雷宝町・渦潮商事編


 今日は金曜日…

 学校帰りの私は、そのままバイト先へと向かっていた。


 自動ドアが開き、聞き馴染み深い入店音が響く。

「いらっしゃいま…言、やっと来た…おせーよ!こちとら二十分も待ってるんだぞ!!」

 店の奥から出てきた2、30代くらいの女性が、私にそう言った。


「やっ…すみません、。信号に引っかかってしまいまして」


 彼女は鬼塚 千広おにつか ちひろさん。私のバイト先のの店長だ。口うるさい熱血漢といった性格で、私とはどうも反りが合わない。


「ったく、近頃の餓鬼はまともに時間を守るってこともできないのかね」


「信号無視して死んで欲しいって言うなら僕は構わないんですけどね」


「早くでりゃあいい話だろ…?」


「私は貴方と違って学校に通ってるんで、これ以上の短縮は無理っすよ」


「はぁ…ああいえばこう言う。とにかく、遅れてるんだったら遅れてるなりの態度を取りなさいな…」


「ホイホイ…』

 私はそう言い残すと、店のの中に入った。


「返事は、はいで一回だ!!!」


「…はい」



 とまぁ、こんな具合の会話が毎度毎度起こる。

 …しかも私がシフトを組んでる日には、何故かのだ。いい加減、こちらのことも考えて欲しいものだ。





    ◆ ◇ ◆



「いらっしゃいあせー」

 私が勤務している時に、小さなが入ってきた。

 その子は、時折を気にしたり、こちらの方を眺めたりして10分ほど店に居座っていた。


「…ほぉ、怪しさ満点ですね」


 おそらくをするつもりなのだろうが、随分と下手くそな万引き犯だこと…

 それにしても妙だな…体格は小さく、ガリガリ。だからといって貧乏な家庭にしては、そこそこいい服や靴を着ている。顔には所々絆創膏が貼ってあり、気弱な感じに見える。


「こりゃあ…なんかありますね」


 私はそのままその少年に声をかける。


「やっ…君。どうしたんだい?さっきから店内をうろうろして…」

 男の子は私を見つけると、慌てた様にしながらこう言った。


「あ、え…えと、ごめんなさい!!僕、万引きしようとしてました!!!!」

 男の子は私に頭を下げた。


 あれまぁ、まだ盗んでもいないのにアッサリと…


「いやぁ、万引きはいいよ…まだ店内だし。それよりも君…ちょっとバックヤード来てくれない?」


「えっ…」

 私がそう言った瞬間、男の子の顔からみるみる血の気が抜けていくのが分かった。


「あっ…いやいやいや、万引きのことじゃなく…てね。ちょっとお話ししたいだけなんだ。大丈夫…!!君の両親や学校の先生にも言わないよ!!」


 子供への対応というのは、苦労するものだ。

 私はそう痛感させられた。


「本当…ですか?」


「あぁ…本当だとも」

 私がそういうと、男の子の顔に血の気が戻った。これには流石の私も、ほっとしたのだった。




————————————


「ほぉ…が万引きしようとしたところをお前が止めた…と。いい判断じゃないか」

 バックヤードにいた店長はを聞き、珍しく私にそう言った。


「いやぁ…子供への対応、私苦手なんですよね。厄介ごとになって警察を頼るのも面倒じゃないっすか」


「あぁ…確かにな」


「それに、この子にはですし…」


「それはどういう事だ?」

 私は少年をバックヤードのパイプ椅子に座らせ、私も違うパイプ椅子に座った。


「じゃあ幾つか質問するけど…いいかな?」

 私がそのように言うと、彼はゆっくりと頷く。


「君の名前と年齢、学校はどこかな?」


乾 勉いぬい つとむ小学…四年生、九歳」

 彼は私の方を見ながら、そう静かに呟いた。


