【第六話(2)】 それぞれが生きてきた軌跡(後編)

「……あー……こほん」

noise――一ノ瀬 有紀いちのせ ゆきは恥ずかしそうに小さく咳払いをして、調子を整える。長く揺れる栗色の髪を弄りながら、話を続けた。

「……私が、吸入薬について配信内で説明しなかった理由が分かったか?専門的知識も持たない人間が、配信内の断片的知識だけで同じものを作ろうとして魔物化するリスクの方が大きいんだ」

瀬川 怜輝せがわ れいきは相変わらずきょとんと十分に理解できていないようだったが、他の三人は納得したように大きく頷いた。

知識を享受する為にもまた、それに適した知識が求められる――一ノ瀬がそう言っていることを理解する。

話に一区切りがついたと判断した千戸 誠司せんど せいじは、ところで、と彼女が持つ麻袋に目をやった。

「noise、お前が持っているその麻袋は何だ?明らかにその袋に入らない大きさのものが入っているよな?」

「……四次元ポケッ……いったあぁっ!?」

話題の中心は彼女が持つ麻袋に移る。

その際に余計な茶々を入れようとした須藤 來夢すとう らいむすねを一ノ瀬は黙ってテーブルの下から蹴り上げた。蹴飛ばした勢いでガタンと机が揺れて、前園 穂澄まえぞの ほずみは「きゃっ」と小さな悲鳴を上げる。

「いってぇ……何すんだゴボウ女」

「もう一回蹴られたいか?」

「人の事言えないじゃねえか……」

須藤は脛を大事そうにさすりながら、ゴボウ女こと一ノ瀬を睨む。だが、彼女は飄々ひょうひょうとした様子で彼を見下した。

一触即発の二人の間に瀬川は慌てた様子で割り込む。

「ストー兄ちゃんも、noise姉ちゃんも、喧嘩しちゃ駄目!二人とも仲良くして!?」

「関係性が分からなくなりそうな呼び方だな」

一ノ瀬は割って入った瀬川に冷静にツッコミを入れる。予想外のリアクションだったのだろう、前園は顔を背けて「ふっ」と小さく笑った。

再び話が進まなくなったのを感じ取った一ノ瀬は、もう一度小さく咳払いする。

「……話が全然進まないな……、これは、容量に制限のないポーチのようなものだ。私はゲームになぞらえて”ふくろ”と呼んでいる。ダンジョン内の宝箱にあったものを拝借したんだ」

「宝箱……!?」

須藤はその言葉に興味を示したように身を乗り出す。彼の様子に苦笑した一ノ瀬はなだめるようにてのひらを前に差し出した。

「まあ、落ち着け。またダンジョンに入った時に情報共有する方が早いだろう……どうせ宝箱もあるだろうしな」

「そうなの?」

瀬川はキョトンとした表情で首を傾げた。初めての情報ばかりでついて行けない、と言った様子だ。

その様子を察知した千戸は一ノ瀬に提案する。

「……セイレイがついて行けていない様子だ。noiseの言う通り、ダンジョン関連の話は、実際に潜入しながら説明するのが早そうだな」

「分かった。それじゃあ、次はお前らの話が知りたい。まずは穂澄ちゃ……穂澄の持つドローンについてだが……」

話を切替え、彼女はちらりと前園の持つリュックサックの方へと視線を送る。彼女が何を聞きたいのか分かった前園は、リュックサックから球状のドローンを取り出して机の上に置いた。

