【第三話(1)】 ペンと剣が描くLive配信(前編)
彼等四人は公道脇にある、灰色の瓦礫の中にそびえ立つ大型家電量販店の駐車場に集まっていた。外壁の一部には大穴が空き、そこから日が差し込んでいるのが分かる。
店頭に貼られたチラシは、十二月一七日の日付のままだ。ひび割れた自動ドアのガラスには、破損防止用に養生テープが×の字に貼られていた。
ガラスドアから覗くことのできる店内は影を落とし、先の見えない真っ暗闇の空間が広がる。
「うーん……これ以上は近づけそうもないか……」
外壁の大穴に向けてドローンを送った
これ以上近づけると魔物がドローンに見つかる可能性がある、と前園は判断。やむを得ずそれを自身の元へと戻した。
その様子を
「瀬川君……無いよりはマシだからこれを持っていって」
そう言って須藤が差し出したのは、一振りの木刀だった。金髪の少年――
瀬川はそれを受け取り、ありがとう、と真っ直ぐに笑顔で須藤に礼をする。
その感謝の言葉を受け取った須藤は、どこか思い詰めるように表情を曇らせた。そして、改めて確認する。
「……やっぱり、行くのを止めよう……とは思わない?」
いつ魔物に襲われその命を失うか分からないダンジョン。拭えない不安に
「心配してくれてありがとう。でも、やっぱり行きたいんだ……。安心して、もし、危なくなったら直ぐに引き返すよ。穂澄のドローンもあることだし」
ちらりと穂澄の方に視線を送る。だが、彼女は緊張と不安の入り交じった、複雑な表情をして俯いていた。
ダンジョン攻略作戦の第一段階である、ダンジョンへの潜入、そして偵察という重要な任務。そのプロセスの一環の責任を背負っていると言うことに、前園は緊張感を強く抱いていた。
下手をすれば、大切な幼馴染みである瀬川の命に関わるのだ。彼女とて気が気では無かった。
瀬川はそんな彼女の元へと歩みを進める。いたずらじみた笑みを浮かべ、そして。
「ほいっ」
思い切り、彼女の耳元で両手を叩いた。
「ひゃっ!」
空気が破裂する音に、前園は仰天して大きな声を上げた。そしてそのままバランスを崩し、床にへたり込む。
「な、な、な……セイレイ君、一体何」
怒ることも忘れ、目をまん丸にして瀬川を見つめる。その
「ぷっ、あははははは!!ひゃっ、だってひゃっ!!どんだけ緊張してるんだよ穂澄ー!」
茶化すように笑う瀬川。普段の前園であれば、怒って返すところだったが、今はそんな気にもなれなかった。彼から目線を逸らし、曇った表情でぽつりと呟く。
「だって、下手したらセイレイ君……死んじゃうかも知れないんだよ?嫌だよ、私、そんなの嫌だ」
「だーいじょうぶだって、その為の穂澄だろ」
「……でも、私……」
覚悟が決まらず、うじうじと言葉を濁し続ける穂澄。
一息つき、瀬川は彼女と目線を合わせるように深くしゃがみ込んだ。彼女の目を真っ直ぐに見つめ、いつかの言葉をもう一度告げる。
「穂澄は勉強担当、俺は運動担当、だろ?二人一緒なら何でもできるさ」
「……!」
そう言って瀬川は静かに笑む。いつか彼が言った言葉は再び、不安に怯えていた彼女の心に勇気をくれた。
前園はゆっくりと身体を起こし、スカートを叩きながら立ち上がる。
「……うん、そうだったね……ありがとう。私は私の役割に集中するよ」
「ああ、頼んだぜ穂澄。俺も危険だと思ったら直ぐに撤退するからさ」
覚悟の決まった二人。木刀を右手に携えた瀬川も、ゆっくりと立ち上がった。
だが、勿論不安が無い訳ではない。
瀬川の全身をアドレナリンが全身を駆け巡る。冷静を装ってこそいるが、膝は笑い、呼吸も微かに荒くなっていた。
「予定通り集落の皆で端末を共有し、その都度必要な情報をコメントで送信してもらう。だが、危険だと感じたらセイレイの判断で撤退しろ。俺がいつか、前に言った言葉は覚えているか?」
「……”他人を助ける資格は、自分を助けることの出来る者にしか無い”……か?」
記憶を辿り、そう答えた瀬川に対し、千戸は深く頷いた。
「よく覚えていたな。そうだ、まずは自分が生き延びることを優先しろ。潜入は一度しか出来ない訳じゃ無い、無理はするな」
「……分かった。ありがとう」
その言葉に、どこか瀬川は安心感を覚えていた。
彼自身も何処か不安に押しつぶされそうになっていたのは事実だ。
