【第三話(2)】 ペンと剣が描くLive配信(後編)

[遠い未来の、あるインタビュー動画より引用]


「えー、今回も始まりました。『Sympass配信者に直撃インタビュー!』。今回は、バーチャルシンガーとして活動している”秋狐しゅうこ”さんと繋がっております……」

インタビュアーのスーツを着た男がそう促すと、分割画面の中から一人の少女が映し出された。

だいだい色のウェーブがかった髪から覗かせるあどけない顔つきの少女。彼女はどこか機械的な印象を与えるデザインが織り交ぜられた和服を身に纏っている。

彼女は画面の向こうに居る視聴者に向けて、笑顔で手を振った。

「こんにちはー、嘘から出たまこと――秋狐です!本日はよろしくお願い致します!」

「秋狐さんよろしくお願い致します。早速ですが……『ペンと剣』のMVを拝見させて頂きました。まさに世界を切り開くんだ、という想いのもった歌詞にグッと来るものがありました」

「わあ、見て頂いたんですね!ありがとうございます」

「いえいえ……ところで、概要欄で『ペンは剣よりも強し、という言葉は間違っていると思う』と書かれていました。あれはどういうことか聞いても良いでしょうか?」

いいですよー、と秋狐はけらけらとなんてことのないように笑った。そして、顎に手を当て思いを巡らすような様子を見せた後、言葉を続ける。

「えっとですね、まず……ペンと、剣。それが一体何を現すのかはご存じです?」

「あ、はい。ペンは言葉。剣は暴力とか、力……とかを表す言葉ですよね」

「はい!ですけど、ペンと剣に優劣を付けるのは私は違う気がするんです」

「……というと?」

その問いかけに、秋狐は表情を曇らせる。

だがそれを束の間のことで、真剣な表情を作りゆっくりと自分に言い聞かせるように、言葉を紡ぐ。

「ペンと、剣。どっちが欠けても行けない。どっちも無くてはならない……私はそう考えてます」

「えっと、もう少し詳しく話を聞きましょう。そう思ったきっかけは何ですか?」

「元々、この曲が完成したきっかけは『勇者パーティ』の初配信アーカイブを見たことがきっかけでした」

勇者パーティ。その言葉を聞いたインタビュアーの目が子供のように輝く。

「勇者パーティ!私も彼等の大ファンです……というかほとんどの人達が彼等の配信を心待ちにしているんじゃないですかね」

「言葉通り人類の希望ですもんね……と、語り出したら本筋から逸れてしまいそうですねっ」

「そうですね、あはは……、さて、秋狐さんがその配信の中でどういうことを感じて、この曲を生み出すに至ったのか伺いましょう」

「はいっ、分かりました!印象に残ってるとこと言えば、まず――」


☆☆☆☆


「穂澄。あれは……魔物、か?」

『……そのようです』

崩れた商品棚の物陰に隠れ、慎重にダンジョン潜入を続けるセイレイ――瀬川 怜輝せがわ れいき。彼の質問に反応した前園 穂澄まえぞの ほずみが操作するドローンは静かに空を泳ぎ、彼の背後から姿を覗かせる。

二人の視点の先にいるのは、キョロキョロと何処か落ち着かない様子で歩いている一匹のゴブリンだ。

時々、「ギィ……」と心細そうに呟いては、再び歩く……と言うことを繰り返していた。


[あのクソゴブリンの顔見ると彼女を殺しやがったあいつを思い出して苛つく。殺せ]

[ここってゴブリンの巣窟そうくつですよね?一匹だけ歩いているのは変じゃないですか?]

[ゲームの姿とそう変わらないんだな]


カメラがゴブリンの姿を捉えると共に、様々なコメントをホログラムに映し出した。

そのコメントの一つ一つを拾う余裕は今のセイレイには無く、ゴブリンの動向を静かにうかがうことに集中する。

『今は一匹しか居ないようですね。追いますか?』

「……ああ」

足音を殺し、ゴブリンとの距離を一定に保ちつつ姿を追う。その間にも時々ゴブリンは誰かに助けを追うように、「ギィ、ギィ」と鳴き声を発し続けた。

心なしか、徐々にその鳴き声を発する感覚が短くなっている。

「……何だ、何を呼んでいる……?」

徐々に瀬川も、ゴブリンの不自然な行動に違和感を抱き始める。ドローンのスピーカーからは、前園が何かブツブツと呟く声がスピーカーより洩れるが、その内容までは聞き取ることが出来なかった。

