【第二話(3)】 冒険の書をつくる(後編)
しばらくして、
「皆、急に集まって貰って申し訳ない。緊急で伝えたい話がある」
そう真剣な面持ちで須藤が告げると、なんだなんだと不安と期待が入り交じった様子で住民がお互いに顔を見合わせる。
須藤は一度手を大きく叩き、人々の注目を集めた。静かになったのを確認し、千戸へと視線を向けて一礼する。
彼らからすれば、初めて見る顔である彼。千戸は彼らの
「あー……皆さん、初めまして。俺は
前置きと共に、千戸はちらりと後ろの方へと見やる。集まった人々への好奇心を隠しきれない
「穂澄、何か緊張してる?」
「し、してないっ」
そんな二人の様子に対し、千戸は苦笑いを零しながら注意する。
「はい、そこ二人、私語はしないー」
「あ、ごめんなさい……」
真剣な話をしている場の空気を乱す行為だと自覚した前園は、ばつが悪そうな顔で
だが原因を作った
「……はあ、申し訳ありません。二人には後で叱っておきます……さて、本題に戻りますね。今回須藤さんに電子機器端末を集めて貰うように声を掛けた理由は一つです」
彼は一先ず言葉を切り、集落の人々が真剣な表情で自分を見ていることを改めて確認。言葉を続ける。
「結論から言うと、本日、インターネットが復活したことが確認されました」
突如、人々はどよめきだった。お互いに顔を見合わせ、期待と希望に満ちた様子を見せる。
その言葉は彼らにとっては、
インターネットがどう言う経緯で繋がったのか、という話については彼等も理由が分からない。憶測でしか語れないのなら言わない方が良いだろうと言うことで、
ある程度彼らの興奮が落ち着くのを待ってから、続いて須藤が言葉を続ける。
「それで、だ。持ってきて貰った端末を前園さん……こちらの女の子が持つモバイルバッテリーで充電して貰った。その結果、使えた端末は二つ……かな?」
確認するように、須藤は前園へと問いかける。自ら確認した内容を共有する方が早いと判断した前園は、須藤の隣へと移動する。そして深呼吸と共に緊張を飲み込み、言葉を続けた。
「……えっと、あ、私が持ってきた……端末で充電できた……というか、使えたのは……ふ、二つ……で合ってます。一応、モバイルバッテリーも使えるか、た、確かめてみたんですけど……それは、さすがに外気にずっと
たどたどしくも、何とか自身が確認した内容を報告し終えた彼女は、恥ずかしそうに元いたポジションに戻った。説明してくれた前園に対し須藤はありがとう、と感謝の言葉を送る。
前園は小さく会釈を返した。
「……さて、その端末を確認したところ、今まで使えていたアプリは軒並みダメだった。代わりにどちらの方にも同じ動画投稿サイト……俺達も初めて聞くような名前のアプリが何故か両方にインストールされていた」
その情報に対し、集落の面々は「どういうアプリなんだ?」と言いたげな視線を送る。自分自身でも上手く言語化が出来ない須藤は、やや視線を彼等から逸らしながら言葉を続けた。
「……それはまあ、実際に見て貰う方が早いからここでは説明しない。……端末を継続して使うにしても問題点がある。そうですよね、千戸さん」
話を振られた千戸は大きく頷いた。
「ああ、そうだ。継続してインターネットに繋ぐなら、当然充電器が必要となります。電気が使えないこの状況下で、唯一使う事が出来るものといえば、外部電源の不要な太陽光式の充電器くらいのものですが……」
そこで言葉を切り、前園の方をちらりと見る。正確には、前園が持つリュックサックへと視線を送った。
「生憎前園が持っている一つしかありません。明らかに数が足りないのです」
淡々と告げる事実。だが、彼の言葉には「その一つしか無い充電器を他の者に
その報告内容に、再び人々が不安に満ちた様子でお互いを見合わせた。それだと厳しい、どうすれば、などと話している様子が伝わる。
だが、その状況に対しての打開策についても須藤はある程度考えていた。
「もちろん充電切れになって、はい終わり、という訳にはいかないことは分かっている」
須藤は意味ありげに言葉を切った。面々を見渡し、人々の視線が自分に向いていることを再確認。そして、彼は宣言した。
「そこで、俺は”ダンジョン攻略作戦”を実行に移そうと思う」
彼が発した言葉。その言葉に、明らかに場の空気が変わった。
不安と恐怖、そして
部外者である彼等はその空気に圧倒され、思わずたじろいだ。
「なあ、“ダンジョン”って一体何のことを言ってるんだ?」
「わ、わかんないよ……」