「まあ、気になりますよね……資料を見る限り、配信画面をホログラムを表示するドローンは現存しなかったはずです」

「ああ、明らかにこのドローンは、配信する為に都合が良すぎる……一体何処どこで手に入れた?」

その問いの答えには、一ノ瀬だけで無く須藤も興味を示す。真剣な表情で前園を見つめる二人に対し、彼女は項垂うなだれて首を力なく横に振った。

「……私もたまたま逃げ込んだショッピングモール内で拾い上げただけなので、分からないです。期待した答えじゃ無くてごめんなさい……」

彼女が持つドローンは、前園が9歳の時……瀬川と千戸と出会う前に逃げ込んだ施設で拾ったものである。

たまたま拾い上げたそれに、どこか導かれるような気持ちのままに彼女は今まで取り扱ってきたのだ。

反省するように凹んだ彼女の様子を見て、一ノ瀬は慌てて首を横に振った。

「い、いや、ただの興味本位だ。忘れてくれ……」


それから、瀬川達はこれまでの経緯を語った。

自分が三年前に居た集落の話。そして、今朝この集落に到着してから一ノ瀬に出会うまでの経緯。

Sympassの話は特に興味深そうに、彼女は聞いていた。


ある程度話が一段落したところで、一ノ瀬は前園に向けて尋ねる。

「そのSympass《シンパス》というサイト、私にも見せてもらえるか?」

そう尋ねられた前園は、急いでパソコンを取り出した。机の上に色々と重なってきた為、一旦カウンターの上に一部の荷物を須藤が退避させる。

「はい、どうぞ!アカウント名は“勇者セイレイ”です」

「……セイレイ、お前、いつか後悔するぞ……」

嬉々としてアカウント名を言う前園。その名前に一ノ瀬は瀬川を同情の視線で見つめた。

「え?何が?」

「……まあいい。とりあえず触るぞ」

どうぞ、と前園はパソコンのロックを解除し”Sympass”を開く。今朝と比較すると、利用者は増えている様子だった。

ただ今朝と大きく異なることと言えば、「勇者セイレイ」に関するサムネイルがあちらこちらに散見されていることだろう。

一ノ瀬が開くパソコンを、全員が食い入るように覗き見る。

「何か俺の話がいっぱい出てるー!」

瀬川はどこか嬉しそうに笑う。呆れた様子の前園はそんな彼を肘で突いた。

「ばかっ、そりゃあんだけ無謀な動画出したらこうなるでしょっ」

「俺はこのゴボウ女の話が中心かと思うんだけどね」

須藤はじっと一ノ瀬の方を見ながら、ポツリと呟く。彼女は苦虫を噛み潰したような表情で大きく溜息を付いた。

「……だからネットは嫌いなんだ。簡単に一個人の話で左右される奴ばっかじゃねえか」

「いや、これに関しては仕方ないと思うぞ。かなり情報としては専門性の高い、それでいて有益な情報なんだ」


事実、一ノ瀬がnoiseとして配信している最中に与えた情報から、考察をしようとする動画サムネイルがあちこちに散見する。

ただ、それ以外にも”勇者セイレイ”としての配信に興味を持ったユーザーが多数いることも事実だった。

"Sympass"内に作られたコミュニティにおける掲示板では、彼の配信に関係した話題で持ちきりである。


「というか、コミュニティ、なんてページもあったんですね」

前園はSympass内のUIをマジマジと見つめる。動画だけでは無く、チャットを介して交流を図る事の出来る項目があったことは彼女も初めて知った。

その件の掲示板を開くと、「勇者セイレイ」の初配信動画に関係した考察や感想が幾度も飛び交っているのがうかがえる。


[実際、この配信どう思う]

[よくやるよな]

[わかる]

[ホントに凄いと思うよ。よく魔物と戦おうなんて思えるよな、逃げるしか出来なかったのに]

[偉業]

[途中で入ってきたnoiseって人やばくない?]

[美人。あの顔で蔑まれたい]

[↑そうじゃねえよ]

[分かるけどさ]

[おい]

[あの人だけ異質すぎない?なんで魔物に平気で立ち向かえるの]

[動きの一つ一つは理解できるのに、理解できない]

[すごいよな。派手な動きなんか何一つないからマジで分からん]

[個人的MVPはホズミとかいう声だけ登場した女の子]

[その視点はなかった]

[いや、でも実際あの子の言葉が無かったらコメントの方向性定まらなかったよな]

[確かに]

[実際セイレイに影響受けて配信方針決定したって言ってる奴見かけたぞ]

[ダメだろそれ!?]


「……へへ」

「ふふ」

「お前ら……何ニヤけてんだ……」

掲示板で高評価を受けているのが分かった瀬川と前園は、思わず頬が緩むのを止められなかった。

その様子に一ノ瀬は呆れた様子で溜息を付く。そして、ジロリと二人の方を改めて見回す。

「……そう言えば確認だが、またセイレイはダンジョンに入るんだな?別に無理強いはしないが……」

彼女の問いかけに、迷いのない表情で瀬川は大きく頷いた。

「もちろん!折角見出した活路だもん、配信は続けるよ」

「……そうか……だそうだが先生は良いのか?」

流れるように視線を千戸へと移す。彼は難しい顔をして悩んでいたようだが、やがて観念したように苦笑を漏らした。

「俺は、正直危ないから止めて欲しいんだがな……どうせ止まらないだろ、セイレイは」

「勿論!なー、穂澄」

同意するように瀬川は前園に視線を送った。彼女は呆れたように溜息を付く。

「知ってるよ……勉強担当として支援するから、運動方面は任せたよ」

「っしゃ、さすが穂澄!!そういうとこ好きだぜ!!」

「すっ……!?」

勢いのままに発した瀬川の言葉に、前園の頬は一気に赤くなる。しどろもどろしたあと、「あぅ……」と頭から湯気が出そうなほど赤くなった顔で彼女は俯いた。

自分がどれほどの爆弾発言を投げたのか自覚のない瀬川は、そんな前園を余所に一ノ瀬に頭を下げる。


「……だからさ、姉ちゃん。俺に戦闘技術を教えてくれないかな?」

「……は?」

想像していなかった言葉に、一ノ瀬は目を丸くする。きょとんとした彼女に、更に追い打ちをかけるように瀬川は己の内に秘めた思いを打ち明ける。

「ずっと嫌だったんだ、誰も守ることのできない俺自身が。だから、まずは俺が俺のことを守れる力が欲しい、大切な皆を守れる資格が欲しいんだ」

ようやく見出した、希望の一筋。それは瀬川が求めてやまなかったものだった。他人の命を諦めたくない彼だからこそ、出た言葉だ。

観念したように、一ノ瀬は大きくため息を吐いた。そして、じっと彼の瞳を見据える。

「……厳しくいくが、良いのか?」

瀬川は真剣な表情を変えること無く「お願いします」と頷いた。


To Be Continued……

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