【第七話(1)】 守る資格を得る為に(前編)

翌日、セイレイ——瀬川 怜輝せがわ れいきとnoise――一ノ瀬 有紀いちのせ ゆきは集落近辺の自然公園にやってきた。

元は地域住民の舞台発表などに使われていたであろうステージの壇上だんじょうに彼等は立つ。

一ノ瀬は軽く体を解すように、屈伸運動を繰り返す。そして、軽快なステップを刻みながら跳ねる動作を繰り返した。

体制を整えた彼女は、緊張した面持ちで対峙する瀬川に向けて言葉を掛ける。

「セイレイ、まずは重心を意識しろ」

「重心?」

彼女の言葉に、瀬川は首を傾げた。よく分からないまま脚を広げて立つ。

すると一ノ瀬は、彼の元へと歩み寄る。

そして、彼の膝裏を引っかけるようにして蹴り上げた。

「おわっ!?」

足払いを掛けられた瀬川は、瞬く間にバランスを崩し尻餅をつく。一ノ瀬はそんな彼に冷ややかな目で見下した。

「……ほら、立て勇者様。腰が浮いてるからバランスが保てないんだ」

「そ、そんなこと言われてもわかんないよ!?」

恥ずかしさを隠すように瀬川は飛び上がるようにして立ち上がる。

「もう一度構えてみろ」

「……こうか?」

そう言って、瀬川は確認するように脚を広げ、真っ直ぐに立つ。そんな彼の背後に一ノ瀬は立ち、彼の腰を掴む。

「もう少し腰を落とせ。重心はへその辺りにあることをイメージしろ、絵が描けるのなら何となく分かるだろ?」

「臍の下……そう言えば脚を広げて立てって姉ちゃん言ってたよね?つまり、こうかな」

瀬川は確かめるように、しっかりと脚を広げ腰を落とす。その立ち姿は先ほどとは大きく違い重心は低く、より一層安定した姿勢となった。

「ふむ……」

その様子に一ノ瀬は感心したように目を微かに見開き、大きく頷いた。

「……正解だ。筋が良いな」

「やった!!」

一ノ瀬から評価を受けたことに、瀬川は飛び跳ねて喜ぶ。その純粋な姿に、思わず一ノ瀬も頬が緩むのを隠すことは出来なかった。

「なあ……まだ序の口だぞ?まだまだこれから教えなきゃいけない技術が沢山あるってのに……」

どこか照れくさくなった一ノ瀬はそれを隠すように、わざと呆れた口調を作って言う。しかし皮肉の通じない瀬川は更に目を輝かせた。

「まだ一杯教えてくれるの!?やった、もっと知りたい!!」

あまりにも純粋で眩しい彼の姿に、思わず一ノ瀬は目を細めた。

「……何だかんだ、好奇心旺盛なのが一番強いんだよな……、分かった。ついて来い」

「うんっ!お願いします!!」 

☆☆☆☆


「おはようございます、あの、昨日は泊めてくださってありがとうございました」

目を覚ました前園 穂澄まえぞの ほずみが来客用の部屋の奥から現れる。まだ眠気が十分に取れていないようで、どこかぽやぽやとした雰囲気を醸し出していた。

「うん、おはよう前園さん。瀬川君はあの女……から指導を受けに出かけたみたいだよ」

須藤 來夢すとう らいむは取れたての野菜と、保存していた魚を使って朝食を作っていた。相変わらず一ノ瀬に対してはあまり良い印象を抱いていないようで、彼女の話をする須藤は露骨に機嫌が悪そうだ。