だが、自分の命を守ることを最優先して良いこと、その言葉は彼に”[にげる]という選択肢を与える”ものだった。
千戸の言葉を飲み込むように、大きく深呼吸する。
その間に、前園はガラスドアに張り付くように深く座った。そして膝の上にパソコンを置き、流れるような速さでタイピングする。
やがて、その動作に呼応しドローンが浮上し始め、彼の側に近づいた。
「……配信準備、いつでも出来ています。配信中はドローンのマイクから適宜指示を送ります」
前園は人が変わったように、堂に入ったトーンで淡々と現状の段取りについて話す。その様は、先ほどまで恐怖に怯えていた彼女と同一人物のそれには思えない。
須藤はもちろんのこと、普段から彼女と行動を共にしている千戸でさえも驚いた様子で目を見開く。
だが、瀬川だけは彼女の様子に安心した様子で微笑む。
彼は覚悟を決めた様子で、ガラスドアの前に立つ。そして、二度と機能することの無い自動ドアの間に両手を差し込んだ。
――ここから先は、ゴブリンの
「行ってくるよ、皆。穂澄……配信を開始してくれ」
「……分かりました。”勇者セイレイによるダンジョン配信”……開始します」
そう彼女が告げる声と共に、瀬川はガラスドアをこじ開け、店内に足を踏み入れた。
☆☆☆☆
セイレイは、家電量販店の入口に足を踏み入れた。
ビニール素材で保護されていた床は大きく剥がれ、剥き出しとなったコンクリート。床に散乱しているのは幾度となく踏みつけられ、もはや内容を読み取ることさえ困難なチラシ。
左側道奥に見えるのは地面にめり込む、二度と
真正面には所々に大きな
コンクリートが露出した階段を一段ずつ、周囲を警戒しながらセイレイは登る。歩みを進める度、散らばる砂利が擦れる音が響く。
階段を登る最中、セイレイはちらりと前園が操作するドローンの方へ視線を送った。
すると、その視線に呼応するように、ドローンのカメラから放出した光は徐々に立体物を構築していく。
「……?」
彼はそのドローンの挙動に首を傾げた。
しばらくして、それはコメント欄を映し出すホログラムを生み出した。
驚きを隠しきれないセイレイは足を止め、カメラを介して自身の様子を確認しているであろう穂澄に問いかける。
「穂澄、ドローンからホログラムが見えるんだが、こんな機能あったか?」
その問いかけに時間が空き、しばらくして前園からのレスポンスを受け取る。
『……いえ、初めて聞きました。参考までに、どのような内容が表示されているのか教えて頂いてもよろしいですか?』
前園が返した質問に、セイレイは改めてホログラムが表示する内容を確認する。中心上部には[LIVE]、右半分を覆い尽くす[comment]と上部に表記された枠。そして、左下には[勇者セイレイ]と表記されたホログラムが宙を泳いでいるのが確認できた。
目視できる内容について、そのまま前園澄に伝える。すると、なるほど、という相づちの言葉が返ってきた。
『恐らく、配信画面に表示されているものと同様のものが映し出されているようです。確認ですが、名前の隣に何かパラメータのようなものが映っていませんか?』
「……ある。これは一体何だろう……」
指摘を受けて、セイレイは改めて自身の配信名の表記箇所を確認する。すると、そこには横に伸びた長方形のパラメータのようなものが表示されていることに気付く。これが一体何を指し示すのか、彼には皆目見当も付かなかった。
『……私も分かりません。しばらくは配信しながら確かめるしかないですね』
「分かった」
こればかりは実際に使用感を確かめていくしかないのだろう、そう意見が合致した二人。すると、[comment]の欄に文章が更新された。
[届いていますか?危険だと思ったらすぐ引き返してください。無理は禁物ですよ]
[そこに住んでいる魔物をカメラに収められるだけでも上等です。生きて帰ってきてください]
表示されたその文面は、恐らく集落の人々が送ったコメントだ。ダンジョンに潜入するセイレイを気遣うコメントがそこに残されている。
「ありがとう、皆……ここには、皆からのコメントが表示されるんだな」
『そうみたいですね……あ、またコメントが更新されました。もう一度確認してください』
前園に
[まさか、これってダンジョンの中か?]
[悪いことは言わないから引き返すべきだ。死ぬぞ?]
