第2話 ルームメイトの正体と、それに気付いたきっかけ




 ――最初に俺が、その微妙な差異に気付いたのは。



 十六歳になり、この秋から入学することとなったハイベルク寄宿学校であてがわれた、自分の部屋へと足を踏み入れた時だった。



「……久しぶり、ユーベル」


 そう言って、先に入寮していた相手が、室内から俺に向かって親しげに手を振ってくる。


「……ルイ?」


 そこにいたのは、俺の昔からの幼馴染で。

 だけど俺は、こいつがこの学校に入学するという話を知らなかったために、ここで会えたことにまさかの驚きを覚えた。


 正直なところ、いわゆるエリート特有の選民意識みたいなものが苦手な俺は、この学校に対しても別に入りたくて入ったわけではなかった。

 ある日、家庭教師が何気なく持ってきた問題集を解いたら、実はそれがこの学校の入試テストだったのだ。

 俺は親と家庭教師にうまく丸め込まれた形でこの学校に入学させられたわけである。


 そんなわけで。

 これから、アウェイな場所での学校生活が始まるのか――と辟易していたところで、ルイの登場はいわゆる砂漠にオアシスみたいな状況だった。

 だったのだが――。


 …………ん?

 いや、ちょっと待て。

 お前……。

 じゃなくてじゃないか……?


 そう。

 察しのいい奴ならもう、全て言わずともわかるだろう。

 この時、俺の目の前に立っていたのは、ルイではなく彼の双子ののルネの方。

 男子全寮制であるこの寄宿学校に、本来いるべきではないはずの女子が。

 双子の兄になりすまして、しれっとした顔で俺の前に立っていたのだった――。



 ◇



 ――さて。

 改めて自己紹介をしよう。

 俺の名前は、ユーベル・ルートベルト。

 ルートベルト侯爵家の次男である。


 侯爵家という恵まれた環境に生まれながらも、優秀で美形な兄を持つが故に、いまひとつパッとしない男。

 侯爵家に挨拶に来た全員が全員に、人当たりのいい兄と俺を見比べられて「……随分印象の違うご兄弟ですね」と苦笑いされる男。


 明るく社交性のある兄に対して、どこかぼんやりとしていて掴みどころのない弟。

 それが、周囲の人間の俺に対する評価だった。


 ――でもまあ正直。

 人付き合いとかあんまり得意じゃないし。

 誰かと何かを争ったり競ったりするのは専ら苦手だし。

 目立ちたがりでええ格好しいの兄が表に立ってくれるなら、侯爵家の将来は大人しく兄に任せて、俺は目立たずにひっそりと生きよう。


 そう、わずか五歳にして悟った俺の前に現れたのが、このルイとルネの双子の兄妹だった。


 ルイこと、ルイード・リッツカールと。

 ルネこと、ルネット・リッツカール。


 ルートベルト家と領地が隣同士だったリッツカール伯爵家は、母親同士の気があったことと、俺と双子たちがちょうど同い年だったこともあり、向こうがしょっちゅう子供たちを連れて我が家に遊びに来た。


「ユーベルー、あーそぼー」


 そう言ってやってきては、あまり他の子供と遊ぶことに乗り気でない俺を引っ張り出し、文字通り引きずり回す。


 最初の頃はそれが面倒で、双子がやってくるとこっそり隠れたりもしたのだが、それをかくれんぼだと思ったルネが俺を見つけるまで根気強く探そうとするのだ。


 そして最終的に双子からの絡みに慣れた俺が、抵抗を諦め大人しく遊び相手になるようになった――というのが、この幼馴染との経緯いきさつである。


 まあ、俺も一応、人の子なわけで。

 これだけ追いかけ回され、「ユーベルー、一緒に遊ぼうよー」と言われ続けたら情は湧く。

 ウザ絡みをしてくる実兄は面倒だが、純粋に遊んでほしいと近寄ってくる双子たちにまとわりつかれるのは悪い気がしなかった。


 こうして、五歳から現在までの十年と少しを、リッツカール兄妹と幼馴染してやってきたわけだが。



 ◇



 寄宿舎の自分の部屋で、ルネと思われる幼馴染の女の子が、しれっとルイのふりをして平然とそこにいる。


 あまりに異常な状況に、最初は俺の思い違いなのかと思った。

 しかし、こっちも伊達に、この双子と長年幼馴染をやってきたわけではない。

 一度冷静になろうと気を取り直し、それから数日の間、じっと目の前の幼馴染を観察し続けていた俺だったが。


 ――バツが悪くなった時に髪をいじる癖や。

 ――驚いた時に思わずこちらに手を伸ばしてくるしぐさ。

 ちょっとした仕草のひとつひとつが、明らかに目の前の人物がルネであることを示していた。


 ――うん、いや。

 やっぱり、目の前のこいつが、ルイではなくルネであることは間違いないとわかった。

 でも。

 一体、どうして――?


 『やっぱりそうだ』と確信を得た時に、本人に問い詰めようかとも思った。

 お前、ルイじゃなくてルネだろ? と。

 でも、そうしなかったのは。

 俺に言ってこないということは、のだと悟ったからだ。


 本来ならば、この状況になった時にルネが真っ先に事の事情を話して頼ってくるのは俺であるはずだ。そんなこと、長年の付き合いから考えずともわかる。

 ――でも、それをしないということは。

 彼女の中で、俺に話せない理由がある、ということだ。


 猪突猛進で、今回のように思い立ったら無茶なことも強行してしまうルネではあるが、その行動の裏にはちゃんと他人に迷惑をかけないよう思いやる優しさがある。


 ルネ・リッツカールとはそういう女の子なのだ。


 だから俺は、こいつがちゃんと自分から俺に打ち明けられる状況になるまで、黙って見守ることに決めた。


 いやいや、そんなの、男子校の中で女子がいる危険性を考えたら、放置するのは無責任ではないか――? と思う気持ちもわかる。


 だから、放置をするのではなく常に近くにいて、俺がこいつを守る。

 幸いにも、部屋もクラスも一緒なので、四六時中一緒にいるのが容易な状況でもある。


 こうして、ルームメイトの相手が幼馴染の女の子だと気付きながらも、それを黙って気付かないふりをするという状況が、今に至るまで続いているのである。


 入学して一月近くになるが、今の所ルイの正体がバレたような様子もない。

 今日みたいに、突然水がぶっかかってくるというアクシデントが起こると、心臓が飛び出そうなほどに肝を冷やすが。


 当のルネも、俺が彼女の正体に気付いていることは知らぬまま、学校生活を過ごしている。

 彼女がどこまでこの生活を続けるつもりなのかはわからないが。

 とにかく俺としては、ルネが何事もなくこの学校生活を続けられるよう、日々細心の注意を払って過ごしている。


 ――せめて、こんなに目立つほど人気者になってくれなくてもよかったのだけどな――、と。

 後にも立たない後悔に、頭を抱えながら。


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