【第四話(1)】 世界におけるノイズ(前編)

[右弓構えてる!]

[前のゴブリン対処が優先だろ]

[取りあえず距離取って体勢を]

[いや、ここは攻めるべきだ]


コメント欄に錯綜さくそうする情報。前園 穂澄まえぞの ほずみはその流れる情報と、ドローンを介して伝わる情報を照合しその状況に合わせた指示を送る。

『右、”弓"警戒。後方に退避!!』

「分かった!」

セイレイ――瀬川 怜輝せがわ れいきは目の前のゴブリンが振るう短剣の一撃を弾き、即座にバックステップ。木刀を正面に構えたまま、右側のゴブリンへと視線を移す。

放たれた矢をくぐり抜けると同時に、セイレイは弓を構えたゴブリンの方へと駆け出した。

『まだ指示を出してません、慎重に行動を!!』

各個撃破かっこげきはが優先だろ!まずは後衛から倒すべきだ」

強く言い放ち、セイレイは戸惑った様子の弓を構えたゴブリンに向けて木刀を上段から振り下ろす。

しかし、瓦礫の影に隠れるもう一匹のゴブリンには気付かなかった。

「ッがっ……!」

『セイレイ君!!』

背後に忍び寄っていたゴブリンが短剣をセイレイの脇腹に深々と突き刺す。

彼の身体から溢れ出す血液がアスファルトの地面に染みこんでいく。

配信画面に表示された名前の隣のゲージが大幅に減少し、ついに四分の一を切った。

まともに立つことが出来ずよろついた末、自身の血溜まりの中に片膝を突く。

「っ……まだ、まだだ……!」

全身をむしいずり回るような不快な痛覚に襲われながらも、セイレイは決して諦めない。

だが、彼の足元に生み出す血だまりが、確実に彼自身を死へと運びつつあることを示していた。

ゴブリン達は各々、警戒態勢を解く。そして、勝利を確信した様子で下卑た笑みを浮かべる。

遂にとどめを刺そうと、一匹のゴブリンが遊ぶように短剣を振り回しつつ近づいた。


[おい、ゴブリン来てるって!]

[立って、立って!!!!]

[まだ体力ゲージは残ってる!!]

『セイレイ君!!セイレイ君ッッッッ!!』


前園の悲痛な叫びが聞こえる。

分かっている、立たなければ。勇者が魔物に屈するわけには行かないんだ。

セイレイはグッと脚に力を入れようとするが、血液が不足し酸素のまわらない肉体では、力が思うように入らなかった。

それでもセイレイは希望の灯を絶やさない。

「嫌だ……!俺は、まだ……生きるんだ!」


だが、現実は非情だ。

ゴブリンはセイレイを見下し、勝利に笑む。そして、血に塗れた短剣を高々と振り上げ、そのまま――。

セイレイは、遂に自分の身に降りかかる最悪に目を背け、強く目をつむった。

しかし。


「おい、立てよ勇者様」

突如、頭上で女性の声がした。凜とした、真っ直ぐな声音。


恐れていた痛みはいつまで経ってもやって来なかった。セイレイは恐る恐る瞑っていた瞳をゆっくりと開き、頭を上げる。

まず、彼の瞳に映ったのは一人の妙齢みょうれいの女性だった。紺色のジーンズに、白いカッターシャツに身を包んだ、スレンダーな体つきの女性。後ろでまとめた長い栗色の髪は、彼女が動くのに従って大きく揺れる。

彼女の奥に映るのは、ゆっくりと倒れていくゴブリン。喉元には深々と短剣が突き刺さり、やがてその肉体は灰燼かいじんと化した。

ゴブリンの絶命を見届けた彼女は短剣を拾い上げ、セイレイの方を振り返る。精悍な面持ちのその女性は、冷ややかな目線で彼を睨む。

すると彼女は懐から、一つの円形の吸入薬を放り投げた。セイレイはそれを胸元でキャッチする。

「ほら、これを吸え。傷が治るはずだ」

「え、これは何……」

「お前に死なれては話が聞けなくなるんでな」

続いて、懐から一振りの片手剣を取り出した。明らかに隠し持つには大きすぎる片手剣を。

鞘から抜いたそれをすかさず、セイレイの足元に滑らすように放り投げる。アスファルトに叩き付けられたそれはガシャリと乾いた金属音を立てた。

「動けるようになったら、これを使え」

慌ててセイレイはその柄を近くに手繰り寄せながら、女性の背中に問いかける。

「あの、あんたは……」

「勇者様はそのドローン相手と言い、おしゃべりが好きなのか?黙って手と身体を動かせ」

女性は取り付く島もないといった様子でふんと鼻を鳴らし、正面に向き直った。

質問に対して答えることなく、女性はそのままゴブリンの元へと駆け出した。やがて、ゴブリンとの距離を徐々に縮めていく。

『セイレイ君。今はこの女の人に従った方が良いかと思われます。どちらにせよ、今の状態では命が危ぶまれます……』

「……分かった」

突如として現れた謎の女性。だが、彼女の言うことに従うより他ないとセイレイは判断した。吸入薬の蓋を開け、それを吸い込む。

すると、まるで早送りのように、損傷した皮膚組織が修復されていく。身体の感覚が戻ったセイレイはゆっくりと立ち上がる。

大量に出血した身体であるはずなのだが、問題なく動かすことが出来た。

事実、配信画面に表示されているセイレイの名前隣のゲージは元の長さを取り戻しつつある。


[これやっぱ体力ゲージだよな?凄い勢いで回復してるけど]

[何だ、この女……色んな意味で何者だ?]

