【第四話(2)】 世界におけるノイズ(後編)
セイレイ――
二度と戻ることの出来ないことをしたように、
「仕方……無かった、んだよな?俺は、正しいことをしたんだよな?」
彼の呟きに答えるように、その姿を配信するドローンを介してホログラムにコメントが表示される。
[セイレイ君は正しいことをしています。実際、貴方の行動のお陰でダンジョン攻略作戦が一歩進みました]
[↑え、お前らダンジョン攻略しようとしてんの、無茶だろ]
[インターネットが復活した以上使える端末を確保するべきだってリーダーが……]
[なるほどな。かくいう俺も集落の皆と必死に端末集めたから人のこと言えないけどさ]
[こうやって他の人達の情報が得られるというのは大きいですもんね]
『大丈夫だよ、セイレイ君。君の行動はきっと間違えていない』
「……でも」
コメントを読み終えた
そんな中、響く一人の足音。
「自分が間違っているとでも言いたいのか?」
会話に割って入ってきたのは、配信の最中に突如現れた謎の女性。彼女は短剣に付着した灰燼を拭い取りながらドローンを回り込むようにして近づく。カメラに自分の姿が映し出されるのを極力避けている様子だ。
初対面である正体不明の彼女に、セイレイは内に秘めた不安を打ち明ける。
「……俺は魔物を殺したのが初めてです。いくら敵だからと言って、命を奪うのは正しいのでしょうか……」
未だにゴブリンの喉元を切り裂いた感触が手から消えないセイレイ。その感覚を確かめるように手何度も繰り返し、強く握りしめる。だが、その女性は呆れたようにため息を付いた。
「なあ、勇者様よ」
「……何ですか?」
「何綺麗事言ってるんだ。生きる為に命を奪うなんて道理だろうが」
女性は凄みのある表情でセイレイにずいと顔を近づける。その獰猛な猛獣にも似た鋭い目つきは、彼が目を逸らすのを許さない。
「良いか?別に魔物に限ったことじゃないだろ。ご飯が食べられるのは誰のお陰だ?」
「そ、それはご飯を作ってくれる人が居るからで……」
「その前に、”食材を調達する人”が居るだろう?私達の代わりに命を奪って、食材に変えてくれる人がな」
そう言い、セイレイに背を向けて来た道を引き返す。
やがて戻ってきた彼女の右手にあったのは先ほどセイレイが発見したレーションの包装。銀色の包装が、陽光に照らされ
「このレーション一つだってそうだ。食事を作る人達のために、|代わりに動物や植物の命を奪う役割を持つ人が居るんだよ」
彼女の言葉に、セイレイはかつて育ての親であるセンセー――
『まずは『いただきます』だろ。命を頂いてるんだから忘れるな』
……千戸は確かに、そう言っていた。
「……命を、奪うこと……」
そのポツリと漏らした呟きを理解と見なしたのだろう。女性はセイレイの右肩を握りこぶしで小突いた。
「これからも魔物と戦うのなら、命と向き合うことは覚悟しておけ。まあ、これっきりってなら別に忘れても良いけどな」
それはさておき、と話題を切り替えるように彼女はドローンの方へと視線を向ける。
「それよりも、だが……撮影しているのか?随分変わったドローンなんだな」
彼女は正体を探るようにドローンをじっくりと観察する。
セイレイは興味深そうにしている彼女の方を見ながら頷いた。
「ああ、これで|配信して皆と情報共有しながらダンジョンの様子を探ろうと思ってたんだ……でも限界があった。だから、助かりました……ありがとうございます」
素直にセイレイは礼を言って頭を下げる。
だが、感謝の言葉よりも女性は”配信”の言葉に疑問が湧き起こったようで顎に手を当てる。
「……配信?……いや、後で聞こう」
しかし優先順位が違うと判断したのだろう。首を横に振った彼女は身をかがめ、ゴブリンだった灰燼の中を漁りだした。
その様子にセイレイは首を傾げた。
「……あの?」
「別にお前らの事情に首を突っ込む気は無い。|私には私の目的があるからな。魔物と戦うことは想定外だったが」
やがて彼女は塵の中から、|彼女の掌ほどの大きさの赤い宝石を拾い上げた。それは大穴を空けられた外壁から差し込む陽光に反射し、キラキラと輝く。
「それは?」
「ああ、これは……ゴブリンの心臓だ。私は”魔石”と呼んでいる」
「魔石……ゲームとかでよく聞く呼び方ですね」
セイレイがそう感想を述べると、女性はまあな、とどこか気まずそうにそっぽを向きながら頷いた。回収した魔石を懐から取り出した麻袋の中に一つ一つと入れていく。
「魔石の回収は私の本来の目的では無いんだが……私からもお前達に聞きたいことがある。だが、その前に」
そう言って、女性は麻袋の中から一枚のタオルを取り出しながらセイレイの下へと歩みを進める。
彼の前に立った女性は、タオルを突き出しながら要望を告げた。
「これを咥えろ」
「は?何を……」