「まず君は、のかな?ほら…友達と遊んでて、喉が渇いたからジュースを買いに来たとか、お母さんやお父さんに買い物を頼まれたとか…」


「友達と遊んでいて、喉が渇いたからです」


「ふ〜ん。お金は持ってなかったの」

 男の子はゆっくりと頷いた。


「成る程…そのお友達はなんて言う子かな?」


「渦潮…なりみち…」

 男の子は下を向きながらそう答えた。


 渦潮…聞いたことあるぞ。確か、ってやつ。雷宝町では有名どころの会社だ。


「なりみち君とは仲良しなの?」

 男の子は下を向いたままゆっくりと頷いた。


「じゃ…質問を変えよう。君はお母さんとお父さんのことが好き?」


 すると、後ろにいた店長が口を挟んできた。

「言。それは本来の趣旨とずれてないか?」

 店長は俺を睨みを効かせながらそう言う。


 そんな店長に対し、私はニッコリと笑いながらこう返した。

「いいえ、…ずれてませんよ」


 私の質問に対し、彼は何も答えずに下を向いたままだった。

「……」



「…お母さんとお父さんは君の事、大切にしてると思う?」



「言!!!」

 店長が後ろから叫ぶ。


「いいや…これでいいんです…!!」



 すると、男の子のズボンに水滴の跡がついた。

「ごめん…なさい。生まれてきて…ごめん…なさい」

 男の子はそう言い残すと、大声で泣き始めた。



 すると、店長は私の胸ぐらを掴んでくる。

「いい加減にしろよお前…こんなに小さい子泣かせて…あぁん!!!」


「店長、すみません。こうでもしないとこの子…口割らないと思いましたから」


「さっきからお前なんなんだよ!!色々とありそうって言ってたから、どうするかなって思ったら…この子が傷つくようなこと言って。大人として恥ずかしくないのか!!?」


「店長、この子…を受けてます」

 頭に血が昇った店長に、私は静かにそう言った。


「は?」

 店長の手の力が弱まり、胸ぐらから手を離した。


「ど、いったいどういう事なんだよ…!!」

 震えた声で店長は私に尋ねる。


「おかしいと思いませんでしたか?さっき…私が友達の名前とお父さんお母さんのことを聞いた時からこの子、様子がおかしかったんですよ…」


 なにせ…途中からずっと、んだからな。


 私はそのまま彼に尋ねる。

「もう一度質問するよ…君はお父さん、お母さん、そしてなりみち君のことが好きかな?」


「嫌いです…大っ嫌いです。あんな奴等…消えちゃえばいいのに」

 涙ながらにそう語る少年に、もう嘘を疑う余地もないだろう。


「大丈夫だ、君はもう…そんな奴らに会う必要はない」


 さて…これは上玉を超えた、の予感がプンプンするぞ!!


 私は内心そう思いながらも、彼の事をなぐさめ続けるのだった。




    ◆ ◇ ◆


 私の勤務時間が終わった後…

 店長と私は、店の当番を他のバイトに任せ、彼が落ち着くまでバックヤードに待機させていた。店長と私は外に出て、夏の始まりを肌で感じているのだった。


「なぁ…」


「店長、なんですか?」


「さっきはその…すまなかった。てっきりお前が、いつものように人をおちょくってると思ってな…ついカッと」

 店長はいつもの雰囲気とは違い、寂しげは表情をしながら私にそう誤った。

 夜の風が、彼女の哀愁をさらに漂わせている。



「いいんすよ。私も雑に質問してしまったところがありますし、何にも問題ありません」


「そうか…それだといいんだが。私な…昔、大きな過ちを犯したんだよ」


「急にどうしたんですか…店長?」


「彼を見てると…を思い出すんだ。ここで少し、吐き出させてくれないか?」

 彼女の重い背中をみて、私はゆっくりと頷いた。




 

