②家電量販店ダンジョン編
【第二話(1)】 冒険の書をつくる(前編)
この場に光源として存在するものと言えば、大穴を開けられた外壁から差し込む陽光のみだ。
かつて人々で賑わった家電量販店も、今や見る影すら無い。二度と稼働することのない家電機器の
(……今なら動けるな。奴らはこっちを見ていない)
そしてゴブリン共が見ていない隙に移動し、慎重に奥へと移動する。
一対一であれば倒すことなど容易いのだが、己が非力な存在であると自覚しているからであろう。厄介なことに奴らは集団で行動する習慣を持つ。
はぐれゴブリンと遭遇することもあるにはある。だが幾度となくダンジョンに潜入した私でさえほとんど見たことは無い。つまり、各個撃破が出来る可能性は著しく低い。
それに加え、奴らは眼も耳も、挙げ句鼻腔さえも大きい。故に、外界の探知能力は人間よりも優れていると考えるべきだろう。
経験則からそれを十分に理解している為、リスクを避けてコトを運ぶ必要があった。私は左手で風味を全くと言っていいほど感じないレーションを
緑色の体躯を持つ奴らは、欠伸して悠長にくつろいでいた。
やつらが持つ獲物にピントを絞る。短剣を持つ者も入れば、弓矢を持つ者もいた。恐らく各々の立ち位置を決め、役割分担をしているのだろう。
(一筋縄では行かないか……)
右手に携えた短剣にじわりと汗が染み込むような感覚を覚える。……何度ダンジョンに潜ろうとも、この緊張感は消えることは無い。
だが、そんな中ダンジョンに入り込む一人の少年の姿が目に映る。彼は木刀を片手に持ち、周りを窺いながらキョロキョロとしている。その足取りは戦闘経験の無い素人そのものだ。
まるで警戒心に欠ける彼の側を、球状のドローンがつきまとうように浮いている。ギョロリと、まるで眼球のようにドローンに付属するカメラが少年の姿を映しているのがわかる。
少年はそれに向けて、何やらボソボソと気に掛けるように話しながら中へと入っていく。
その姿を見て、私は思わず心の中で舌打ちをした。
(アホなのかこいつは?ゴブリンは聴覚に優れているんだ。そんな中を姿も隠さずに喋りながら入るなんて自殺行為だ)
ドローンがどのような役割を果たしているのかは分からない。
考え得る可能性としては、ドローンを介した外部との情報共有。
――だとしたら、無線で操作できる範囲に、ドローンの持ち主がいると考えるのが筋が通る。インターネットが使えなくなった世界。そんな世界で空を舞うドローンという存在には違和感を抱かざるを得なかった。
(もしかすると、何か有益な情報を持っているのかもしれない)
そう考えた私は、長く伸びた栗色の髪の束を後ろに流す。そして、彼の動向を探るべく慎重に移動を開始した。
☆☆☆☆
時は大きく
さざ波の音が静かに鳴り響く。歩みを進める度、砂を踏みつける子気味良い音が浮かぶ。
「海だあああああ!!」
突如として大声を出すものだから、隣で
「う、うるさいよセイレイ君」
セイレイ、というのは瀬川におけるあだ名だ。彼はあっけらかんとした表情で彼女を見やる。
「やー、どれくらいぶりの海だよ、って感じだもんテンションもそりゃ上がるってもんだよー……穂澄はそう思わない?」
「思わないけど。……それよりも海沿いに集落あるんでしょ?早くそっちの方を見つけようよ」
つれない前園の態度。瀬川はつまらなさそうにえー、と不服そうに頬を膨らませる。
彼らの様子を後ろから眺めていた
「どうせならちょっと海で遊んでいったらどうだ?たまにはこういう時間があってもいいだろ」
「え、でも早いこと拠点確保の為に行動した方が良くないですか?」
合理的に行動することを提案する前園に対し、瀬川はもう遊ぶ気満々で「やったー!遊んでいく!!」と万歳して飛び跳ねた。
どちらかというと先に進むことに積極的だった前園。だが、結局彼を満足させられなければ先に進めないと理解し、諦めたようにため息を吐いた。
「……はあ、少しだけだよ……センセー、荷物預かって貰って良いですか?あとモバイルバッテリーも日に当たるようにして貰えると嬉しいです」
「お、いいぞ。行ってこい」
「あ、俺のスケッチブックも預かっといて!ついでに課題やったから見といてー」
「おっ、早いな……分かった。見ておくよ」
教え子二人からそう頼まれた千戸は思わず苦笑を漏らした。あっと言う間に豆粒ほどの大きさになるまで、浜辺へと駆けていく二人を遠巻きに眺める。そして、彼らから預かった荷物を両手に抱えて持ち運ぶ。持ち運んだ荷物を石材で作られたベンチの上に置いた。
日の当たるところに太陽光充電式のモバイルバッテリーを置き、瀬川が提出したスケッチブックをぱらりと開く。
課題として描かれたデッサンは、崩壊したビルを中心に描かれていた。またそれだけでなく、地面に転がる片足だけの靴や、散らばる新聞紙まで綿密に描いており、密度の高いデッサンとなっている。恐らく、彼なりに魔災以前に生きてきた人々の生活の中にあったものを捉えたのだろう。
数年前までは全体のバランスが十分に捉えることが出来ていなかった。またそこに何故その物があるのか、という意味さえ理解出来ていなかったように思う。