「やれ」
訳が分からないまま、タオルを口に咥えるセイレイ。女性は「歯を食いしばれ」とだけ告げて、セイレイの左肩を掴む。
そして、左腕に突き刺さった矢の節を右手で掴んで、脚を踏み込み、勢いのままに奥へと押し込んだ。
「っう……!!!??」
「黙れ、タオルを咥えてろと言っただろ」
痛みに
『ちょっと!!貴方は何しているんですか!!』
『おいクソ女!テメェ何してんだ!!せが……セイレイ君に何してんだ!!』
ドローンのスピーカーから前園と、
「うるさい、静かにしろ」
だが、二人の制止する声に女性は聞く耳を持たず、矢の節の部分を幾度となく捻りながら押し込み続けた。
「……っ、……うう……!」
セイレイは必死に痛みを堪える。
やがて、
「鏃が腕の中に留まったままだったからな」
そう言って女性は短剣で鏃の部分を切り落とし、返しの無くなった矢を腕から引き抜く。
そして服の裾をめくり、手慣れた動きでガーゼと包帯で傷の部分を保護する。
終わったぞ、と女性は矢を投げ捨てた。セイレイは改めて自分の腕をまじまじと見つめた後、礼をした。
「……ありがとうございます……えと、貴方の名前は……?」
「……私は……」
セイレイは頭を下げ、感謝のままに彼女の名前を呼ぼうとした。しかし、そこで名前をまだ聞いていないことを思い出す。
名前を尋ねられた女性は答えに悩んだように、あちらこちらに目線を逡巡させる。
やがてその先は|ドローンのホログラムが映し出すコメント欄へと向けられた。
しばらく考える様子を見せた後、彼女はセイレイの質問に答える。
「……そうだな、私のことは”
「……ノイズ、ですか?」
「ネットリテラシー……ってもんだ」
noiseと名乗った女性は後ろに
セイレイは不思議そうにゆっくりと立ち上がる彼女の動向を見守っていた。
しばらくnoiseは周囲を見渡した後、再びセイレイの方を見る。
「おい、セイレイ……で良いのか?一旦ここを出るぞ。聞きたいことがある」
「……それは、俺もです」
『分かりました。私も一旦、情報を統合した方が良いと判断します。……入口まで戻った時点で配信を終了しますね』
二人の方針が合致したところで、前園はそう告げる。noiseはそれに分かった、と返答した。
方向性が纏まったところで、再びコメント欄は加速する。
[個人的にはセイレイに与えた薬が気になるところ]
[ちょっと情報量が多いな]
[どうすれば魔物と戦えるようになるかは知りたくない?]
[確かに……]
[また次も配信してくれるか?俺達も魔物と戦える知識が欲しい]
ホログラムに表示されたコメント欄を確認したセイレイは、うーんと腕を組んで唸る。
それに答えたのは周囲を警戒しながら来た道を先行して歩くnoiseだった。彼女はちらりとコメント欄を見やった後ぶっきらぼうに答える。
「私の技術は何度もダンジョンに潜った経験則に
「noiseさん、今答えないんですか?」
セイレイは彼女の返答に首を傾げながら質問を投げかける。コメント欄からも[確かに]と同意する文面が流れた。
だが、noiseは彼を、配信を見ている人達を諭すように答える。
「良いか?知識や技術を渡すにも段階というものがあるんだ。今日はダンジョンがどんなところか、という所まで分かればこの配信は十分だろ」
『確かに、それはそうですが……聞かれた質問にはその場で答える、というのも大切ではないのですか?』
前園も不思議に感じたようでnoiseへと質問を投げた。
「時と場合だろ。ダンジョンに潜ることのメリットだけ先に語って、その断片的な情報だけでダンジョンに入って死人が出る可能性がゼロとも限らないしな。まずはリスクの把握からするべきだ」
どこかぶっきらぼうに吐き捨てるように彼女はそう答える。その言葉には、彼女なりの信念が宿っていた。
一理あると前園は納得したのか、分かりましたと答えて口を閉ざす。
やがて、家電量販店に入った際に登ってきた階段へと二人は辿り着いた。
ここを下って入口まで降りればダンジョンの外だ。
「もう良いだろう。配信を止めるんだ」
『……分かりました。これにて、”勇者セイレイ”の配信を終了します』
[お疲れ様です、本当に]
[久々に希望が見えた。良い配信だった]
[心配だったけど、無事で良かった。ゴブリンに囲まれた時はヒヤヒヤした]
[何というか、皆で繋がっている気がして嬉しかったです。シンパシーを感じました]
各々が配信に関してのコメントを残す。コメントログの更新が無くなったところで、前園がキーボードを叩く音が響く。
やがて、ドローンが表示するホログラムが消失し、配信が終了したことを告げた。
To Be Continued……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます