第3話
「ごめんくださいー。」
今日も可愛くておしゃれなカフェを見つけることができたあたしは少しウキウキしながらその中に入った。しかし、店員の姿が見当たらないのでキョロキョロと周りを見渡す。客は1人もおらず、少し安堵すると、カウンターというのだろうか、そこに置かれた紙が目に入る。
「少し店を空けます。来てしまったお客様はごゆっくり。 店長」
とても個性的な店だな、と思いながらも適当な椅子を見つけて座り、メニュー表を開く。誰の目に触れることもなくゆっくりできる時間は貴重だ。着ている服が汚れなさそうな物がいいなと思いながら捲っていると何処からか猫の鳴き声がし、黒い物体が勢い良く膝の上に飛びついてきた。
「ちょっと!あたしのお気に入りのスカートに!!!」
きっと人語は伝わらない。そんなことはわかっているが叫ぶ。すると、つぶらな瞳でこちらを見てきたため、負けてしまい、撫でてみる。目線を上げてみると今まで置かれていなかったはずのラムネ瓶が目の前に置かれている。頬をつねってみるが、痛い。不思議なこともあるものだ、と思いながらも、服が汚れなさそうな都合の良い商品を手に入れることができたため躊躇うことなく飲む。
気付けば何処かの海沿いを歩いていた。いきなりのことで呆然と立ち尽くす。
「けいちゃん、私、けいちゃんのそのままが1番好きだよ?」
突然聞こえてきた声に驚き横を見る。そこにはセーラー服姿の女の子がいた。あたしの高校時代の親友、葵だ。卒業すると同時に年上の男と結婚してしまい、そのまま疎遠になってしまった。
「いいじゃん、男の子が可愛い物が好きでも。誰がダメって決めたの?周りの人たち?けいちゃんの人生じゃないの?」
あたしは慌てて自分の服を確認する。上から下まで男だった。短い「男らしい」髪型に「男しか」着ることが許されない学ラン。高校時代、あたしは「俺」だった。
昔から可愛い物が好きだった。持ち物は全てピンク、私服はスカート、女の子に間違われるほどメイクも上手かった。小学生までは親も許してくれたが、中学からはそうもいかず、制服は男物にする代わりに親に隠れながら女装を楽しんでいた。オフの時に偶然街中で見られてしまった相手が葵だ。
葵は自分勝手に生きるタイプだった。他人に対しても興味を示さない。自然とあたしが素を曝け出すことができる居場所になっていた。
「けいちゃん、カッコ悪いよ。」
そう言い、葵は裸足で海に入っていく。そして振り返り、満面の笑みを浮かべ、言う。
「好きに生きようよ。」
目を開けると元いたカフェに戻っていた。相変わらず、店には黒猫しかいない。
あたしは高校を卒業してから手術をし、正真正銘の女になった。しかし、声は低いまま。ところどころ、学生時代に演じていた「俺」が出てしまう。カフェ巡りは好きだが、男だとバレたらどうしよう、気持ち悪がられるだろうか、という不安は拭いきれなかった。ただ、今あたしは今あたしとして生きれている。それは葵がいたからだ。
「連絡してみようかな…。」
猫に話しかけてみる。
返事をするように鳴いてきた。
気合いを入れるように自分の頬をパチンと叩きお金を置き、カフェを出た。
あたしは今日も自分らしく生きる。
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