   ◆ ◆ ◆


 私は中学生の頃、すごくだった。親の言う事は聞かないわ、毎日問題は起こすわで、散々だったよ。


 そんなある日、私の学校に転校生がやってきた。その子の名前は、成海 志保なるみ しほ。転校生ということもあってか、彼女の周りには人だかりが多くできていた。


「好きなものなに?」「よかったら遊びに行こうよ!」

 そんな風に話しかけられる志保が憎くて憎くて堪らなかった。

 そしてついに…


 私は仲間と一緒に志保を連れ出し、いじめたんだ。

 暴力も振るったし、パシリもした。とにかく…彼女には酷いことをしまくったんだ。そうしていたらその内…彼女は学校に来なくなった。その後は特になにも起こらず、私は大学生になるまで順風満帆な生活を送っていた。


 そして、大学生になった頃、私は彼氏ができた。

 彼の名前は湊。大学のサークル内の一つ上の先輩だ。彼の方からアタックを仕掛けられて、気づいた時には両思いになってた。



 ある時私は、湊にお家デートに誘われた。


「千広…今度うち来ない?」


「えぇ…行くいくぅ!!」


 私はその時までは、本当に幸せだった。…その時までだった。



————————————

 

 私は彼に押し倒されていた。


「おぃ、千広ぉどうだぁ?お前がいじめた奴の、実の兄に押し倒される気持ちわぁ!!」


「ど、どうしたの湊…」


 彼が私の口を抑えながら言った。

「ようやく見つけたよぉ…テメェのせいで。死んだんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」


「ふ…ふガッ!?」


「さぁてぇ…テメェの身も心も志保のに蝕んでやるよォォォォォォォォォォォ」



 私は狂った湊に






   ◆ ◆ ◆


「結局その後…湊は捕まり、私は賠償金をたくさん貰ったってわけ。…でもね」

 彼女が飲んでいた缶コーヒーを強く握る。


「私…あれから夜、眠れないの。怖くて…怖くて…」

 缶が握り、潰れる。


「最低だよね…私は志保に取り返しのつかない、とんでも無いことしちゃったのにさ…私が苦しんでしまっている、一体私は何様なんだよ…」

 私が彼女の方を見ると、目から涙が流れていた。



「こんなが…ゴミが、志保の命を奪った屑が…どうしてこんなにも苦しんでるんだよ」



 やれやれ…この人も相当なバカで、純粋な人だ。


 私は隣で泣いている志保さんに言葉を投げかける。

「私の友達に、という名前からしてスポーツ、勉強、人柄共に優秀な人がいます。ですが彼は、小さい頃…浮浪者に父親を殺され、母親はその一件で狂ってしまった。そのせいか…そこらのホームレスまで殺してしまいたいほどの、殺意を向けるようになってしまった。そして、ついに罪を犯した…で、その彼は今、その過ちを背負って生きていくために、いろいろな人を今も助け続けているそうです。それは、あなたもじゃないですか?」



 彼女はその言葉を聞くと、ハッとしたようにこちらを見る。

「罪になんてないんですよ。志保さんを死なせる原因を作ってしまったあなたも悪い。だからと言って、千広さんに一生の傷を負わせた湊さんも同じくらい悪いです。

 そして、それが罪を犯していい理由にはなりません。最近は何事も、リスクリターンと言いますが、罪にはリスクもリターンもないんです。が悪いんですから」


 私は彼女の方を向き、そのまま続ける。

「そして…貴方は今、その経験を必死に私のような若者に伝えようとしている。また自分と同じような失敗をさせないために、自分のように苦しまないようにするために…そうですよね?」



 彼女はゆっくりと首を縦に振った。

「努力者、勝ち組、秀才、天才…だけれどその裏側はドロドロの感情が渦巻いており、それを人や物、金に当たり散らかす事で発散する。私はそれをと呼んでいます。ですが貴方は豚貴族ではない…今の貴方は、あの頃の罪を償うに相応しい、ですよ」