しかし、長年ずっとデッサンに励んできたからだろうか。今回提出してきた課題では、全体を一つの纏まりとして捉えることが出来ていた。
彼の成長を実感する。ひたむきに課題に取り組む瀬川の姿を実感し、千戸は思わず両頬が緩むのを実感せざるを得なかった。
「成長しているんだな……あの子達も」
それと同時に、千戸はふと、一人の生徒の事を思い出す。とある女子生徒のことを。
『理解しがたい現象であることは私が一番分かっています。ですが、姿形が変われども、この心は何一つ変わっていません。どうか、私を私だと認識してくださいませんか。私自身も、両親、友人も、姿が変わった私を受け入れました。後は、皆さんが受け入れてくれれば私は次に進めるのです』
夏休み明けに職員室に現れたセミロングの、栗色の髪をした彼女が名乗った名前は、千戸が受け持っていたクラスの男子生徒と同姓同名のものだった。
冷やかしか何か、だと当初は考えていたが女子生徒は真剣な表情を崩さず、深々と頭を下げていた。きっと、受け入れられる可能性が低いというのは分かっていただろう。だが、それでも彼――いや、彼女は困難から逃げずに真っ直ぐに立ち向かっていた。
神のイタズラとも言うべき現象。それに対してひたむきに困難と向き合うその姿に、今の瀬川とどこか重なるものを感じる。
……もし、彼女が今も生きているとすればどのような生き方を選んでいるのだろうか。
「お前は今も何かと戦っているのか?一ノ瀬……」
「誰の話なんだそれ?」
「うおっ!……なんだセイレイか」
いつの間にか目の前に戻ってきていた瀬川の姿に気付かず、千戸は思わず仰け反る。後ろからは明らかに疲れた様子の前園が付いてきていた。
「はぁ……はぁ……待ってよ……」
「何だかんだ穂澄も楽しんでたな」
「うっさい……」
からかうように笑う瀬川に対し、前園は恨めしそうに睨む。だが、彼は気にした様子も無くおーこわっ、とわざとらしく逃げるような仕草を見せた。茶化す瀬川に向けて、千戸は咎めるように注意する。
「あんまり女の子をからかうもんじゃ無いぞー、後が怖いからほどほどにな」
「センセーも余計なこと言わないでください……あ、というかモバイルバッテリーの充電ありがとうございます」
「いいよいいよ……あ。そうだセイレイ、良い感じに描けるようになってきたな。全体のバランスが捉えられていると思う」
「っしゃ、ありがとう!これも日々の成果ってやつかな」
したり顔で胸を張る瀬川を眺める前園。彼女は思わず苦笑いを浮かべる。そして千戸の隣に座り、靴底に入った砂を落とし始めた。
満足げな瀬川はうんと身体を伸ばしながら、辺りの景色をキョロキョロと見渡す。そして、ある一点の方を見つめ、千戸に問いかけた。
「なあ、センセー。あれって、もしかしたら集落じゃねえか?」
彼が示す方向に、目線を合わせて立つ千戸。遠目に微かに見える程度だが、そこには確かに複数のテントが並べられているのが見えた。
「……確かに、もしかしたら生存者がいるかもな。そこで、インターネットのことについて何か知らないか聞いてみようか」
「結局、今までのサイトは使えなかったんだっけ?」
「ああ、軒並み駄目だったよ。メールも、検索エンジンも、通信エラーを起こした」
彼らが海に到着する前、唯一魔災以前のインターネットを知る千戸が率先して確認した。しかし、GAFAM《ガーファム》をはじめ、企業サーバーが落ちたのだろう。全てのサイトが使用できない状態となっていた。
いくら電波が繋がっていようとも、企業側のサーバーが機能しなければインターネットを使う事が出来ない。
インターネットが使える、と期待に胸を膨らませていた彼らが意気消沈したのは想像に難くない。
「せっかく色々な情報が入ると思ったんですけどね……」
様々な知識に関心を持つ前園は、特に残念そうに呟いた。瀬川もそれに賛同する。
「ほんとによー。せっかくネット使って色んなもの見てやろうと思ったのにさ」
「まあ仕方ないさ。魔災を生き残っているだけでも奇跡なんだ。これ以上は高望みってもんだろ」
それはそうだけどさ、と納得が行かないように言葉を濁す瀬川。その傍らでようやく体力が戻ってきたらしい前園が首を傾げた。
「でも、じゃあ何で電波だけが繋がるようになったんでしょうね?サイトが繋がらなかったら意味ないのに」
「確かになあ……もしかしたら、有志が頑張って繋げるようにしてくれたのかもな」
「……基地局から電波を発するのにも、電気が通ってないと使えなくないですか?機能するかどうかさえ怪しいインターネットに電気を使うくらいなら、もっと有意義な使い方があると思います」
「た、たしかに……」
鋭い前園の指摘に思わず千戸は言葉を詰まらせる。瀬川は二人の話について行けないのか、途中から離れて明後日の方向を眺めていた。
二人の話が一区切り付いたタイミングで、瀬川は会話に割って入る。
「まあ、とりあえず集落の方に行こう、何か他の人の話聞けば先に進めるだろ」
「……セイレイ君、今の私達の話分かった?」
冷めた目で前園が尋ねると、瀬川は気まずそうな顔をしてそっぽを向いた。
To Be Continued……
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