【第五話(1)】 何者でも無い彼女(前編)
配信を終えたドローンは静かに彼らの周囲を泳ぐ。
セイレイ――
階段を降りている最中。ふと、noiseは足を止め、瀬川の方を振り返った。
「なあセイレイ。ダンジョンの外には誰がいるんだ?」
「え?」
何故彼女がその事を聞くのかは分からないが、瀬川はドローンの方に視線を送りつつ正直に答える。
「えっと……センセー、俺達を育ててくれた先生と、ここの近くの集落のリーダーの人。あとは俺の幼馴染みの、ドローンを操作してくれてる女の子、です」
その回答に、彼女は顎に手を当て物思いにふけるような様子を見せた。しばらくして、確認するように問いかける。
「リーダー……
「えっ、知っているんですか?」
瀬川は驚きの表情を作って問うが、noiseは小さく首を横に振って言葉を返す。
「近辺の情報収集は探索の基本だ。向こうは私のことを知らないどころか、認識さえしていないだろうな」
「……そうなんですね……?」
どのような経緯でその情報を仕入れたのか、行動の想像が一切付かない瀬川。どう返して良いのか分からず、とりあえずと言った形で無難な相槌を返した。
反応に困っていることは彼女にも伝わったのだろうが、それに関してnoiseは何も返さなかった。
再び歩みを進め、やがて階段の最下段に辿り着く。
ガラスドアの向こうには、リュックサックを抱えた
「ほら、さっさとドアを開けろ」
noiseは一歩引いて、セイレイにドアを開ける役割を譲った。彼女はどこか周囲を警戒するように明後日の方向を見ている。
一体何を警戒しているのか分からないが、瀬川は素直に体重を掛けてガラスドアをこじ開けた。
「セイレイ君っっっ!!」
「わぶっ」
ドアを開けた瞬間、前園が両手を広げて瀬川に飛び掛かるように抱きつく。想定外の彼女の行動に対処出来ず、バランスを崩して尻餅をついた。
そんな瀬川の様子も意に介さず、前園は彼の胸元に顔を埋める。やがて脱げた迷彩柄の帽子が彼女の隣にぽすりと落ちた。
「あ、おい、穂澄!」
瀬川は恥ずかしそうに彼女を引き剥がそうとする。しかし、彼女の肩が震えているのを見てその手を止めた。
「良かった、セイレイ君……生きてて、良かった……どこにも行かないで、って言ったのに……」
「……ありがとな」
「……え?」
予想だにしていなかった返事に前園は涙と鼻水に濡れた顔を上げる。瀬川は照れくさそうにそっぽを向きながら、彼女の頭に手を乗せた。
「穂澄が配信を支援してくれたから、俺はこうやって生きてるんだ……本当にありがとう」
「……セイレイ、君……ううん。意見をくれた皆のおかげで、私は何もしてないよ……?」
前園は俯いて首を横に振る。だが、彼は彼女が背負うリュックサックの方を見ながら労いの言葉を掛けた。
「お前がコメントをしっかり纏めてくれたから判断が出来たんだ。まあ、noiseさんのお陰でもあるけど……あれ、あの人は?」
そこで思い立ったように顔を上げ、瀬川はキョロキョロと周りを見渡す。すると、ガラスドアの入口の方からどこか様子を窺うように彼女が姿を出した。
「……もう良いか?お邪魔するのも悪いかと思ってな」
「わ、私はそんなんじゃ……」
noiseが呆れたような声音でそう言うと、前園はばつが悪そうに再び瀬川の胸元に顔を隠した。
だが、noiseに向けて躍りかかる一人の人物がいた。
その者は拳を強く握りしめ、大きく振りかぶった右フックで彼女に襲いかかる。
「テメェふざけんなっっっ!!」
「おっと」
彼女はなんて無いことのように、その右フックをひらりと躱す。体勢を整えた彼女は、その障害未遂を起こした成人男性を冷ややかな目で睨む。
「お前の集落では、女性に暴力を振るう方針でも決めているのか?」
「黙れっ!!」
「ストー……兄ちゃん?」
瀬川は前園を庇うように前に立ち、須藤の方を見る。後ろでへたり込んだ前園が怯えたように瀬川の服の裾を掴んでいた。
須藤は二人が怯えているのに気付いた様子は無く、怒りに満ちた声音で叫ぶ。
「お前がさっさと瀬川君を助けに行ってりゃ、彼は危険に晒されることは無かっただろうがっっっ!!」
「なんだ、そんなことで怒っているのか」
「んだとっ!?」
noiseはフン、と鼻を鳴らし須藤を侮辱するようにせせら笑った。舐めた態度を崩さない彼女の姿に須藤は今にも飛び掛かりそうな様子で姿勢を低く構える。