[……セイレイ君が入る前に、既に居た、と言うことですか]

[分からない。聞かなければならないことが多すぎる]


『……セイレイ君。戦えそうですか?』

「……ああ、問題なさそうだ」

傷の癒えたセイレイは、木刀を床に置き、女性が投げた片手剣に持ち替える。

彼自身も驚くほど、先刻ゴブリンに刺された傷はすっかり治っていた。左腕に突き刺さった矢は抜けないままだが、動かさなければ痛みが生じることはない。

再びアタリを取るように片手剣を正面に構え、視線を真っ直ぐに向ける。

「穂澄、コメント欄の皆……再び支援を頼む。今度はあの人の動きにも気を配ってくれるか?」

『分かりました。それでは、随時情報を送ります』

「頼んだ」

そう言って、セイレイは大地を蹴り上げ再びゴブリンの元へと駆け出す。

謎の女性の戦闘のフォローに入ろうと剣を構え駆けるセイレイ。

――しかし、すぐにその足を止めた。何故なら。

「……すげぇ」

思わずセイレイは感嘆の声を漏らす。

彼にとって……いや、この配信を見ている者全てにとって、その光景はまるで現実離れしたものだった。


彼女はまるで最初から予知しているかのように、ゴブリンの剣戟をくぐり抜ける。最小限の歩幅、最小限の動作で全ての攻撃を回避する。

攻撃を紙一重でかわされ、体勢を崩したゴブリンに素早く一撃を叩き込む。頸椎に突き立てられた刃に、ゴブリンの身体は脱力し、灰燼と化していく。

――まるで全てが彼女の台本通りに動いているかのような動き。


[なんか、俺でも真似できそう……って思ってしまう]

[わかる]

[いや、これそうとうやばいことやってるよな……?]


何一つ無駄はなく、卓越たくえつした回避技術で全ての攻撃を躱す。

その美しさすら感じる技術は、見る者達の感覚すら容易く狂わせるほどのものであった。

前園ですら、指示を送るのを忘れて沈黙している。セイレイには呆然としている彼女の様子が目に浮かんだ。

だが女性はゴブリンと距離を取り、横目でドローンの方を睨む。

「……おい、あと何体だ?指示をくれるんだろ?」

『あっ、あ……はい。えと、貴方が二体倒したので……およそ、”四”かと。そのうち”弓”が二』

「分かった。そこの勇者様も戦え、動けんだろ?」

「……あ、ああ」


一瞬で場の空気を女性が支配した。

この世の者とは思えぬほど優れた戦闘技術に、周りの様子を瞬時に分析する状況判断能力。

魔物に殺されることに怯え生きてきた人々にとって、毅然と戦い抜く彼女の姿はイレギュラーそのものだった。

配信を見る者達は、あまりにも現実離れしたその光景に目を奪われる。


[なんというか、この人だけ別次元で生きてるみたい]

[世界におけるノイズ、って感じだ……]

[……なんだ、これ。なんなんだ]


『っ、み、皆戦況をコメントして!セイレイ君と彼女を支援します!』

「頼んだ!っと……!」

彼女の動きに同じく目を奪われていた彼は、近づいていたゴブリンへの反応が遅れ大きく身体を反らす。重心が崩れ、思わずよろめく。

追撃を警戒したセイレイだったが、それより先に女性が投げたダガーがゴブリンの短剣を弾くのが先だった。彼女はもはや、セイレイの方向すら見ずに話す。

「脚を広げて立つことを意識しろ。それが出来ていないから直ぐにバランスを崩す」

「……ありがとう」

直ぐに体勢を立て直したセイレイは剣を大振りに横にぐ。深々と首元に刃が突き刺さり、ゴブリンは「ギギャッ……」と苦悶の声を漏らしながら、徐々にその姿を灰燼に変える。

セイレイにとって、魔物を倒したのはこれが初めてのことだった。

彼は今が戦いの場と言うことも忘れ、自身が持つ剣の刃先を見つめる。

だが、自らも戦線に立っている女性はそれを許さない。

「考えるのは後だ。あと三」

彼女は吐き捨てるように言い、そのまま弓持ちのゴブリンの元へと駆け出した。だが、そのゴブリンは既に弓を引き絞っている。


[無茶だろ、危ない!]

[少し視点が下を向いているかも]

[足元狙いか]

[避けて!!]


