【第八話(1)】 コネクトする想い(前編)

【登場人物一覧】

瀬川 怜輝せがわ れいき

配信名:勇者セイレイ

本作主人公。純真無垢な性格であり、他人の為に全力を尽くす。

センセーの方針によりデッサン技術を磨いており、その経験から優れた観察眼を持つ。

前園 穂澄まえぞの ほずみ

配信名:ホズミ

本作ヒロイン。大人しめで引っ込み思案気味な性格。

機械操作が得意。主に配信ではドローン操作・情報支援を行う。

一ノ瀬 有紀いちのせ ゆき

配信名:noise

セイレイの配信に突如現れた、戦闘技術に長けた女性。

勉強熱心であり、日々魔物やダンジョンに関した研究を独自で行っていた。洗練された回避技術を持ち、戦闘ではその能力を惜しみなく発揮する。

千戸 誠司せんど せいじ

通称:センセー

元高校教師。

瀬川と前園の育ての親。また、一ノ瀬の元担任でもある。

彼等の将来を案じており、どうすれば彼等が真っ当に生き抜くことが出来るのか日々苦悩している。

須藤 來夢すとう らいむ

セイレイからの呼び名:ストー

海の家集落のリーダー。しかし、方針を決める者は別に存在し、彼自身は余所から来た者の対応などの役割を担っている。

格闘家の家系に育ち、幼い頃は格闘技術を叩き込まれたそうだ。


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一同は全く焦らせることも無く、瀬川の呼吸が整うのを待った。

しばらくしてから、瀬川は全員を見渡し、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「はぁ……もう大丈夫だ、待たせたな……」

「ううん、頑張ったもんね。……じゃあ話を始めるね」

一ノ瀬は彼を労うように微笑んだ。

そして、切り替えるように真剣な表情を作った彼女は前園の方をちらりと見ながら語り始める。

「結論から言うと、穂澄ちゃんの『魔物はダンジョンから出ることができない』という仮説はおおむね正しいよ」

「魔物がダンジョンから出るとどうなるんですか?」

情報担当としての役割を持つ前園にとっては、当然の疑問だった。しかし、それに対する答えも一ノ瀬は持っていた。キャンパスノートを自分の元へとたぐり寄せ、パラパラとページをめくっていく。

そして、該当するページを見つけた彼女はそれを広げ、全員が見えるように置いた。

「一回、ダンジョンに居る魔物を捕まえてダンジョンの外に引きずり出してみたんだ」

「うっわ」

「しばくぞお前」

須藤が茶化すようにわざとらしく身を引いた。

そんな彼を一ノ瀬はじろりと睨みながら、すねをつま先で軽く蹴り上げる。

「おい、暴力反対だぞ」

「どの口が……さて、話を戻すけど。結果としては、魔物はダンジョンの外では身体を保つことができない。身体が灰になって消えちゃったんだ」

不貞腐れた須藤を無視する一ノ瀬。

彼女の指が示す先には、手書きのグラフが残されていた。ダンジョンの外に出された魔物が灰燼と化すまでの経過がそこには記されている。

キャンパスノートに記された内容を隈なく目で追いながら千戸は呟く。

「と言うことは、ダンジョンの中に魔物が自分の形を維持できる核のようなものが存在する、と」

「そう」

一ノ瀬はこくりと頷き、続いて”ふくろ”の中から一つの片手ほどの大きさの結晶を取りだした。キラキラとそれ自身が光を発しており、前園の表情が明るくなる。

「わぁっ、綺麗……なんですか、これ?」

「ダンジョンの奥深くにある、いわゆる核。私は”追憶ついおくのホログラム”って呼んでるけどね」

「……追憶の、ホログラム?」

瀬川は彼女の言葉に首を傾げる。それは、明らかにホログラムとはかけ離れた姿形をしていたからだ。加えて言えば、追憶、という要素を感じさせる部分も無い。

一ノ瀬は横目で彼を見ながら、顎に手を当てる。

「うーん。私の口から言うよりも、これも見て貰うのが早いのかもなあ……でね、これを回収するとダンジョンから魔物がいなくなるんだ」

「えっ!!魔物が、居なくなる!?」

衝撃の事実だった。魔物をどこかその辺りの生き物と同等に捉えていた瀬川は特に驚きを隠せない。

「私が魔災以降、ずっとやってきたのはこの”追憶のホログラム”の回収、破壊……だよ。持っているのは回収したこの一つだけなんだけどね。……あの時、ダンジョンに潜入していたのもそれが理由」

