彼女の問いかけに、当然と言わんばかりに瀬川は大きく拳を振り上げた。

「おーっ!!俺達が未来を切り開くんだーっ……おっとと」

思いっきり拳を振り上げるものだから、その勢いで椅子がぐらつく。バランスを崩しかけた彼を一ノ瀬が慌てて支えた。

「あ、あー……もうバカ!全然反省してないじゃん!気をつけてよー……」

「あはは、ごめん姉ちゃん、ありがとうっ」

「どういたしまして、ちゃんとしてよー?勇者様っ」

おどけた様子で一ノ瀬が弾んだ声音でそう茶化した。

すると、皆して楽しそうに笑い声を上げる。

「何だよもう、そんなに笑うことないじゃんかー……」

いじけたようにむくれながらも、気づけば瀬川も笑みを零していた。千戸は彼に近づき、その肩をぽんと叩く。

「皆もいるから大丈夫だとは思うが、もし危なかったら逃げるんだぞ?」

「うん、勿論!魔物でんでん、だもんね!!」

「……それはかたつむりだって言ったろ」

千戸は苦笑しながら、溜息を漏らした。

ダンジョン攻略前日とは思えないほど、賑やかに夜は更けていく。


☆☆☆☆

暗闇に閉ざされていた世界。そんな世界の中で見出した微かな希望。皆が繋がり、力を合わせて困難を乗り越える決意を抱く。

想いを合わせれば何でもできる、彼等はそう思っていた。


だからこそ、誰も知らなかった。

いや、もしかすると心のどこかで気づいていたのかもしれない。気づいていて、目を逸らしていただけなのかも知れない。


「noise姉ちゃん、ストー兄ちゃんが死んじゃう、助けて……!」

「こっちを見ろっっ!!なあ、敵はここに居るぞ!?」

noiseは懸命に魔物に短剣を突き立てる。だが、ホブゴブリンはターゲットを変えることも無く、力なく項垂れるストーへと近づく。

必死に注意を引こうとするnoiseを邪険に感じたホブゴブリン。その魔物はまるで蚊でも振り払うように、noiseを弾き飛ばす。

「がっ……!」

コンクリートで出来た支柱に勢いよく叩き付けられたnoise。彼女の身体に巻き付けていた”ふくろ”の紐が千切れ、床に転がる。

「姉ちゃんっっっ!!!!」

noiseは崩落したコンクリートの中に倒れ込んだまま、ピクリとも動かなくなった。

セイレイは悲痛の叫びを上げる。ドローンから、ホズミの懸命にキーボードを叩く音が響く。

『教えてください……!どうすればこの窮地きゅうちを脱せますか!?このままでは……皆……』

「兄ちゃんっ!!姉ちゃんっ!!」

「セ……イレ……お、前だけ……は……」

ストーは消え入りそうな声で声を発する。しかし、その声はセイレイには届かない。

悠然とした表情でホブゴブリンは、ストーを庇うように立つセイレイの下へと歩み寄る。震える脚で剣を正面に構え、セイレイは魔物を見上げて叫ぶ。


「嫌だ、俺は……皆を守るって、決めたんだよっ!!」

どれほど強くなろうと。どれだけ力を合わせようと。

伸ばせる腕の長さには、限界があることを。


To Be Continued……

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