ただ、昨日の一件もあり仕方ないのは彼女も重々承知だったので、「わかりました」とだけ答えた。

既に育ての親である千戸 誠司せんど せいじはダイニングテーブルに腰掛けて、朝食をもそもそと食べている。彼女は千戸の隣にぽすりと座った。

「センセー、おはようございます」

「穂澄、おはよう。セイレイは朝早くから出たんだってな」

「ですね。セイレイ君、かなりやる気に満ちていますね……」

「……だな」

そう会話する二人の脳裏には、三年前の集落の悲劇が思い起こされていた。

為す術無く、魔物に蹂躙じゅうりんされた集落のことを。

千戸は難しい顔をして、顎髭を撫でる。

「セイレイは、ずっと魔物から逃げずに立ち向かおうとしてたんだよな……」

その言葉に、前園もどこか考え込むように俯いた。

「……はい。センセーも私も、魔物から逃げることしか考えていない中セイレイ君だけは立ち向かってました」

「そうだな。ただ、魔物てんでんこ……俺はあの言葉は間違いでは無いとずっと思ってるよ」

千戸は溜息を空にこぼした。彼の複雑な思いを載せたそれは、大気に溶け込みやがて霧散むさんする。

魔物てんでんこ。千戸が三年前に瀬川と前園に教えた言葉だ。

魔物が来たら回りの人達は気にせず、自分達の命を優先して逃げろ、と千戸は教え込んだ。

その言葉を思い出した前園。スパークが弾けたように、急いでリュックサックからパソコンを取り出す。

突然何かに取り憑かれたように、パソコンのロックを解除しSympassを起動する。

「どうした、穂澄?」

彼女の様子を不審に思った千戸が彼女に問いかける。

「そうです、魔物てんでんこ……魔物と戦うだけじゃ無くて、退路を確保できるようにする必要がある……」

「……どういうことだ?」

「前園さん、どうしたの?」

朝食をトレーに乗せてやってきた須藤も、いぶかしげな顔をしてパソコンを覗き込んだ。

彼女はどこか真剣な顔をして振り返る。

「セイレイ君が修行をしている間、私だけ何もしないわけにはいかないんです」

そう言いながら彼女は、流れるようなタイピングのままにSympass内の掲示板を開いた。


☆☆☆☆


【勇者セイレイ、次回配信について相談】

[みなさん、こんにちは。勇者セイレイの配信をご覧頂き、誠に有り難うございます。ドローン操作を担っているホズミという者です]

[本物?]

[前回のアーカイブ見ました。勇気を貰いました]

[もうファンになりそうです]

[有り難うございます。ただいま、セイレイ君は、noiseさん指導の下戦闘技術を学んでいます。その為、次回配信までは時間が掛かると思われます]

[いいよ、死んだら元も子もない]

[むしろ大人側の意見としてはあまり潜入するのは控えた方が良いと思うけど]

[生きて]

[私も正直そう思いますけど……。今回、このコミュニティを開いたのはダンジョンに関しての知識・考察が欲しいと思ったからです]

[って言ってもなあ]

[俺らもダンジョンが怖くてあまりそう言う施設には近づかないようにしてるし]

[蜂の巣みたい]

[↑分かるけど例えよw]

[あれか?配信内の話で言えばゴブリンが集団で行動していたこと。けど一匹は陽動で動いていたこと、とかか?]

[そうです。セイレイ君が実際に魔物との戦闘を行います。私はそのナビゲーターとして彼の支援を行う為情報が少しでも欲しいのです]

[二人の関係は分からんけどさ、何かいいな。背中を任せ合ってる気がする]

[確かに……]

[俺さ、昨日のアーカイブ見直したんだよ。そしたらさ、一瞬だけ瓦礫の奥にでかいゴブリンが映ってた]

[まじ?]

[マジマジ。大きさまでは分からんけど、落ちてる瓦礫と比べても相当な大きさだったな。]

[ほいURL。https://……]

[何かゴテゴテした装飾してるな。サンクス]

[様子見しに来てたんかな]

[うわえぐ。化け物じゃん]

[これと戦いたくないなあ]

[確かに大きなゴブリンが居ますね……。noiseさんにも情報共有してみます。有り難うございます]

[もしかしたらボス的存在なのかもな]

[だとしたらトップダウン?ボトムアップ?どっちだろ]

[↑知るかよww]

[あの、ごめんなさい。話逸れるんですけど時々書いてる「ww」って何ですか?]

[ぐはっ]

[(死)]

[いや、仕方ないだろ。多分口調からしてもホズミさんって結構若いよな、ネット語録どころかインターネットをまともに触ったことがあるかどうかさえ怪しいし]

[ご明察です。私は16歳ですので、魔災以前のインターネットの世界を知らないんです]

[うわ若っ]

[え?16歳の落ち着きじゃないだろ、普通に従業員に欲しいくらい立派だわ]

[お褒め頂き光栄です。是非とも、勇者セイレイ……改め、勇者パーティをお願い致します]

[あー、noiseも配信に参加するからか。ひとりじゃないもんな]

[そうです。ですので、前回同様……こうしてお願いするのも心苦しいのですが、何卒情報支援に協力頂ければと思います]

[むしろ助けたいくらいだ]

[また何か情報分かればコミュニティに打っていくよ]

[助かります。さて、そろそろ朝食もありますのでこれで失礼します]

[はよ食え、若い内は食べないと駄目だぞ]

[年食うと肉食べると胃もたれがしんどくてな]

[↑16歳にその話はやめてやれ]

[すまん]


☆☆☆☆


Sympassを閉じた前園は、直ぐに得た情報をパソコン内にあるメモ帳アプリに打ち込んでいく。

「ダンジョン奥にいるボスゴブリン的存在……、上層階?恐らくゴブリンのおさ的存在が何かを守る……いや、ボスゴブリンが守っている……?」

ブツブツと思考回路を表に漏らしながら、次々にメモに纏めていく。

パソコン内に纏められた情報から、様々な仮設を立てながら次から次へと打ち込む姿。そこには以前までのおどおどした彼女の姿は何処にも無かった。


その姿を見て、須藤はぽつりと言葉を漏らした。

「みんな、瀬川君の為に力になろうと努力してる。俺も……彼の力になりたい」


To Be Continued……

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