俺のことを好きな幼馴染が男装して寄宿学校に押しかけてくる。そしてルームメイトとして居座る。

遠都衣(とお とい)

第1話 ルームメイトは、幼馴染の伯爵令嬢



 ――ハイベルク男子寄宿学校。



 ここは、数ある貴族子息のための寄宿学校ボーディングスクールの中でも、優秀な者のみが籍を置くことを許される、いわゆるエリート校だ。



 自国の貴族はもちろん、近隣諸国の王族さえもこの学舎で学ぶために留学してくるという、名門中の名門。



 毎年、『貴族令嬢が結婚したい学卒生No. 1』に輝くこのハイベルク男子寄宿学校だが、ここには今、学校中の人気者と言っていいほどの有名人がいた。



「よう、ルイ! お前、今度うちの部活にも助っ人頼むよ!」

「ル、ルイくん……! もしよかったら今度、僕とお茶でもしながら近代美術について語りあわないかい……?」

「ルイード君。君さえ良ければ、ぜひ生徒会の一員となって活躍してもらいたいのだが……」



 ルイード・リッツカール。

 綺麗に切り揃えられたブロンドベージュのボブヘアーをサラリとなびかせる、リッツカール伯爵家の嫡男であるルイードことルイは。

 美少年というだけでは到底こと足りぬ、いつまで見ていても飽きることのない天使の様な美貌を持ち。

 恵まれているのはそれだけでなく、成績優秀、運動神経抜群、おまけに人当たりも良く明るく性格も良いという、天から二物も三物も与えられた寵児だった。



 そんなルイが。


「ユーベル。授業終わったのにいつまでぼおっとしてるの」


 授業が終わった直後、教室で頬杖をつきながらぼおっと考え事をしていた俺、ユーベル・ルートベルトに向かって話しかけてくる。


「ルイー! このあと暇ならチェスやんねえかー?」

「ごめんー! 今日はユーベルの勉強を見るって約束だからー!」


 そう言ってルイが教室の入り口から声をかけてきた男子生徒に答え返すと、「ちぇー、また今度なー!」と、ルイからすげなく断られてしまった男子生徒が廊下に消えていく。


 俺たちがこの学校に入学してまだ一月ほどしか経っていないというのに、誰もが知っている有名人。

 ルイード・リッツカール。

 そんなルイが、陰気でぱっとしない俺といつも一緒につるんでいるのは、単に俺たちが幼馴染なせいだからだと周りには思われていた。


 ――そう。

 確かに俺たちは、幼馴染で。

 俺の家であるルートベルト侯爵家と、ルイの家であるリッツカール伯爵家は、所領が隣同士。

 母親同士仲が良かったこともあって、俺とこいつは、小さい頃からの腐れ縁とも言える幼馴染だった。

 ――が。


「……なにが勉強見る、だよ。勉強見てやってるのはどっちだよ」

「……だって。それはユーベルがちゃんと真面目にテストの解答を書かないからじゃん」


 真面目にテストを受ければ楽勝で学年一位を取れるくせに、とルイが口を尖らせる。


「……そんなの取ってどうする。うちにはもう、優秀な兄貴もいるんだし」


 そうなのである。

 人付き合いが苦手で目立ちたくない俺は、正直あまり色々なことで矢面には立ちたくなかった。

 学校の成績然り。

 イベントごと然り。

 親からは、学校さえちゃんと卒業すれば、成績は問わないと言われていた。

 侯爵家であるルートベルトの家は、人付き合いがうまく要領のいい兄が継ぐことになっている。

 兄が既に十分すぎるほどの実績をあげているのに、ここで俺まで成績を出して、家督争いを勃発させるのは真っ平だった。


「ほら。勉強すんだろ。早くしないと自習室埋まるぞ」


 そう言って自席を立ち上がると、手にした薄いノートでルイの頭をペしりと叩き。

 

「痛ったぁ……」


 実際には全く力は入れていないので痛いはずなどないのだが、抗議するようにルイが呟く。

 そうして、先に俺がすたすたと教室を出ようとすると「あっ、ちょっと待ってよ」と慌ててルイも付いてくる。


「……お前な、いくら暑いとはいえ、上着くらい着ろよ」

「えーだって。天気もいいし、こっちの方が気持ちいい」


 そう言うルイは、スラックスの上にシャツ一枚という軽装だ。

 制服のジャケットを片手に肩にかけながら、俺の忠告をあっさり受け流す。

 確かに、秋も深まってきたがまだ強い日差しが降り注ぐ日中は上着を着ていると暑いのはわかる。

 しかしそれでも、俺がこいつに薄着をするなと注意するのにはひとつの理由があった。


「あっ、うわあっ!」


 その叫び声が辺りに響き渡ったのは、ちょうど俺たちが教室棟を抜けて、図書棟へと続く渡り廊下を歩いている時のことだ。

 授業後ではあるが、まだ日暮れとはほど遠い明るい校庭で、なぜかコントロールを失ったホースの水が、こちらに向かって飛んできたのだ。


「――! 危ない!」


 そう言って俺は反射的にルイを庇うように抱き込み、飛んできた水を背中で受けた。


「っああ! すみませんっ! すみませんっ!」


 ホースを扱っていたと思われる生徒が、こちらに向かってペコペコと平謝りしてくる。


「いや、大丈夫だ。……お前は大丈夫か?」


 前半の言葉は謝ってきた生徒に、後半はルイに向かって。


「……うん。ユーベルが守ってくれたおかげで」


 腕の中から見下ろすルイは、心なしか頬が少し赤い。


「ユーベルは?」

「……体に異常はないが、服は終了だな」


 咄嗟に庇えたことでルイにはほとんど被害は出なかったが、残念ながら俺の後頭部と背中は水浸しだ。

 まあでも、ルイが水浸しになって、こいつの秘密が露見するよりはだしな――と思いながら、頭からも垂れてきた水を袖で拭う。


「はあ……。これじゃあ一旦部屋に戻って着替えないとな……」


 謝らなくていいと言っているのに、動揺して何度も頭を下げ続ける生徒をなんとか宥め、自習室での勉強を諦めてルイと寄宿舎の部屋に戻ると、俺は着替えを持って室内に据え付けられたバスルームに向かう。


「ユーベル」

「ん?」

「……ありがと」


 そう告げてくるルイの頬は、まだほんのりと朱に染まっており――。


「不可抗力だろ。気にすんな」


 そう言って俺は、バスルームに入る。

 ――男同士なのになぜ、わざわざバスルームに入って着替えをするのか。 


 それは俺が、このバスルームの外で待つルイード・リッツカールが、本当は奴の双子の妹のルネット・リッツカールだと知っているからだ。


 男子寄宿学校に男装して潜り込んできた伯爵令嬢。

 それが、俺のルームメイトであるルイード・リッツカールの正体だった。








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今年のカクヨムコン用の新作公開しました!

お楽しみいただけると嬉しいです!



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