「テメェ、さっきからいけしゃあしゃあと、何様だ……!!」
「いいか?須藤さんよ」
彼女はわざと挑発するように、おどけた様子で手をひらひらと泳がせる。
「私は正直、この少年が生きようが死のうがどうでもいいんだ。ただ助けたのは有益な情報を握っていると判断したから、それだけだ」
「それでも大人かよっっっ!!!!」
「ストー兄ちゃん、止めてっ!!」
今にも飛び掛かろうとする須藤に瀬川はしがみ付いた。呆気にとられた須藤は、瀬川を引き剥がそうと肩を掴む。
「離して、瀬川君!!俺はこの女を一発殴らないと気が済まないっ!!ギリギリまで君を助けなかったんだぞ!?」
「間違ってない、noiseさんは間違っていないっ!!」
「何が!!」
怒りのままに、
「センセーが言ってた、『他人を助ける資格は、自分を助けることの出来る者にしかない』って!!noiseさんは自分の命を最優先しただけだっ!!」
「……っ」
その言葉にnoiseは顔を背け、どこか苦虫を噛み潰したような表情をした。しかし、それに気付く者は誰一人としていなかった。
「そんな道理がまかり通ると思っているのか、俺は……」
瀬川の言葉に言葉を詰まらせつつ、それでも須藤は反論しようとした。だが、彼の方をぽんと叩く者が居た。
「須藤さん、もうやめておけ」
「千戸……さん。ですが、俺は……」
尚食い下がる須藤を横目に、千戸はnoiseに向けて頭を下げる。
「noiseさん、で良いのかな……恩を仇で返すような事をして済まない」
「……いや、いい」
千戸の謝罪に彼女は背を向け、聞こえるか聞こえないかの声量で小さく返事をした。しかし、何か思い出したように須藤の方を振り返る。
「おい、近くの公園を寝床に使わせて貰うぞ。それぐらいは良いだろう」
「……分かった」
須藤が渋々と言った形で返事したのを確認した彼女は、それ以上何も返すこと無くその場を後にした。
「ねえ、センセー。あのnoiseさん、って人……一体何者なんだろうな……」
彼女が巻いた包帯を眺めながら、瀬川はポツリと千戸に尋ねる。
「……」
だが、千戸はそれには答えない。
ただ静かに、彼女が去って行く姿を目で追っていた。
☆☆☆☆
その日の夕暮れ。
管理する者の居なくなった自然公園。木々が生い茂り、雑草は腰ほどの高さまで伸びていた。
noiseはその公園の敷地内に立ち入り、雑草を踏みつけがら進む。
やがて彼女はコンクリートで覆われた、雑草のない空間に立った。
腰に携えた鞘から短剣を取りだし、ゆっくりと自然体で構える。適度に脱力し、隙の無い姿勢を取った。
そしてそのまま、短剣を正面に突き出す。
毎日欠かさず行っているルーティンである短剣の素振り。身体に染みこませるように、幾度となく同じ動作を繰り返す。
しかし、今日はその動作に大きくブレが生じていた。
「……分かってる、私が無力だったからだ……」
noiseの脳裏を瀬川の言葉が何度も過る。
『センセーが言ってた、他人を助ける資格は、自分を助けることの出来る者にしかないって!!』
やがて、その突きの動作から精度が欠けていく。それでも彼女は、必死に内に秘めた感情を抑え込んで、ルーティンを全うするべく狂った突きの動作を繰り返した。
「私が強ければ、私が……!!」
「随分と剣筋が乱れているようだな?noiseさんよ」
ルーティンに集中するあまり、彼女は雑草だらけのベンチに座る人物に気付かなかった。
「ッ!!!!」
右手に握ったナイフを、その方向へと向けつつ戦闘態勢を取る。
だが、対象に向けた短剣を直ぐに下ろした。そこに居たのは――。
「そこまで驚かなくても良いだろ……」
千戸が苦笑いしながら彼女の方を見ていた。緊張の解けたnoiseはため息を付いて、再び彼から目を逸らし再び素振りの構えに戻る。
「先生、とやらか。お前はセイレイの元に戻らなくても良いのか?情報共有なら今じゃ無くても良いだろう」
「いや、俺は君に用事があってきたんだ。noiseさん……いや」
そこで千戸はわざとらしく言葉を切る。じっと素振りを続ける栗色の髪を後ろに纏めた女性を観察している様子だ。
やがて、一度切った言葉を再び繋げる。
「……こう呼ぶべきか?塔出高校二年二組。一ノ瀬 有紀さん」
To Be Continued……
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