【第六話(1)】 それぞれが生きてきた軌跡(前編)

様々な色合いの布地で覆われたテントが海沿いに並ぶ。noise――一ノ瀬 有紀いちのせ ゆきは物珍しそうに、その一つ一つをじっくりと観察していた。

彼女の様子がおかしく見えたのだろう。振り返った須藤 來夢すとう らいむは苦笑を漏らす。

「そんなに珍しいのか?情報収集はしていたんだろ?」

「あ、ああ……いや、まあな……」

そこまで露骨に態度に出ていたのか、と自覚していなかった一ノ瀬はしどろもどろしながら言葉を返す。

しかし、何かを思い立ったように一ノ瀬は須藤に声を掛けた。

「なあ、須藤。何故お前はこの集落のリーダーをしているんだ?」

彼女の質問に、思わず須藤は足を止める。それに釣られるように、セイレイ――瀬川 怜輝せがわ れいきを含めた後続も足を止めた。

「……どういうことだい?」

「いや、ただ気になっただけだ。見たところお前はまだ若い。他に適任が居るんじゃ無いのか?」

皮肉でも何でも無い、率直な疑問を須藤へとぶつける。それに反論するように、瀬川は声を上げた。

「ストー兄ちゃんはしっかりしてるよ!リーダーにぴったりだと思うけど」

「セイレイ。私が聞きたいのは、『須藤以外にも適役はいないのか』という話だ」

そこで言葉を切り、一ノ瀬はやや恨めしそうに半目で須藤を睨む。

「……女にいきなり殴りかかるような男にリーダーが務まるのか、と言う話でもあるんだがな?」

「そ、それに関してはすまん……」

痛いところを突かれた須藤は思わずたじろいだ。一ノ瀬はふん、と鼻を鳴らしつつ髪を揺らす。

しばらくして、須藤はどこか情けなさそうに苦笑を漏らした。

「noiseさんの言うとおり、俺はお飾りのリーダーだ。集落の大まかな方向性を決める人は他に居る」

須藤がそう言うと、二人の話に割って入る人物がいた。

「……いや、待て須藤さん。とは言ってもダンジョン攻略作戦を進めるよう宣言したのは須藤さんだったよな?」

千戸 誠司せんど せいじは、記憶を頼りに当然の疑問を投げかける。

ごもっともの質問だった。事実、集落の面々を集めてダンジョン攻略作戦について宣言したのは、須藤自身である。

だが、彼の問いかけに須藤はどこかばつが悪そうに目を逸らした。

「……正直ですね、下見も本来は俺がしようと思っていたんです。俺ならそれなりに動けるし、最悪魔物と遭遇しても対処できるはずだとも思っていたので」

「へえ?須藤が?」

一ノ瀬は眉をひそめ、彼の言葉にどこか苛立ったように問いかける。

魔物と戦うことを舐めるな――彼女の言葉には、どこかそんな思いが秘められていた。

須藤もその言葉の意図を理解していたのだろう。小さく頷いて、空を仰ぐ。

「元々、俺の一家は格闘家の一族だったからね。子供の頃にはよく格闘技術を叩き込まれたものさ……」

「だとしたら、尚更人に手を上げたら駄目じゃないか?」

「うぐっ」

正論を突かれた須藤は、それ以上は何も言わずに逃げるように早足で再び歩み始めた。

前園 穂澄まえぞの ほずみは、そんな彼の様子を見て呆れたように溜息を付く。そして小走りに一ノ瀬の元へと駆け寄り、小声で話し掛けた。

「ね、一ノ瀬さん」

「……うん?どうしたの、穂澄ちゃん」

先刻の千戸との会話が彼女には聞かれており、今更隠すのは無理だと一ノ瀬は判断していた。その為、彼女に対しては普段の砕けた口調で語りかける。

