【第二話(2)】 冒険の書をつくる(中編)

そこには、ボロボロの布地でおおわれたテントが立ち並んでいた。漂流物や布地の端材はざいをつなぎ合わせて作り上げたのが容易に想像が付く。

連なるテントの中心に配置されているのは、白を基調とした、水色のラインでアクセントを整えた爽やかな印象を受ける海の家。恐らく此処が拠点の中心部にあたるのだろうと考えた彼らは、まずそこに立ち寄ることにした。

「すみません、誰か居ますか?」

千戸 誠司せんど せいじが先導して屋内へと声を掛ける。はーい、と男性の声が店内のカウンター奥から響き、何やら物音がした後に声の主が姿を現した。

それは、がっしりした肉体の、日焼けした青年男性。

「ああ、お待たせしました。道の駅集落の方ですか?」

「道の駅……?ああ、いや違います。俺達はあちこちを転々としているんですが……」

自身が旅人であることを伝えると、青年はぎょっとした顔で彼らの顔をまじまじと見やる。

「えっ、旅人さん……!?しかも、子供二人も連れてですか、凄いですね」

感心したように頷く彼の様子に疑問に感じた瀬川 怜輝せがわ れいきは会話に割り入って千戸に問いかけた。

「なあ、俺達ってそんなに珍しい存在なの?」

千戸が回答する前に話に入ってきたのは、前園 穂澄まえぞの ほずみだった。軽く彼の肩を叩き、注意を引く。

「セイレイ君、今まであちこちの集落を転々としてきたよね」

セイレイ、というのは瀬川のあだ名である。

「え、うん?うん」

「色んな人と出会ってきたけど、殆どの人が元からそこに住んでいた人、じゃなかった?皆外にいる魔物が怖いもん」

魔災から十年の月日が経過した。集落を作り上げる際、そこに住まう人々は元来からの地域住民が多い。

そもそも大抵の人々は外敵に等しい存在である魔物の恐怖に怯え、そもそも違う拠点に移動しよう、とは思わないのだ。

特に、三年前に魔物の脅威を目の当たりにした瀬川は彼女の言葉に神妙な表情で頷いた。

「そっか……魔物があちこちにいるから皆安全に出かけることが出来ないんだよな」

「うん、軍事兵器でさえ勝てなかったドラゴンと、いつどこで出会うか分からないから。今日まで生きてきたのは奇跡に近いんだよ」

「確かに穂澄のパソコンとドローンが無かったらどの辺りに魔物がいる、とか分からないもんな……」

瀬川がぽつりと漏らした、『パソコン』という言葉に青年の肩が硬直したようにぴくりと揺れる。明らかに興味を隠しきれていない様子で、彼は来訪者らいほうしゃであるその少女の様子をじっと見ていた。