『”弓”、足元狙い!!』

「分かってる」

前園のナビゲートに、そう女性が淡々と答える。

ゴブリンが矢を放ったのは、それとほぼ同じタイミングだった。空気を穿ち、一直線に女性の足元へとその矢が襲いかかる。

だが、彼女はそれに合わせて高く跳躍ちょうやく。彼女が先ほどまで居たアスファルトの地面に矢が弾かれ、鈍い衝撃音が響く。

そのまま積み重なった瓦礫を乗り越え、左右にステップを刻みながら距離を縮めていく。動き回る彼女の姿に、ゴブリンは照準を合わせる事が出来ず戸惑う。

「これであと二」

あっと言う間に距離を詰め、弓持ちのゴブリンの喉元に深々と短剣を差し込んだ。「グギッ」と喉元から空気が漏れるような声。情けない断末魔のそれを漏らしながらその肉体は灰燼と化した。

「少年、私が囮を担うからお前が倒せ」

「あ、ああ」

振り向きながらそう指示する女性に、困惑しながらもセイレイは頷いた。返事を確認した彼女は残った短剣持ちのゴブリンへと近づく。

「ギギィッ……!」

あっと言う間に仲間を倒された弓を持ったゴブリンは冷静な判断を失い、焦燥に駆られた様子で仲間が近くに居るにも関わらず弓を引き絞る。

彼女はそれを狙っていた。

「お望み通り仲間の元へ送ってやる」

近づく短剣持ちのゴブリンの突きをひらりと躱した彼女。すぐさま奴の後ろに回り込み、首元を掴み自身の前に盾のように差し出す。

「ギィッ!?」

短剣を持つ腕も抑えられ、ジタバタと自らの存在をアピールするゴブリン。

だが、冷静な判断能力を失った弓持ちのゴブリンには、もはや味方を人質に取られていることなど理解できていない様子だった。

そのまま絞った弓から矢を放ち、自ら味方である短剣持ちのゴブリンの喉元を貫く。恨めしそうに彼女を睨みながら、その魔物は徐々にちりと化していく。

「ほら、隙を作ってやったぞ、今だ」

女性は塵と化したゴブリンのことなど気にも留めず、弓持ちのやつの方を見ながら呟いた。正確には、ゴブリンの背後に忍び寄ったセイレイへと。

「これで……終わりだッ!!!!」

セイレイは、上段からゴブリンの頭部へと片手剣を重みに任せて振り下ろした。


☆☆☆☆


バーチャルシンガーの秋狐しゅうこはアーカイブを思い返し、満足そうな表情で空を仰ぐ。

「いやぁ……ほんっとに、凄い配信でした……あれは……」

インタビュアーの男性は、彼女の脱力した様子に苦笑いした。

「はは、確かにセイレイさんがペン、彼女が剣と言っても遜色そんしょくなかったですね」

「でしょ!コメント欄で皆と繋がっていたセイレイ君は、まさしく言葉で皆と戦ってました。それに対して、彼女はたった一人で魔物と戦う剣だったんです。それが彼の配信を介して初めて合わさった日だったと言っても良いでしょ?」

「そうですね、このアーカイブがきっかけで『ペンと剣』の楽曲が生まれたのですね。興味深い視点のお話有り難うございます」

深々と彼は頭を下げると、秋狐は照れ隠しのように笑いながら手を身体の前でぶんぶんと振った。

「いやいや!そんなお礼を言われることじゃないですもん!私も彼等のように皆の力になれたら嬉しいですし」

「秋狐さんの歌には皆さん勇気を与えられていると思いますよ……さて、最後の質問ですが、秋狐さんにとって、生きる意味とは何ですか?」

「生きる……意味……」

どこか痛いところを突かれたように秋狐は表情を曇らせた。だが、それもつかの間のことで再び笑顔を作って言葉を続ける。

「私にとって、生きるというのはパラパラ漫画のようなものだと思ってますね」

「パラパラ漫画……ですか?」

男性がそう言葉を反復すると秋狐は深々と頷いた。

「はい。私達日々新たな1ページを刻み続けて生きています。それって、どこかパラパラ漫画に近いと思いませんか?」

彼女が逆に質問を返すと、男性は分かったような分かっていないような、微妙な顔を浮かべる。

「うーん、まあ言われてみるとそうかも知れませんが……ごめんなさい、完全に理解できていなくて」

「あはは、大丈夫ですよ。あくまでも私の考え方ですし……あっ、ごめんなさいちょっと行きますね」

秋狐は何かを思い出したように慌てて立ち上がった。男性は彼女の様子に戸惑った様子を見せる。

「ど、どうしましたか?」

「ちょっと知り合いが訪ねてきたので……ごめんなさい!」

そう言って、秋狐はすぐにログアウトした。半分に割られた画面の半分が、真っ黒に塗りつぶされた。

[『Sympassシンパス配信者に突撃インタビュー!』アーカイブより]


To Be Continued……

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