訳が分からず、瀬川は前園に問いかける。だが、彼女も同様に混乱して怯えた様子で首を横に強く振った。
やがて、住民の中から三〇代ほどの見た目をした男性が前に立ち、須藤へと質問を投げかける。
「須藤さん、あんた正気か?ダンジョンに入るなんて、自殺行為だぞ?俺達がどれほど魔物の脅威を逃れて生きてきたのか分からないあんたじゃないだろ」
「もちろん分かっている。だが、インターネットが復活した今、ダンジョンを攻略する優先度が高くなったと俺は判断した」
鼻息荒く興奮気味に反論する男性に対し、須藤は淡々と自分の意見を返す。
話に着いていくことの出来ない千戸は彼等に割り言って問いかけた。
「お話中のところ申し訳ない。須藤さん、”ダンジョン”とは何だ?」
須藤はその言葉にハッとした様子で目を見開く。それから面目が立たないと言った様子で彼から視線を逸らす。顔も合わせず、ポツリと言葉を紡ぎ始める。
「見苦しいところを見せましたね……俺達の言うダンジョン、というのは『魔物達に奪われた施設』の事ですね。そして、この拠点の近くには、大型の家電量販店があるのですが、そこをゴブリンに占領されていまして……」
「ゴブリンに、か」千戸はその名称を繰り返した。
「はい。ですので、俺を含めた動ける者達がダンジョンに潜入して、物資確保を行う、という算段を立てていたのです」
ですが、とここで言葉を切る。そして、どこか自分を責め立てるように笑みを零す。
「現状で生活が成り立っていたので、計画が
言い終わってから情けない、と言いたげに力なく項垂れる須藤。だが、瀬川はダンジョンの話に興味を持ったようで、話に割って入る。
「ストー兄ちゃん、その計画ってどんなの?」
その質問に須藤は顔を起こし、彼の方へと困ったような顔で向き直った。
「瀬川君……決まっているのはね。偵察に入って、家電量販店の構造はどうか、ゴブリンの配置はどうなっているか、というのをまず下見するところから始めないと行けないんだけど……まず入った時点で命の保証がないから、誰も下見をする勇気が出せなくてね」
現状、今は何も情報が無いと言うことが分かる。
その言葉を聞き、瀬川はどこか逡巡した様子で視線をあちこちと忙しなく動かし始める。何を言うか迷っているか、というよりはその言葉を発するべきかどうか悩んでいる、と言う様子だった。
結局、言わないと気が済まないと自己完結したのだろう。瀬川はストー兄ちゃん、と改めて彼の名を呼ぶ。振り返った須藤に向けて、彼は自分の意見を真正面からぶつける。
「その、ダンジョンの下見……俺が言っても良いかな」
「……え?」
突拍子もない提案に面食らった須藤は目を白黒させる。
瀬川の言葉に周りの人達が反応するよりも先に彼女は動き出す。
突如として飛びかかる前園は瀬川の両肩を掴み、激しく揺らし始めた。
「何言ってるの!?セイレイ君!?君は魔物がどれだけ危険なのか知らないわけじゃないでしょ!?どれだけの人があの日死んだと思ってるの、どれだけの人が魔物の前に無力だったと思ってるの!?」
「言われなくても分かってんだよそんなことっっ!!!!」
懸命に引き留める前園の手を振り解き、瀬川は苛立った様子で叫ぶ。
「ひっ」
室内に響き渡る程の怒号に、思わずすくみあがる前園。怯えた目で瀬川を見る。
その様子に思わず瀬川の顔に後悔が
「……いや、悪い。感情的になった……俺さ、後悔してんだよ。何も出来なかった、何もしなかった俺自身が嫌でさ……」
「……セイレイ、君……」
まだ不安の残る瞳で前園は彼の言葉の真意を探るようにじっと見つめる。二人の沈黙の間に、須藤がたじろぎながら二人の会話に入ってきた。
「ま、待って瀬川君!これは俺達の集落の問題だ、みすみす子供を危険に晒すような真似はしたくない」
「ストー兄ちゃんが気を遣ってくれてるのは分かってるよ。でも、俺からすれば過去の後悔と向き合う機会にもなるんだ」
揺るぎない、真っ直ぐな瞳で瀬川は答えた。だが、納得が行かない様子で須藤は大きく首を横に振る。
「そういう問題じゃない、俺は君みたいな子供に命を危険に晒して欲しくないんだ!下見とは言え、魔物と対面する可能性があるかも知れない、魔物と戦わなければならないかも知れない!そんな危険を冒してまで、君がそんなことをする道理はないんだ!!」
須藤も子供を守りたいという気持ちは同じだった。集落のリーダーとして、また一人の青年として、この世界で生きる人達を守り、成長を見届けたいという気持ちは変わらないのだ。
だが、須藤さん、と呼び掛ける声がして彼は振り向く。
そこには