「なるほど……」

千戸は考え込むように人差し指を唇に挟んだ。そして、開かれたままになっている前園のパソコンをチラリと見やる。

「納得がいった。外で魔物を見かけることが無かった理由、それは追憶のホログラムの範囲外では身体が維持できないからか」

「……そういうことになりますね」

要約する千戸の言葉に、合点がいったように前園は頷く。そこで小さく咳払いをした。

「話は変わりますが」と前置きする彼女の話題は、自身がアーカイブから収集したものから得られた情報へと移行する。

「……この画像を見てください。配信のアーカイブに残っていたものらしいのですが……」

彼女はパソコンを操作し、ある画面を映し出す。そこには、昨日瀬川がダンジョンに入った時のアーカイブから切り抜かれた画像が映し出されていた。

示す画像に写るのは、派手な装飾を施した周辺に転がる瓦礫と比較しても巨大な体躯たいくであることが分かるゴブリンだ。

「……大きいな。おそらくはダンジョンボスの役割を担っているゴブリンだろうね」

「私もそう思います。仮に名称をホブゴブリンとしましょう、一ノ瀬さんはこの魔物と戦ったことが?」

その問いかけに、一ノ瀬は力なく首を横に振った。

「ごめん、私もこれほどおっきなゴブリンと戦ったことはない。今まで一人だったから、戦う相手を選ぶ必要があってね」

「姉ちゃん今まで一人で戦ってたもん、ホントに凄いと思う!」

申し訳なさそうに項垂うなだれる一ノ瀬をフォローするように、瀬川は前のめりになって彼女を評価する。健気な彼の様子に思わず一ノ瀬の頬が緩んだ。

「ほんっとにお前は良い子だなあ、このっ、このっ」

「わあ、止めろよ恥ずかしい」

一ノ瀬に髪の毛をぐしゃぐしゃにされた瀬川は、照れ笑いを誤魔化すように彼女から逃げる。

「ふふっ」

瀬川とじゃれ合う彼女の姿に前園から思わず笑みが漏れる。

その様子に身体をびくりとさせた一ノ瀬は、どこか恐れるように前園の方に振り返った。彼女は気まずそうにあー、と声を整えた後温かく、どこか優しい目で彼女の方を見つめる。