千戸は前園の肩を支えにして進み、彼自身の身体で彼女をかばうように前に立つ。

「お兄さんが興味を持つのは分かります。ですが、彼女は私の教え子にあたる身ですのでそう不躾ぶしつけな目線で見られるのはあまりいい気がしません」

諫めるように、鋭い声音でそう告げられた青年は動転したように手をバタバタとさせる。

「あ!ああいや、すみません、そのようなつもりでは……いや、言い訳ですね。申し訳ないです……、ただ、久しぶりに聞いた単語だったもので……」

「……いえ、こちらこそ過敏に反応してしまい申し訳ありません。ひとまず、座らせて貰ってもよろしいですか?私どもが得た情報について、ご意見を頂けたらと思うのですが」

誠実な態度で謝罪した青年の様子に、千戸は警戒体勢を解く。瀬川と前園は、大人のやりとりについて行けずただきょとんとした表情で二人の様子を眺めていた。

「大人って面倒くさそうだなー」

「……私も、それはセイレイ君に同意するよ」


店内のダイニングテーブルに瀬川と前園が隣り合い、千戸は向かいに座る。

しばらくすると、青年はコップに入れたトマトジュースをトレーに乗せて差し出してきた。

目の前に差し出されたそれに、驚いた様子で千戸は目を見開く。

「え、いや、良いんですか?今やジュースなんて貴重でしょうに」

「良いんですよ。知らない人が来るなんてどれくらいぶりか分かりません、むしろサービスさせてください」

「いただきまー……いたっ、何すんだよ穂澄」

「セイレイ君、まだ二人が話してる途中でしょう!」

彼らの会話を余所に、我先にとジュースに手を付けようとした瀬川。その彼の手を前園が鋭く叩く。

いじけた様子で手を押さえながら、瀬川は前園を睨んだ。だが彼女は知らんぷりを決め込み、そっぽを向く。

和やかに会話する彼らの様子に、青年は思わず声を上げて笑う。

「はは、楽しそうで良いですね、見てるこっちまで楽しくなっちゃいます。あ、隣失礼します」

遠慮がちに千戸の隣に座る青年。彼に向けて、千戸は満足そうに目尻を下げて微笑んだ。

「本当に、彼らが楽しそうにしているだけで、俺も教師として幸せを感じます」

「教師だったんですね……あ、俺の方が年下でしょうし敬語じゃ無くても良いですよ。俺は須藤 來夢すとう らいむって言います。今年で20歳で、一応ここの集落のリーダーを担っています」

須藤と名乗ったその青年は、後ろ手で頭を掻きながら一礼した。それに連なるように、瀬川と前園が自己紹介をする。

「ストー兄ちゃん、よろしくお願いします!俺は瀬川 怜輝せがわ れいき、二人からはセイレイって呼ばれてます!」

「セイレイ君、ストーさん、じゃなくて須藤さん、だよ?あ、私は前園 穂澄まえぞの ほずみです。私もこのバカも16歳です」

「バカじゃねーしっ」

「二人とも、私語はほどほどにな……じゃあお言葉に甘えて……、俺は千戸 誠司せんど せいじ、42歳だ。一応二人の育ての親のようなものだ」

各々、自己紹介を終え、会話も一区切り付いたところで千戸は前園の方をチラリと見る。その視線の意図に気付いた前園は、リュックサックからパソコンを取り出し、テーブルの上に置く。

スリープモードから起動し、やがてデスクトップ画面と共に複数のソフトアイコンが表示される。そのスクリーンが須藤に見えるようにパソコンの向きを変えた。

「へえ、これが……」

彼女の操作の一つ一つに須藤の目の色が好奇に満ちたそれへと変化する。瞳孔は大きく見開き、彼自身も無意識のうちに前のめりとなる。

千戸は小さく咳払いをして、須藤の注意を集めつつ言葉を続けた。

「今日彼女がパソコンを操作している時に気付いたんだが、インターネットが繋がるようになっていた。何か知らないかと思ったんだが……」

インターネット、と須藤はその単語を興味深そうに反復した。

これまでの須藤のリアクションから、あまり望むような答えは最初から期待していない様子の千戸は淡々と事実を告げた。だが、須藤はデスクトップの画面を見ながら首を傾げる。

「ん?この”Sympassシンパス”って何ですか?他のアイコンはどこか見たことがある気がするのですが、これだけは初めて見ました」

「……え?」

千戸はその言葉に驚いた様子で、再度パソコンを自分の方向へと向ける。確かに、須藤の言う通りデスクトップには『Sympass』と表記されたビデオマークが特徴的なアイコンが追加されていた。

「センセー、こんなソフトさっきまで無かったですよね?」

自分の記憶に自信が無いのか、ずと前園は確認する。千戸も強ばった表情でおう、と頷いた。

「にしてもシンパス、って読むんですか?つづりが若干違う気がします」

「似たような単語だとシンパシー、があるがそれに重ねるなら”Sympath”だろうしな……」

「別にどっちでも良くない?とりあえず開いてみようぜ」

話について行けない瀬川はつまらなさそうな顔をしてそう促した。この状況に置いてはその意見が正しいと判断した二人は顔を見合わせる。それからソフトのアイコンをクリックした。

