【第七話(3)】 守る資格を得る為に(後編)
【登場人物一覧】
・
配信名:勇者セイレイ
本作主人公。純真無垢な性格であり、他人の為に全力を尽くす。
センセーの方針によりデッサン技術を磨いており、その経験から優れた観察眼を持つ。
・
配信名:ホズミ
本作ヒロイン。大人しめで引っ込み思案気味な性格。
機械操作が得意。主に配信ではドローン操作・情報支援を行う。
・
配信名:noise
セイレイの配信に突如現れた、戦闘技術に長けた女性。
勉強熱心であり、日々魔物やダンジョンに関した研究を独自で行っていた。洗練された回避技術を持ち、戦闘ではその能力を惜しみなく発揮する。
・
通称:センセー
元高校教師。
瀬川と前園の育ての親。また、一ノ瀬の元担任でもある。
彼等の将来を案じており、どうすれば彼等が真っ当に生き抜くことが出来るのか日々苦悩している。
・
セイレイからの呼び名:ストー
海の家集落のリーダー。しかし、方針を決める者は別に存在し、彼自身は余所から来た者の対応などの役割を担っている。
格闘家の家系に育ち、幼い頃は格闘技術を叩き込まれたそうだ。
----
どれ程の時間こうしていたのだろうか。気付けば、二人の涙はとうに涸れ果てていた。
その間にも、目映い日差しは二人を照らし続ける。自然公園の中に備え付けられた、ステージ上に座る二人を照らすそれはまるでスポットライトのようだ。
ようやく落ち着いてきた一ノ瀬は、ゆっくり瀬川から身体を外す。
擦った頬と、どこか気恥ずかしさに頬を赤く染めた彼女は瀬川から目を逸らす。
「……すまない、取り乱した。いい大人が情けないな……」
瀬川は大きく首を横に振って、彼女の自虐を言い消す。
「そんなことない、大人も何も関係ないんだよ。辛いのは、悲しいのは、皆同じだよ」
「……そうかな」
ポツリと漏らした一ノ瀬の言葉に、瀬川は大きく頷いた。
「うん。センセーも、助けたい人が居たって悔やんでた。……大人って、皆辛いのを隠すのが上手になっちゃんだね……」
「……ああ、セイレイの言うとおりだよ。辛いことがあっても、私は前に進む義務があったから留まっている時間が無かったんだ」
「そっか」
そう言って、瀬川は弾むように立ち上がった。どこか楽しそうに両手を広げ、くるりと
「大丈夫だよ、その為の俺達なんだよ?俺も穂澄も、センセーも、皆……姉ちゃんの力になりたいもん」
彼の言葉に、徐々に一ノ瀬の氷のようだった心が解けていく。
乾いた涙の後をぐいと拭い、瀬川の隣に一ノ瀬は立つ。気付けば、彼女の口角は上がり、
「ありがとう、セイレイ。やっぱり、お前は勇者だよ」
「え、ええっ?そ、そうかな?」
「ああ、そうだよ……そう思わないか?なあ須藤」
彼女はある一点の茂みの方をじっと見ながら言った。瀬川は驚いたように「えっ」と言葉を漏らす。
しばらくして、大きく茂みが揺れたかと思うと、一人の成人男性が姿を現した。一ノ瀬は呆れたように溜息を付く。
「お前は何だ、昨日といい……かくれんぼが好きなのか?」
「わざとじゃないんだけどな……何となく顔を出しづらくてさ」
「ストー兄ちゃん、い、いつの間にっ!?」
彼の存在に気付かなかった瀬川は手をバタバタとさせて動転する。その様子を見た須藤は声を上げて笑った。
「あははっ、大事そうな話してるからちょっと顔を出しづらくてさ。というか、すまない。noise《ノイズ》の話を聞いてしま……」
「noiseじゃない」
須藤の話を遮って、一ノ瀬は強くそう言い放った。
「……えっ?」
話の腰を折られた須藤はキョトンとした顔で彼女の顔を見る。瀬川も彼女の言葉の意図が掴めず、首を傾げた。
男性二人の顔を交互に見渡して、一ノ瀬は覚悟を決めたように自身の本名を名乗る。
「私は、一ノ瀬 有紀という名前だ。noiseじゃない」
「一ノ瀬、有紀」
須藤はその名前をかみしめるように、彼女の言葉を反復する。
「有紀姉ちゃん!!」
「ぶっ」