「悪いけど、今回はセイレイの顔を立ててやってくれないかな」
「センセー!?」
須藤が反応するよりも先に、前園は千戸にも食ってかかる。だが、彼は掌を彼女の前に向け、反論を制止する。
「俺にはセイレイの気持ちが痛いほど分かる……。三年前のあの日から、自分が無力なままで居るのが許せないんだよな」
三年前、集落の人々を助けることができずただ泣きじゃくっていた瀬川のことを思い出す。ただ魔物の恐怖に怯え、目を
「……うん。俺が強ければ、きっと出来ることがあったはず……ってずっと思ってた」
「ああ、だろうな。分かってるよ」
彼の胸中の
「え?……あ、はい」
話を振られると思っていなかった前園は気が動転しながらも返事した。
「セイレイのことが不安な気持ちは分かる。それなら、ドローンで彼の様子を撮影しながら進むのはどうだ?」
「……!確かに、それもそうですね」
彼女は名案だと言わんばかりに目を見開き、激しく頷いた。
確かに、彼が潜入する姿を中継し、様子をリアルタイムで確認できるようにすれば良いのだ。そうすれば、瀬川の無事を確認できる上、状況に応じて指示を送ることが出来る。
千戸の意見には同意するが、前園には他に
「ただ、できれば下見をする際に必要な情報を私は完全に理解できているわけではありません。集落の皆さんの意見を聞きながら進むことができれば有り難いのですが……」
「ダンジョンに潜入する時に、”皆の意見を聞きながら"、”リアルタイムで情報を共有”する……」
与えられた条件の厳しさに、千戸は困ったように顎に手を当てた。
だが、なんてことの無いように瀬川は前園が抱えたリュックサックの方を指差した。パソコンが入ったリュックサックを。
「いや、あれがあるじゃん。”Sympass”で配信すれば、全部解決だろ」
「……というと?」
瀬川の提案に、前園は怪訝な表情を作った。突拍子もない提案に動転した彼女は、その言葉の意味を探る。
「だってさ、使えた端末にも”Sympass”が入ってるんだろ?じゃあさ、穂澄のドローンで配信して、それを端末で見て貰えば情報共有できるじゃん。で、コメントを読んで俺に教えてくれたら、何をしたら良いのか分かるし」
「まあ、確かに……セイレイ君にしてはなかなか頭の回る提案だね」
合理的な瀬川の説明。前園は素直にその意見に感心した。須藤も、その意見に呆気にとられながらも感心したように頷く。
「なるほど、それは良い提案かも知れないな。千戸さんはどう思います?」
「……まあ、いいんじゃないか?やるだけの価値はあるだろ」
「……へへ」
どこか自分の提案を褒められた喜びを隠しきれなくて、思わず瀬川は頬を緩ませていた。
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方向性が定まり、一時解散となり再び静かになった海の家。
そこで再び、四人はダイニングテーブルに並んで座っていた。瀬川はパソコンに向き合い、“Sympass”の操作を行う。配信準備に取りかかるべく、まず第一段階であるアカウント作成に取りかかり始めた。
「センセー、アカウント名って何?」
そもそも配信サイト自体を触ることが初めてである瀬川はそう問いかける。千戸は苦笑いしながらも質問に答えた。
「アカウント、って言うのは要は”俺はこういう名前で呼ばれたい”というリクエストみたいなものだ」
「どう、呼ばれたい……か」
「まあ、大抵はあだ名とかそういうものが多いと思うが……あっ!!おい、セイレイ待て!!」
“俺はこういう名前で呼ばれたい”と聞いたあたりから、瀬川は嬉々としてアカウント名を打ち始めた。打ち始めた名前を見た千戸は、慌てて彼を止める。
瀬川は訳が分からないと言った様子で首を傾げながら千戸を見た。
「え、どう呼ばれたいか、って聴かれたら俺はこれなんだけど」
「いや、後で後悔するからやめておけ!?」
「センセー、セイレイ君もう押しちゃったみたい……」
「あっ!?嘘だろ!?……まあセイレイが満足するならいいのか……?」
必死の説得も虚しく、瀬川がアカウント登録を完了させたことが前園より告げられた。満足気に「っしゃ出来たー」と瀬川は背伸びする。
千戸はこめかみの辺りを掴み、ため息を吐きながら天を仰ぐ。
そして、改めて登録名が表記されたスクリーンを眺めた。
彼が設定した、アカウント名が表示する名前は――
――”勇者セイレイ”だった。
To Be Continued……
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