画面全体に”Sympass”と大きく角張ったフォントロゴが表示される。そして徐々にUIが構成され、スクリーン全体に多種多様なサムネイルが表記された。それは、かつて存在した動画サイトを彷彿ほうふつとさせるような姿をしている。

「千戸さん、これって動画投稿サイト……ですよね?」

須藤は目を大きく見開き、千戸に確認を取る。彼は顎髭を触りながら、真剣な表情で頷いた。

「ああ、だがそれよりも気になるのは『他のサイトが開かなかったのに、何故このサイトが開けたのか』だ」

「他のサイトは駄目だったんですか?」

「ああ、軒並みな。そりゃサーバーが物理的に落ちてるんだから開くことも出来ないだろう。そもそもこの状況下で、インターネットが繋がること自体がおかしいんだ」

今起きている状況の疑問点を次々と連ねながら、千戸はちらりと前園の方を見やる。彼女はこくりと頷き、彼の言葉に続けた。

「……ですね、インターネットを繋げようと思うと、安定してインターネットを繋げられるような環境が整えられないと難しいと思います。それは、当然管理している人が居ないと成り立たないはずなのですが……この魔災で何もかもが崩壊した世界でそれが実行できる人間がいるとは思えません」

「……なるほど、『よく分からないけどインターネットが使えて、よく分からないけど動画投稿サイトが使えた』というのが今の現状と言うことですね」

須藤が要約した内容でようやく瀬川は理解できたのか、どこか安心した様子を見せた。

そして、そわそわとした様子を隠しきれず画面のスクリーンを叩く。

「なーなー、そんなことよりもどんな動画があるか見てみたいんだけどさ!良い?」

「……まあ、確かめてみるか」

一同は瀬川の提案に同意し、前園がピックアップ動画一覧の一番上に表示された動画をクリックする。大人二名は、瀬川の後ろに回り込み同じようにスクリーンを覗き込む。


そこには、魔災後の世界を撮影する様子が映っていた。スマートフォンで直に撮影しているのだろう。瓦礫だらけの街並みを撮影する映像と共に、女性の声が響く。

『あー、あー……聞こえますか?まさか動画サイトが復活するとは思いませんでした……。あの日から十年が経ちましたね、私はその時まだ四歳でした。なので、配信というものは今回が初めてになります……』

そこで小さく一息つく音が聞こえ、しばらくしてから動画投稿者は言葉を続けた。

『本当に長い月日を孤独に過ごしました。周りに人が居なかった訳ではありませんが、それでも孤独に感じることが多かったです。……周りの大人達はよく、インターネットでこういう動画があった、という話を聞かせてくれました。沢山、端末に保存していた動画を見せてくれました。その動画の一つ一つに、私は心躍って……ネットにはこんな世界があったんだ、って思えて楽しかったです。もうその人達はこの世には居ませんが……空の上で見ていますか?』

語り続ける女性の声音は、徐々ににごり始めた。鼻をすすり、言葉も途切れ途切れになっていく。姿こそ映っていないが、泣いていることは如実に伝わる。

『まさか、私が動画配信者になる……いや、なれるとは思いもしませんでした……えっと、何を話せば良いのか分かりませんが……私は生きています。では、配信の締めにこの言葉を送ります。動画コメントには、よくこんな言葉が残されることが多かったそうですので……えっと、”魔災から十年経ったけど、まだこの動画見てるやついる?”……ですかね。以上です』


その動画は、おおよそ2分ほどの短い動画だった。ただ、現状を映し出して、この日まで経過を映し出すだけの動画。

きっと、魔災以前の世界なら大して興味も持たなかったであろう。だが、彼女の独白どくはくに迫る動画に彼らは食い入るように見ていた。

動画が終了し、彼らは一同に目を合わせる。先導するように千戸は須藤へと声を掛けた。

「なあ、集落の皆を集められるか?あと使えるか分からなくても良い。スマホやパソコンなどの端末、あと充電ケーブルがあったら集めてくれないか。バッテリーは穂澄が持ってる」

「……!分かりました。直ぐに招集を掛けます!」


To Be Continued……

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