「ギィ、ギィ……ギィッッッ!!!!」

突如として何かを呼ぶように、ゴブリンは大声を発した。その鳴き声に何か感づいた前園が大声で叫ぶ。


『セイレイ君!!駄目、引き返して!!陽動だっ!!!!』


切迫した声音で叫ぶ前園。それに異常事態を察知した瀬川は、彼女の言葉の意味を飲み込むよりも先に急いで来た道を戻ろうとした。

ゴブリンに察知さっちされるのを承知の上で、なりふり構わずに階段方面へと駆け抜ける。しかし。

「っあ……!」

突如降り注いだ矢が、セイレイの左上腕に突き刺さる。

それと同時に配信画面に表示された名前の隣にあった長方形のゲージが微かに縮んだ。

『セイレイ君っっっ!!!!』

前園は悲痛な叫びを漏らした。その後、すぐにドローンのカメラを矢が飛んできた方向へと動かす。

そこには弓を構えたゴブリンが瓦礫から半身を出していた。

一体いつからそこに居たのだろうか。

「っ……ううう……」

痛みを堪えるように歯ぎしりし、細い呼吸を繰り返すセイレイ。彼を取り巻くように瓦礫の中から姿を隠していたゴブリンが、一匹、また一匹と顔を出す。

――回り込まれた。


[やばいやばいやばい]

[逃げて!!]

[パラメータ縮んだ……HP?]

[おい誰か助けろ]


コメント欄には混乱と不安がひしひしと伝わる文面が踊る。

セイレイのピンチに混乱しているのは、コメントを打ち込む者達だけではない。

『須藤さん、駄目だ!!』

『俺が助けに行かなきゃ、俺なら力があるんだ!!』

『駄目だ、君がいなくなればこの集落を守るリーダーを突如失うことになるんだぞ!?』

ドローンのスピーカーからセイレイを助けに向かおうとする須藤 來夢すとう らいむと、それを引き留める千戸 誠司せんど せいじが揉める声が聞こえた。そして、千戸はセイレイに呼び掛ける。