「なんで男の人って皆無謀なことをしようとするんでしょうね?」

「……さあ」

自身も大概無謀な行動を繰り返している自覚があった為、一ノ瀬は彼女の問に明確な答えを示すことが出来ない。

ただ、彼女には『自身もかつては男性だった』という過去を持っていることも、答えられないもう一つの理由だった。


----


一ノ瀬の脳裏を過るのは、崩落事故に巻き込まれた高校二年生の夏。

どういう原理かは分からないが、事故に巻き込まれた彼女が病院に運ばれたその日。

まるで脳だけが入れ替えられたかのように自分の体は異なる性別のそれになっていた。


『はは……これが最新のVRか……?』


初めて、自分の姿が女性のそれに変わったことを知った時。彼女は思わずそんな言葉を漏らしたのを思い出す。


----


「VR……か……今見ている私は、本当の私だって言えるのかな……」

「……一ノ瀬さん?」

思わず呟きが漏れていたのだろう。きょとんとした顔で前園が一ノ瀬を見つめていた。その視線に気付いた彼女は苦笑を漏らし、前へと向き直る。

「あ、ううん、何でも無いよ。男連中に置いて行かれないように行こっか」


☆☆☆☆


やがて、彼等は拠点の中心部に建てられた――というよりは、ここを中心として集落が形成されたであろう海の家に入った。

店内には彼等の他には誰も居ない。須藤がスイッチを入れると、ソーラーパネルで発電した蛍光灯が断続的な灯りをともす。

同じく店内に入った一ノ瀬は物珍しそうにキョロキョロと店内を見渡す。

なるべく悟られないように素知らぬ顔でいる彼女。だが、一ノ瀬を教え子に持っていた千戸の目からすれば、アミューズメントパークに来た子供と似たような反応でしか無かった。

一ノ瀬は微笑ましそうに見ている千戸に気付き、耳元を赤くして睨む。

せん……セー、何見てるんだよ」

「いや、noiseにとっちゃ貴重な機会だろ?存分に情報収集すると良いだろう」

「……う、まあ、そうするさ」

どこか千戸から逃げるように、そそくさと店の奥へと入り込む一ノ瀬。瀬川は困惑した様子で彼女の後ろ姿を見ながら千戸へ尋ねる。

「なあ、センセー……noise姉ちゃんと何を話したんだよ。明らかにセンセーの言葉に負けてる感じするんだけど」

「さあな、あいつが言わない限りは俺も何も言わないさ」

しらを切るように、千戸も瀬川を置いて先に進む。

「……なんだよー……」

もやもやした気持ちを残したまま、不貞腐ふてくされた瀬川は彼等の後を追うようにダイニングテーブルへと腰掛けた。


四人掛けのダイニングテーブルに、各々は席を取った。千戸だけは他の席から椅子を持ってきて、側面の方に座る。

「まずは私の持つ情報から、だな?一番気になったのはこれだと思うが……」

そう言って、一ノ瀬が取り出したのは円形の吸入薬。丁度、瀕死の瀬川に与えたものと同様のものだ。

吸入薬のパッケージには[魔素吸入薬 10mg]と油性ペンで書かれている。

「あー!これ、これ!!なんかすげー薬!!」

語彙力ごいりょく……」

目をキラキラと輝かせてそれをあらゆる角度から瀬川は眺める。その様子を前園は呆れた様子で眺めていた。

そして、千戸に預けていた手提げ鞄の中からスケッチブックを取りだし、早速それのスケッチを始めようとする。しかし、前園はペンを持つ彼の手に重ねるようにして、その手を押さえつけた。

