【第一話(2)】 冒険の書がつくられる前のお話(中編)
三人の間に静寂が立ちこめたところで、
「さて、話を切り替えよう。今日は”生きること”について考えてみよう」
「生きること?」
「そうだ、俺達がこの世で生きる意味。それを答えられるか」
「えっと、人類が生きながらえることで、ヒトという生き物は繁栄し続けることが出来るから……」
「死にたくないから!!」
二人の回答を聞いて、千戸は苦笑を漏らした。
「穂澄の言っていることも間違いではないが、セイレイの方が正しいかもな」
セイレイと呼ばれた、
「っしゃ穂澄に勝ったー!」
「……好きにしたら良いと思うよ」
不服そうに口を膨らませる穂澄に対し、勝ち誇ったような笑顔を浮かべる瀬川。その二人を交互に見て千戸は笑う。
「人間には生存本能というのが備わっているからな。突き詰めれば穂澄の言っていることも間違いないんだが……正直なところ死にたくない、って気持ちだけでも忘れちゃ駄目なんだ」
「生きることを忘れる人が居るんですか?」
穂澄が怖ず怖ずと尋ねると、千戸は神妙な面持ちで答えた。
「ああ、『どうしようもなくて苦しい』『この苦しさから逃げるには生きることを辞めるしかない』という人間もいるのが事実だ。セイレイは今までも見てきたと思うが……」
ちらりと千戸は瀬川の方へと視線を投げる。すると、彼は忌々しげに呟いた。
「……魔災の後、何度も木にぶら下がった沢山の大きなてるてる坊主を見たよ……空は晴れなかったけどな」
「……!」
”大きなてるてる坊主”というのが何を意味するのか理解した前園は小さく息を呑む。そして、それ以上深く尋ねることはしなかった。
瀬川は苦虫をかみつぶしたような表情で、千戸を睨む。
「センセー……余計な事を思い出させるなよ……」
不快さを隠しもしない彼に対し、千戸は深々と頭を下げた。
「それに関してはすまない。ただ、忘れて欲しくなかったんだ、生きていくと言うことが簡単ではないことを」
「俺も穂澄も、よく分かってるよ。あの日から一体どれだけの人が死んだ、どれだけの人が魔物の手に掛かったか……」
顔をしかめ、歯を食いしばる瀬川。前園は心配そうに彼の横顔に目を向けた。
そんな二人を正視し、千戸は覚悟の決まった表情で提案する。
「だからこそ、今日は"合言葉"を決めておこうと思う」
「合言葉、ですか?」
そうだ、と千戸は真剣な表情で頷き、言葉を続けた。
「俺達がこの世界で生き延びる為に、覚えていれば役に立つ言葉だ」
「……一体何を合言葉にしようとしているんだ?」
当然の質問を投げかける瀬川。千戸は少し考えるように顎に手を当て、改めて二人の方を見た。
「『魔物てんでんこ』だ」
「魔物でんでん?」
首を傾げる瀬川に対し、千戸は苦笑を漏らした。
「”でんでん”はかたつむりの事だな……てんでんこ、というのは
「津波てんでんこ、とか言いますよね」
前園が賛同するように言葉を続けると、千戸は驚愕した顔で彼女の方を見た。
「よく知ってるな。津波が来たら、各自高台に避難して自分の命を守れ……という意味で使われるな。それと同じく、魔物が来たら周りの人達は気にせずに自分達の命を優先して逃げろ、ってことだ」
「ちょっと待て、それって逃げ遅れた人をほったらかしにするって事か!?」
瀬川は目を丸くして千戸の意見に反論する。だが千戸は表情を崩さずに、そういうことだ、と頷いた。
「まず自分の命が最優先。俺達はお互いが生き延びることを信じて、魔物から逃げるんだ」
彼は淡々と説明するが、その言葉の一つ一つに瀬川の顔色は苦悶のそれへと変わっていく。
「納得できない!!皆で助け合うのが大切なんだろ!?周りの人達をほったらかして、自分だけ無責任にとっとと逃げようって言うのか!?」
「……ごめんなさい、センセー。確かに、センセーの言っていることは道理に適っていると思います。ですけど、私はセイレイ君と同じで他人の命を諦めたくありません」
二人は千戸の提案にまくし立てて反論する。
だが、やがて千戸の顔に苦悩の色が浮かび始めた。それに気付いた二人はぎょっとした様子で彼の言葉を待つ。
そして、大きく深呼吸した後、千戸はゆっくりと言葉を続ける。
「俺だって、冷酷な考えでこんなことを話してるんじゃ無い……。助けられるなら、妻や娘を助けたかった。だが、俺にはその力が無かった……」
「センセー……」
「……」
彼の言葉に、二人は後悔するように項垂れた。何も瀬川や前園だけが家族を喪ったわけではなく、千戸も同様に家族を喪っていたということを彼らは改めて自覚した。
二人が言葉の重みを理解したと判断した千戸。彼は涙を瞳に滲ませながら、真っ直ぐに二人を見据える。