 彼女は少し考えたようにポカンとなったが、私の言ってる意味を理解すると、ボロボロと涙を流した。

「そっかぁ…屑には屑の生き方が、筋の通し方があるんだなぁ」


「罪は消えません。ですが…それと同時に人に今まで行った行ったというのもまた、消えないのです」


「苦しんでもいいんだ、泣いても…いいんだぁ」


「えぇ…いいんです。これから、貴方がの道を進み続けられるのなら」

 私がそう言い終わると、彼女は私に抱きついて、声を上げて泣いた。


「ふぅ…困ったものですね。これではどちらが教える側か、分かったものではないです…」

 私は冷たい缶コーヒーの蓋を開け、一気に飲み干した。



————————————


 私達は、バックヤードへと戻ってきた。

 バックヤードの中に入ると、落ち着いた目をした勤君が、パイプ椅子に座っていた。


「やっ…元気になったか?少年」


 勤君はこちらがバックヤードに入ってきたことを確認すると、パイプ椅子から立ち上がり、こちらに頭を下げた。


「す、すみません!!お兄さん達の迷惑になるような事ばかりしてしまって…ですから僕はこれで!!」

 そう言い残し、彼はバックヤードの外に出ようとする。


「待って、貴方…」


「ほぉ…」

 彼を止めたのは他でもない、 だった。


「貴方…本当にお父さんとお母さんのところに帰りたいの?お願い、本心を聴かせて…!!」



「でも…これ以上遅くなったら、お父さんとお母さんが…」

 彼女はにしゃがみ、こう続けた。


「いい貴方は、貴方の選択をしなさい。このまま元の生活に帰るか、自分が幸せになるために変わるか…!!」


 彼は彼女の強い言葉に少し戸惑いを見せていたが、少し考えたようにした後…こう言った。

「本当に?もう母さんにも父さんにも会わなくて済む?」


「えぇ…絶対に約束するわ!!」


 彼はその言葉を聞いた後、さらに泣き始めた。

「お願いお姉さん…僕を、僕を連れて行ってください…」


「約束する…!!」



 感動の話をしている最中…私は彼らにある事を提案した。

「千広さん…って言っても、どこにかくまうおつもりで」


「そりゃあ、私の住んでるアパートに決まっているでしょう…」


「なにサラッと犯罪者みたいなこと言ってるんすか、怖いっすよ。それに…千広さんがかくまってることが、にバレたら面倒です。なので…私のアパートでお二人は暮らしてもらいます。勉君も一人じゃリスクがありますから、大人の方と一緒にいたほうがいいでしょう」

 私はそう言い、ある人へと電話をかける。


…私です、言です」


『なんだい、こんな夜遅くにさ…』




   ◆ ◇ ◆


 私は彼女に、勉君が抱えている事と、そのの提示をした。


『なんて親だい…まさか今の時代になってそんなことする奴がいるとは。分かった…一部屋分の電気代や水道代なんぞ、痛くも痒くもねぇや…!!うちのアパートも賑やかになることだろうね、言もさぞかし嬉しいだろう…!?』


「まぁ…騒音さえ気にすれば、ですけどね」


『今までが贅沢だったのさ。アッハッハッハ』

 そう言って電話は切れた。


「いいですか、お二人さん…よく聞いてください…」

 二人はこちらを上目遣いで見つめてくる。


「今日からお二人には、私のアパートの隣の部屋、202で生活してもらいます。家具その他諸々は、私と私の知り合いがなんとかします、食料も同じです。は近くにあるスーパー銭湯を使ってもらいます。そして、これが一番重要…外出する時は、こと。これを守って、二人には『籠城作戦』をしてもらいます!!何か質問は?」


 私がそう言い終えると、勉君の腕が上がった。

「えと、月曜日から学校なんですけど…その時はどうすれば?」


「行くな!!とりあえず親の件が解決するまでは。まぁ…言ってしまえばってことになる…俺も早く行動しないと、あんたらの身の安全が取れない。そして、その件が片付いたら…」


 私は二チャリと笑う。

「渦潮みちなりとかいうに、目にもの見せてやるよ」


「言、どうした…!?」

 鬼塚さんと勉君は俺の変わりように少し引いているようだが、そんなに関係ない…



「待ってろよ…最高級の豚貴族共!!!!!」




















 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る