「セイレイ君……あ、と、で、ね?」

「……はい」

明らかにしゅんと凹んでしまった瀬川を余所に、千戸は一ノ瀬に問いかける。

「あの回復速度は、まるで早送りみたいだったな。これは、一体何だ?」

そう問いかけると、一ノ瀬は麻袋に入れていたゴブリンの心臓であった魔石を取り出し、テーブルの上に置く。

「これは、魔石を削って作った薬だ」

「魔石……?」

瀬川は、魔石を自分の元にたぐり寄せて興味深そうに交互に見比べる。一ノ瀬はこくりと頷く。

「ああ、この吸入薬を使用することで、損傷した組織の再生を助ける効果を持つ」

「待って、い……noiseさん!それこそ、配信で言うべき話では無いんですか!?」

前園は彼女の話をさえぎって、困惑した様子で尋ねる。だが、一ノ瀬は掌を下に向けて、落ち着けとジェスチャーを行う。

「まあ話を聞け。勿論、何も万能の薬という訳ではないんだ……これを見てくれ」

そう言って、彼女は麻袋の中からキャンパスノートを取り出した。

明らかに、麻袋に入らないサイズのノートであり、千戸の関心はまずそちらに向けられる。

「なあnoise。俺としてはその”ふくろ”についても聞きたいんだが……」

「この話の後だ。まずはこれを読んでもらえるか?」

そう言って彼女は[魔素の人体における作用・有害事象について]というタイトルが付けられたキャンパスノートを開く。

「魔素、というのは私が命名したものだ。推測によるものも、あるにはあるけどな」

整った文字で理路整然と纏められたそのノートには、事細かにびっしりと魔物、魔素に関係した内容が書き連ねられていた。


[20xx年12月17日。全世界を未曾有の大災害である”魔災”が襲いかかった。統計資料は残って居らず、正確な死傷者は不明であるが、おおよそ八割の人口が死に至ったとされる――]

[”魔素の人体に対する作用について”まず、始めに魔素について定義づけを行う必要がある。魔素とは、魔物を構成する栄養素のことである――]

[魔物の生態を観察する中で気付いた事だが、どうやら魔物は食事や排泄に近い行動をとっていないということが判明した――]

[魔物には臓器が無く、代わりに細い管のようなものが全身を巡っていた。(以上の管を、”魔素管”と定義する)――]


一部分を拾い上げるだけでも、彼女が魔物について綿密に考証・研究を行っていることが如実に伝わる文章。キャンパスノートをパラパラとめくる千戸の瞳は真剣そのものだった。

「……これ、全てnoiseが調べたものか?ここまで調べ上げているとは……」

その言葉に、どこか誇らしげな様子で笑みを零しながら一ノ瀬は頷いた。

「そう評価してもらえるとずっと調べてきた甲斐があったってものだ。それで、だ……私がこの薬について配信内で明言することを避けた理由がこれだ」

彼女は付箋が貼られたページまでノートをめくる。

めくった先のページには[魔素の過剰吸入に伴う副作用 “魔物化”について]と書かれていた。

表記されたタイトルに前園の表情が険しくなる。

「……過剰吸入に伴う魔物化……」

前園はふと気になって瀬川の方を見る。すると、彼は泣きそうな表情で一ノ瀬の方を見ていた。

「ね、姉ちゃん……俺、魔物になっちゃうの……?」

「noiseさん……お前、やっぱり……!」

瀬川の表情に釣られるように、須藤も再び敵意に満ちた形相で一ノ瀬を睨む。二人の予想通り過ぎる表情に思わず苦笑を漏らしながら、一ノ瀬は首を横に振る。

「もしそれが狙いなら私はとっとと逃げてるよ。安心しろ、用法・容量を正しく守れば魔物化する可能性は無いに等しい」

「……容量?」

「そうだ。受けた傷の程度や体格によっても容量の限界量は変化すると言うことだ」

「変化するの?」

「ああ。このラットを用いて実験したデータを見て欲しいんだが。左のラットには推定規定量の倍の魔素粉末を服用させたものだ――そして、これが魔物化前の前兆について纏めたものだが、末端の色調変化がまず見られて――」

難しい話を延々と続ける一ノ瀬に、瀬川は着いていくことが出来ず徐々に詰まらなさそうな表情を浮かべ始めた。

千戸はその様子に気付き、慌てるようにして瀬川に耳打ちする。

「あー……セイレイ、つまりだな。セイレイの傷に合った薬を、noiseが出してくれた……ってことだ」

その要約でセイレイはようやく理解できたようだ。ぱあっと表情が明るくなり、一ノ瀬の方へと前のめりになった。

「すげー!!noise姉ちゃん!診察してお薬処方して、って事でしょ!?お医者さんじゃん!!」

「んふっ」

彼の言葉に、一ノ瀬の口から空気が漏れるような笑い声が漏れた。それを誤魔化すかのように自分の口元に手を当て、彼から顔を背ける。

「いや、私は医者志望だったが……まあ、な、ふふっ」

彼女の様子が明らかに変わったことに瀬川と須藤は首を傾げる。

前園は半目で冷ややかに、千戸は微笑ましそうに彼女の様子を眺めていた。


To Be Continued……

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