だが、瀬川はその名前を聞いて、はしゃぐように飛び跳ねる。あまりにも無邪気に彼女の名前を呼ぶものだから、一ノ瀬は自分が今まで隠してきたものを馬鹿らしく感じた。
思わず吹き出してしまい、口元を拭いながら彼女は笑う。
「適応が早いな!?」
「有紀姉ちゃん、有紀姉ちゃん、ね……えへへ……」
どこか満足そうに、踊るように身体を揺らしながら何度もその名前を呼ぶ。
徐々に照れくさくなった一ノ瀬は、話を逸らすように須藤の方を見た。
「と、というか須藤!お前は何の用事があって来たんだよっ!?」
「ぷっ、あはははっ!!」
「笑うなぁ!」
動転してツッコミを入れる一ノ瀬の様子を更におかしく感じたのか、須藤も思わず吹き出した。
ひとしきり笑った須藤は、「はぁー……」と息を吐き出した後に、真剣な表情を作る。
「ノイ……いや、一ノ瀬が瀬川君の修行を手伝っているからさ、俺も何か出来るかな、と思ってな」
「……お前に何が出来ると?」
彼女の問いかけに須藤は答えない。代わりに、黙って一ノ瀬の近くまで歩み寄る。
彼の行動の意図が分からない一ノ瀬は、じっとその様子を見届けていた。しかし。
気付けば、彼女の眼前に須藤の右ストレートが襲いかかっていた。
空気を真っ直ぐに貫くようなその突きに、戦闘技術に長けた一ノ瀬でさえも動揺を隠せずにたじろぐ。
「……な、な……」
唖然とした彼女の表情に満足したのか、須藤は拳を引いて快活な笑みを浮かべた。
「……一ノ瀬は、確かに回避技術は凄いけどな。力を使った戦い方なら、俺の方が分がある」
「ストー兄ちゃん、すごい……!」
目を丸くして拍手する瀬川の方へと、須藤は笑いながら振り向く。
「だから、格闘技術の面から俺も瀬川君の指導に協力しようと思うんだk」
「お願いしますっっ!!」
「返事早っ!?」
須藤が最後まで言い切る前に、瀬川は深々と頭を下げる。その活発さに一ノ瀬の目元も緩む。
「……まあ、一人よりも二人の方が効率は良いだろうな。しばらく休憩したら再開するぞ」
「うんっ!!兄ちゃんも姉ちゃんも、よろしくお願いします!!」
「……だってさ、よろしくな?姉ちゃん」
けらけらと茶化すように須藤は一ノ瀬の方を横目に見る。彼女は溜息を付いて、彼をじろりと睨む。
「須藤に言われると何か腹が立つな」
「なんでだ!?」
☆☆☆☆
海の家で、引き続き前園と千戸はコミュニティを活用し情報を
纏めたデータを照らし合わせながら、前園は親指の爪を唇で挟みながら呟く。
「そう言えば、どうして魔物の拠点はダンジョンなんでしょう?」
「……どういうことだ?」
前園の疑問の意図が分からない千戸は首を傾げた。
言葉が足りなかったかな、と反省した前園は説明に補足をつけ加える。
「いえ、そもそも人類を支配できるほどの力を持った魔物なんだから、ダンジョンを形成せずとも街中を闊歩していてもおかしく無いはずです」
彼女の思考の片隅にあったのは、家電量販店内に居たゴブリン達。何故か、あの魔物達はダンジョンの外に出ることなくダンジョン内に留まっていたことを思い出す。
「でも、あの時は魔物は集落へと襲いかかってきてたよな?」
あの時、というのは瀬川達が三年前まで世話になっていた集落に魔物が襲いかかってきた時のことだ。
千戸の言葉に、前園はうーん、とどこか納得が行かないように首を傾げる。
「確かに、あの一件で集落は魔物に蹂躙されました。ですが、逆を言えばそれまでは、ずっと魔物に襲われることなく集落を維持できたんです」
前園はSympass内のコミュニティの履歴を
「おかしく無いですか?『蜂の巣みたい』にダンジョンから遠ざかっていれば、人々は厳しいながらも生活が出来るんですよ?」
「言われてみれば、そうだが……、わざわざ襲う理由がないから、とは思わないか?ほら、彼女のノートにも書いてるだろ」
そう言って、千戸は一ノ瀬が「気が向いたら読むと良い」と言って置いていったキャンパスノートの一ページを開く。