「一ノ瀬さん、昨日の様子と大違いですね?本当にセイレイ君と打ち解けたんですね」

「いや、セイレイはすごい男だよ、純粋だし、前向きだし。穂澄ちゃんが好きにな……」

「わ、わーーーー!!そんなことない!そんなことないっ!!」

彼女の言葉を必死に打ち消すように前園は慌てて立ち上がり、叫んだ。一体何を誤魔化したのか分からず、瀬川はきょとんとした表情で前園の方を見る。

「穂澄、いきなり叫びだしてどうしたんだよ?有紀姉ちゃん、なんか変なこと言った?」

「セ、セイレイ君は黙ってて?!」

「ええー……?」

理不尽に怒られ、不貞腐ふてくされた様子で瀬川は深く座り直した。千戸はどこかほっこりした様子で全員を見渡す。

「何だかんだ皆、仲良くなってくれて、俺としては微笑ましい」

「本当に、ですね。皆仲睦なかむつまじくて、見ていて幸せです」

須藤も同意するようにこくりと頷いた。しかし、千戸は「何言ってるんだ」と須藤の言葉を否定する。

「お前も皆の内の一人に含まれるだろ。大切に皆のことを想ってくれてるのは十分に伝わってる」

「……そうですか?俺はただ自分の信念にのっとって動いているだけなのに」

「それでも、だ。自分の行動に軸を持つ人間というのは意外に貴重なものだ」

須藤はその言葉の意味を十分に理解できていないようで、首を傾げた。対して、千戸は特にその意味を深く追求しようと思っていないようでそこで話を切る。


話が逸れ始めたことに気付いた一ノ瀬は、ぐるりと辺りを見渡して大きく両手で空気を叩く。

ぱん、と大きな音と共に全員が彼女の方を見た。

「……話を戻すね。私からすれば、このホブゴブリンを相手取るのは厳しい戦いになると思う。それでも、配信は続けるの?」

彼女の視線の先は、言い出しっぺである瀬川に向けられる。瀬川は、勇者セイレイは、こくりと強く頷いた。

「うん、沢山ダンジョンに潜ってきた姉ちゃんがそう言うんだから本当に大変な戦いなんだと思う。それでも俺は、未来を描くことを止めたくない」

強い眼差しから発せられる揺るぎない答え。彼の言葉に、その場に居る者達は強く心動かされる。

一ノ瀬はどこか安心したように彼の肩を叩く。

「うん、セイレイがそう言うなら私も持てる力を使うよ。あと、須藤。私としてはお前も推奨したいんだが」

続けて彼女は須藤の方を振り返る。戦闘経験豊富な一ノ瀬でさえも捉えることのできなかった須藤の右ストレートを、彼女は高く評価していた。

しかし、彼女に対し須藤はどこか不安げな表情を見せる。

「もちろん、俺が皆の力になれるのならと思うが、大丈夫か?足手まといにならないか?」

「大丈夫だ。それは私が保証する」

真摯な表情でそう答える彼女に、強ばっていた須藤の表情が緩み、安心した様子を見せる。

「一ノ瀬にそう言ってもらえるなら大丈夫だな。分かった、俺も配信に参加しよう」

「ストー兄ちゃんも戦ってくれるならすごく安心できる!やった!!」

瀬川は今にも飛び跳ねそうな勢いで両手をバタバタと泳がせた。その勢いで椅子が傾きそうになり、一ノ瀬は慌ててそれを止める。

「ば、ばか!危ないでしょ、もう……」

「あ、ありがとー!!……有紀姉ちゃん、本当のお姉ちゃんみたい!!」

「だ、誰がお姉ちゃんなの!?」

「有紀姉ちゃん」

一ノ瀬は「もう……」と困惑しながらも微笑む。しかし、それに相反するように前園はどこか複雑そうな表情を浮かべる。

彼女の脳裏には、瀬川が魔災で実の姉を失った過去を語った日のことが思い起こされていた。

どこかしんみりした気持ちを振り払うように、彼女は机の上に置かれた追憶のホログラムに手を伸ばす。


それは彼女が持った瞬間、更に強い光を放ち始める。思わず彼女は「きゃっ!!」と顔を背け、目を強く瞑った。

追憶のホログラムの異様な変化を感じ取った一ノ瀬。慌てた様子で机を回り込み、前園の方へと駆け寄った。千戸もどうした、と身を乗り出す。

「な、何かいきなり強く光り出して……」

「今までこんなこと無かったのに……ホログラム……まさか!!」

一ノ瀬は何かを思いついたように、前園のリュックサックを奪い取り中から彼女のドローンを取り出す。

目映い光に視界を奪われながらも、前園は目を細め一ノ瀬の方を見る。

「一ノ瀬、さん、一体何を……?」

「可能性の話だけどね、穂澄ちゃんのドローンに反応しているとしたら……」

そう言って、彼女はドローンを追憶のホログラムに近づける。


すると、徐々にどドローンの中に、追憶のホログラムはまるで合成でもされたように溶け込んでいく。彼らの視界を奪うほど眩く放っていた光は、徐々にドローンに入り込むにつれて収束していく。

明らかにこの世の理を超えた現象がそこにはあった。

瀬川は呆然とした表情を前園に向ける。だが、彼女もドローンを恐れるように首を何度も強く横に振っていた。

「穂澄、なあ、そのドローンって一体……」

「わからない、わからない……」

長年ドローンを触っていた前園も、それをずっと目で追っていた瀬川も、目の前で起こる異様な光景に理解が追いつかない。

やがて、ドローンの中に追憶のホログラムが完全に吸収された。

一ノ瀬は、そのドローンをマジマジと見つめる。

「明らかに異質だ、このドローンは……何が起こっていると言うんだ……?」

球体のドローンは、知らんぷりを決め込むように静かに光沢を放っていた。


To be Continued……

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