『おい、セイレイ!聞こえるか』

「……セン、セー……俺、何か間違えた……?」

今まで経験したことのない激痛に、苦悶と後悔が滲んだ表情でぽつりと呟くセイレイ。だが、千戸は『間違えてなんかいない!』と彼の言葉を否定する。

『前を向け、そして状況を俯瞰ふかんしろ!お前は勇者セイレイだろ』

『センセー!セイレイ君は勇者でも何でも無い、ただの私の幼馴染みなんだよ!?こんな時にセイレイ君にそんな言葉を背負わさないで……!!』

千戸の言葉に反発するように、いきり立った前園が食ってかかる。

「勇者セイレイ、か……」

『セイレイ君……?』

だが、彼の言葉にセイレイの目に再び光が宿っていた。前園が困惑の声を上げたが、彼の耳には入っていないようだ。

「そうだ、俺がセンセーから教わったことは……」

苦悶の表情を浮かべながらも、ゆっくりとセイレイは足を広げ、腰を落とす。そして左腕を庇うように半身で構えた。

ゴブリンは彼の行動を警戒し、「ギィ……」と目を合わせてコミュニケーションを取っている。

「捉える、描くんだ……俯瞰的、俯瞰的に……」

セイレイは視線を真っ直ぐに向けた。木刀の切っ先をゴブリンの正中線に重ねる。

その行動は、彼がデッサンの中で取るために幾度となく行っている動作。ペンを描画対象に重ね、アタリを付ける行動を彷彿ほうふつとさせた。


☆☆☆☆


まるで自身の身に起こったことのように、感慨深そうに秋狐は大きく息を吐いた。

「……センセーさんの言葉で覚醒するセイレイ君……。あの場面は私は結構好きですね」

「私も勇者パーティのアーカイブは全部見ていますが、あの初回配信が一番熱かったです」

「でしょ!?あの瞬間がきっかけだったんでしょうね、彼のLive《生きる》配信が始まったのは」


☆☆☆☆


『……セイレイ君、一体何を』

「絶対に俺は諦めない……皆の元に帰るんだ、生きて……帰るんだ!!」

自身の迷いを振り払うかのように、高々と叫ぶセイレイ。だが彼の事情など知らぬと言わんばかりのゴブリン。慎重にセイレイとの距離を詰め、にじり寄り始めた。

セイレイは深呼吸を繰り返し、心を落ち着かせる。対峙するゴブリンの動きを見据え、一つ一つの動作を観察する。

「正面……重心にブレがない。左の奴は重心が左右に揺れている……」

ブツブツと観察した内容を呟きながら、手に持った木刀を半身でしっかり構えた。

やがて、複数居るうちの一匹が躍りかかる。


[左のやつが動き出しそう]

[危ない!]

[回避して]


『左から攻撃、右へ避けて!!』

ドローンのスピーカーから響いた叫び声にセイレイは素早く反応。右へサイドステップしゴブリンが斬りかかるのを回避。

そのまま素早くゴブリン共の隙間をうように距離を取り、壁際へと退避する。

商品棚を背後に取り、正面を見据える。ゴブリン共は警戒を怠ること無く、セイレイを睨み付けていた。

『皆、力を貸してください』

彼の隣に浮いているドローンから穂澄の声が静かに響く。語りかけているのは、セイレイにでは無く彼の配信を見ている視聴者に向けてだった。

『どんな小さなことでも良いです。気付いたことがあればコメントしてください、私が情報を纏めて彼に伝えます』

「……穂澄……?」

真剣な声音を作って、そう告げる穂澄。

彼女が皆に求めた要望の内容に、セイレイは困惑する。

だが、やがてドローンのスピーカーから呆れたようなため息が聞こえたかと思うと、今度はセイレイに向けて語り始めた。

『君はコメントを見る余裕がないでしょ?……だから、私が配信の支援をします。セイレイ君はこの状況を切り抜けることに集中してください』

「……ああ、頼りにしてるぜ」

彼女の言葉に、彼の心のどこかに希望が生まれたのを感じた。

それは、恐らくコメントを打ち込む人々も同じだったのかも知れない。


[わかった]

[敵ゴブリンの数は5か?弓持ちそのうち1]

[↑いや、6だ。瓦礫の奥にまだもう1匹弓を持った奴がいる]

[あいつら連携がしっかりしてるんだよな。お互いの攻撃に巻き込まないように動いている]

[逆に言えば、剣を持ったやつが攻撃している時は矢は飛んでこない可能性があるか]

[かもな。まあ油断しないに限るが]


推定すいてい標的数"六"。無茶を言いますが、なるべく弓持ちの射線に入らないように気をつけてください。ゴブリンを盾にするのも一つの手です』

「……ああ、ありがとう。皆、穂澄に力を貸してくれ」

ピンチの状況にも関わらず、セイレイは思わず笑みを零した。

複数のゴブリンと対峙するのは、セイレイただ一人。しかし、彼は一人で戦っているわけではない。ドローンを介して、皆が繋がっているからだ。


その瞬間、ゴブリンの中の一匹が大地を蹴り、跳躍。セイレイへと襲いかかった。

『敵”一”、来ます!!』

「行くぞ!!」

セイレイは木刀を振り抜く。交わるはゴブリンが握る短剣。


☆☆☆☆


「この日。ペンと剣はこの日、初めて一つになりましたね」

「正直、私もこの配信に参加したかったですね……まあSympass実装当初だったので、致し方なし……と言うところはありますが」

「仕方ないですよー。私も音楽を投稿し始めたのはインターネットに繋がってから、しばらく経った時でしたし」

「フォローありがとうございます。秋狐さんの言う、ペンと剣というのはセイレイさんの配信方針が決まったときだったんですね」

インタビュアーの男性が感心したようにそう言うが、秋狐は笑いながら首を振った。

「彼等にとっての剣がもう一つあったでしょ?ほら、戦闘技術お化けの」

「え?……あ!盗賊の!!」

何かを思い出したように声を上げた彼を見た秋狐はそうです、と笑いながら頷いた。

「あの配信は、ゆ……盗賊がいたことで成り立ったものでもありましたね?コメント欄含めて、あの配信にはその場に居た人が誰一人欠けてはいけなかったんです」


To Be Continued……

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