[いつの時代も無茶な配信をする人は居るもんだな]
……などとずけずけとした物言いの口調をした文面がそこには踊る。セイレイは不躾な態度で言葉を残す人々の存在に首を傾げた。
「なあ、穂澄。こいつらは一体誰なんだ?」
『……無遠慮な人達ですね。センセー、これはどういうことですか?』
質問に答えることが出来なかった前園は、更に近くに居る千戸へと質問を投げた。
しばらくして、千戸の声がスピーカーから響く。
『セイレイ、聞こえるか?』
「ああ、聞こえるよ」
『恐らくだが、俺達と同様に”Sympass”の存在に気付いた人達だろう。確かに、危険な行動を取っていることに変わりは無いからな……』
現状を客観的に意見する千戸に反応するように、再びコメント欄は加速する。
[分かってるのになんでさせちゃうかなあ]
[事情は知らないけど、先生とやらは大人だろ?話してないで止めろよ]
[大人がちゃんと子供を管理しないと駄目だろ、この時代子供なんて貴重な存在なんだぞ]
「ちょ、ちょっと待って、センセーは悪くない!」
『バカ、声が大きい!』
コメント欄が千戸を批難する方向に話が向き始めたのを感じ取ったセイレイは慌てた様子で彼のフォローを行う。しかし、反論する声が明らかに大きく、前園は慌てた様子で彼の行動を
思わず感情的に声を荒げたことを自覚したセイレイは、慌てて自分の口に手を当てる。
スピーカーからでも分かるほど、大きな前園のため息が聞こえた。
『……本来の目的は、何でしょうか?そして、ダンジョンに入る前の約束事も確認しましょう』
「……ダンジョンの潜入、ゴブリンの情報収集。身の危険を感じたら直ぐに撤退すること」
『はい、ですよね?何で自分からリスクを増やそうとするんですか。優先度を間違えないでください』
「ごめんなさい……」
前園はまるで我が子を
反省したセイレイは項垂れながら、小声で謝罪の言葉を述べる。
[この女の子おっかないね]
[死んだお袋を思い出すわ]
[今からでも遅くないので、引き返すなら引き返してくださいね……?]
同情の雰囲気が
商品棚が重なるように倒れているのがまず目に映る。床には展示品として配置していたであろう家電製品が、あちらこちらに転がっていた。外壁はところどころに大穴が開き、そこから日が差し込む。
『どうですか?ゴブリンは居ますか?』
「……いや……ん?」
前園の質問に、セイレイは首を横に振った。彼の視界の範囲には、何かが動いたような痕跡は何一つ無い。
しかし、その視界の範囲内に入ったものに彼は気を取られた。
『どうしました?』
「あ、ああ……地面に包装紙が落ちていたんだが、これだけ埃を被ってないのが気になってさ」
そう言って拾い上げたのは、携行補助食に用いられている銀色の包装紙。
確かに、土埃があちらこちらに落ちているものに覆い被さる中、それだけは土埃を被っていないようだった。
『うーん……ゴブリンが食べたものかも知れないですね。十分気をつけてください』
「分かった。そうするよ」
改めて警戒を促す彼女の意見に従い、セイレイは右手に持つ木刀を再び強く握り直した。
☆☆☆☆
(……驚いたな。思った以上に周りが見えているようだ)
私は、ダンジョンにやってきた少年の動向を探るべく物陰に隠れていた。相変わらずドローンと会話している様子は変わらないように見える。
耳を澄ませて彼等の会話を聞いていたが、まさかレーションの包装紙に気付くとは思わなかった。ただの好奇心で入ってきた愚か者だと認識していたが、観察眼は想像以上に長けているようだ。
もしも、利用価値があると判断すれば手を借りるのも一つの手だろう。
(だが、それだけに惜しいな。あまりにも無駄な動きが多い)
重心は不安定で定まっていない。ましてや
明らかにダンジョン潜入どころか、戦闘においても素人なのが一目瞭然だった。
……私の技術があれば、彼を助けることは可能だろう。
だが、少年には悪いが、私には私の目的がある。
追憶のホログラムを見つけ出すという目的がある以上、自身の命を危険に晒すことは極力したくない。
そんなことを思い返している時、ふと私の視界に一匹のゴブリンが目に入った。
(……はぐれゴブリン、か?珍しいな……)
どこか不安げに怯えた様子で、キョロキョロと周りを見渡すゴブリン。
複数のゴブリンが生息するこのダンジョン。なのに一匹だけ孤立して行動するというその様子に、私は違和感を感じざるを得なかった。
To Be Continued……
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