「他人を助ける資格は、自分を助けることの出来る者にしか無いんだ。俺達は運良く生き残っているだけなんだ。死んでしまったら元も子もない……」
そう言って、優しく二人の頭に手を置いた。
くすぐったそうに瀬川は頭を揺らす。前園は乗せられた千戸の手の上に自身の手を重ねた。
涼しげな風が三人の間を通り抜ける。鳥達は空高くを飛び回り、コミュニケーションを図るように大きく鳴き声を響かせる。
「……分かったよ、センセー。俺達は勇者でも無ければ、世界を救うヒーローでも無い。ただ偶然生き延びているだけの一般人なんだろ」
「ああ、そうだ。だからこそ、まずは自分が生きることを最優先して欲しい。他人を助けるのはその後だ」
「……はい、わかりました……。私も、まずは自分が生き延びることを大切にします」
彼らの言葉に、千戸は安心したように大きく頷いた。
その時だった。
響いたのは轟音。大気を切り裂き、空を穿つような。
しばらく時間を置いて、地響きが彼らを襲いかかった。
「うわっ!?」
「きゃぁあっ!?」
「二人とも俺に近寄れ!!!!」
咄嗟の事態にバランスを崩し、慌てふためく瀬川と前園。千戸は素早く両手を差し出し、応えるようにその手に二人はしがみ付く。
木々が折れる音、草木が激しく擦れる音、土砂の崩れる音が鳴り響く。
もはや永遠とも思えるような悪魔の時間。激しい揺れの中、三人は身を寄せ合い小さく
やがて、その轟音も徐々に収まり始め、彼らはゆっくりと周りを確認しながら体を起こす。根元から折れ曲がった木々や、所々に生じた地割れがただ事ではないことを如実に現していた。
身の危険を感じた鳥達が余裕のない鳴き声を散らし、木々から羽ばたいていく。
「穂澄!!」
「分かってます!!」
千戸は前園に向かって怒鳴るように叫ぶ。その意図を理解した彼女は既にリュックサックを降ろし、その上に置いたノートパソコンを素早く操作。ドローンを浮上させる。
流れるようなタイピングと共に、ドローンカメラに映る映像がスクリーンが共有される。そして、近辺の情報が映し出された。
表示された映像を見て、彼らは唖然とした。
そこに映し出されていたのは、何かから逃げるように駆けていく魔物達。それらが進む先は、この集落だった。まるで、地平線の奥から山が迫るかのように、魔物達は大地を駆ける。
「これはただ事では無い……」
ポツリと呟きながら、千戸は立ち上がる。魔物の軍勢が、揃って同じ方向へ侵攻するという状況は、彼らは今まで経験したことがない不気味なものであった。
集落の様子は分からない。だが、地響きは同様に経験したとしても魔物の襲撃については把握出来る術がない可能性が高い。
「皆に知らせないと……!」
迫る危機を察知した瀬川は急いで立ち上がり、集落へと戻ろうとする。しかし、千戸は彼の腕を引き、それを阻止。
「駄目だ」
「何で!!魔物がこっちに来てるんだろ!!早く知らせないと皆が!!!!」
いきり立ち、瀬川は強く訴える。しかし、千戸は首を縦には振らなかった。
パソコンのスクリーンを指さし、淡々と諭すように話す。
「この映像見りゃ分かるだろ、今から呼び掛けに行ってセイレイも逃げ切れる保証が何処にある?」
「……っ」
彼の反論に瀬川は言葉を詰まらせた。千戸は彼から手を離し、静かに
「助ける意思は大切だ……だが、状況を俯瞰しろ。自分自身さえ助けられないお前が助けに向かって、誰を助けられる?」
「でも、やっぱり何もしないのは……!」
「ダメ!!!!」
尚も足先が集落の方向へと向いている瀬川に対し、前園が抱きつくようにしがみつく。
「穂澄……?」
前園は強く彼の両肩を掴み、そして潤んだ目元を隠すように項垂れる。
「……センセーもさっき言ってたじゃん、”魔物てんでんこ”、でしょ……?」
「……それは……」
「嫌だよ、嫌だ。もう私から大切な皆がいなくなるのは、怖い、怖いよ。死ぬことより何倍も……!」
悲痛に満ちた声音で訴える彼女。だが、その言葉に瀬川はハッとした様子で強く拳を握りしめる。
「……俺だってそうだよ、皆が死ぬのは怖い……だから、ごめん」
そう言って彼女の手を振りほどき、集落へと駆け出していく。慌てた千戸がすぐに彼を引き留めようとするが、走り出した瀬川を止めることは出来なかった。
「待て!!セイレイ!!戻ってこい、駄目だ!!」
「セイレイ君!!いやだっ、行かないで!!駄目、置いていかないで!!」
二人の悲痛な叫びを背に、瀬川は歯を食いしばる。そして、大地を蹴り上げ駆けていった。
To Be Continued……
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