開いたページには、次のような内容が記されていた。
【魔素について】
魔物についての生態を観察する中で気付いた事だが、どうやら魔物は食事・排泄に近い行動を取っていないこと言うことが判明した。
私達人間が活動を行う為には食事は欠かせない、
[中略]
――しかし、魔物は、食事、排泄と言った行動を取らない。よって、私はゴブリンを捕まえ、
[中略]
――つまり、魔物は食事・排泄の代わりに魔素を呼吸により取り入れ、体内で循環させることで生態活動を行っていると説明することが出来る。
以上の文章を指さしながら、千戸はじっと彼女の目を見据えた。
「魔物は食事をする為に、外に出る必要が無いんだ。わざわざ必要の無い行動を取る意味があるか?」
千戸の言葉にも、前園は険しい表情を変えることは無い。
「本当に、それだけでしょうか。私は、『外に出ない』ではなく『外に出ることができない事情がある』と考えます……」
「その根拠は示せるのか?」
すると、前園は再びパソコンを操作し始めた。今まで録画したデータファイルをまとめたフォルダを開き、そのサムネイルの一覧を千戸に見せる。
いずれも、彼女がドローンを操作し辺り一帯の景色を撮影したものだ。
「私達が今日まで生きることができたのがその証明です」
「……もう少し詳しく聞こうか」
そこにはただの自然風景が映るのみで、魔物の姿は全くと言って良いほど見当たらない。
「外で活動ができるなら、集落を襲いかかったように魔物が我が物顔で歩いていてもおかしく無いでしょう?人間は、あの
「……確かに。穂澄はどう考えているんだ?」
顎に手を当てながら、彼女はマウスカーソルを動かす。カーソルは、三年前に集落を襲いかかった魔物を映し出した画像に合わせられた。
「私は、魔物はダンジョン外で活動することはできない理由がある。そう考えます」
「それじゃあ、魔物が集落を襲いかかったことについてはどう説明できる?」
「それについては、『ある理由により魔物達は拠点であったダンジョンを失った。その為新たな拠点を求めていた』……つまり、住処を確保しダンジョンを形成する必要があった……あくまで仮説ですが」
それは仮説とするには、あまりにも話が噛み合いすぎていた。
彼等が各地を転々としながらも、生き延びることができた理由。
ダンジョンから魔物が出る気配のない理由。
そして、穂澄がドローンで周辺探索をしても、一向に魔物が見つからなかった理由。
「……さすが、穂澄ちゃん。頭が良く回るね」
「……えっ、え?」
そこには、指導から戻ってきた一ノ瀬が立っていた。後ろにはヘトヘトで今にも倒れそうな瀬川が、ドアの縁を持って何とか立っている、と言った様子だ。
前園が驚いたのは、タイミングよく一ノ瀬が帰ってきたことでも、穂澄の推測が正解だと告げられたことでもない。
「え、私の呼び方……」
「あー……あの二人にも私の本名言ったからね。隠す理由がもう無いし、良いかなって」
一体どんな経緯で一ノ瀬は二人に本名を語ったのか、おおよそ見当も付かなかった。それよりも、彼女の関心は魔物の話題に寄せられる。
「の……一ノ瀬さん。合っているんですか?魔物が外に出ることができない、と言う話は」
その言葉に一ノ瀬はこくりと頷いた。そして、彼女自身もダイニングテーブルに腰掛ける。
「ダンジョンに入るなら、その事も予め知って置いた方が良い思うよ。ほら、セイレイ、こっちにおいで。須藤も何してんだとっとと来い」
「ぜぇ……ひゃい」
「俺だけ扱い雑じゃない?」
瀬川は今にも倒れ込みそうなほどふらつきながら、須藤は不平不満をぼやきながらそれぞれダイニングテーブルに近づく。
「ほら、こっちに座れ」
千戸は立ち上がり、違うテーブルから椅子を持ってきて側面に座り直した。
To Be Continued……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます