弐
私の名前は
ここ…雷宝町でパン屋を営む、56歳のおじさんだ。今日も朝から丹精こめて、パンを売り出している。
おっと…新しいお客さんが来たようだ。
「いらっしゃい!」
店の中に入ってきたのは隣町の学校と思われる制服を着た、いかにも好青年の学生さんだった。
「すみません、いい匂いがしてきたものですから…学校前の朝食にしようかと…」
そう言い彼はトレイとトングを手に取る。
「うちの店はベーグルがおすすめですよ!!」
「ベーグル…ですか。それにしても…いろいろな種類がありますね」
うちの店のベーグルは、本場ポーランドで七年間修行した末に生み出した究極の品。絶対の自信を持って提供できる品だ。
「はい!…抹茶とチョコが一番人気です!!」
「それじゃあ抹茶とチョコ…一つずついただきましょう」
彼はそう言うと、抹茶とチョコのベーグルを手に持っているトングで掴むのだった。
◆ ◇ ◆
「ありがとうございました〜〜!!」
ふぅ、そろそろ閉め時かな。
私は夏が近くなった夜空を見ながら一人…そう呟くのだった。
◆ ◇ ◆
私はまだ明るい雷宝商店街の中を通り、帰路についていた。
「おや…?」
私はふと、商店街の一角にある店に目を奪われる。
「パン屋。新しい店なんだな…」
店頭で一人、パンを売っている若い青年を見ながら、私はそう呟く。
「君…一人で売ってるのかい?」
私は彼に優しく声をかけた。
彼は私の方を見つけると、目を輝かせ、こちらへと寄ってきた。
「貴方…ベーグルの巨匠、稲炭さんですよね!!ハハっ…まさかこんな所でお会いできるなんて!!!」
「あ、あぁ…そうだが」
「いや〜私、貴方のベーグル大好きで、小さい頃…よく買いに行ってました。
そうそう…ちょうど良かったです…!!実は新商品を作ってまして、貴方に味見して欲しいんです!!差し支えなければでいいのですが…」
「あ、あぁ…ちょうど腹も減ってた所だし。構わん」
「やったぁ!ありがとうございます!!!!」
彼はその場でその場で飛んで、跳ねて喜んでいた。
あぁ…懐かしい。私も師匠に自分の作ったベーグルを褒めてもらった時、こんな風に飛んで跳ねて喜んでたなぁ…
————————————
私は店の厨房を一通り見させてもらった後、彼の作ったパンを試食させてもらうことになった。
彼の作ったパンの数々はどれも美味しく、情熱に溢れた品の数々だった。
「そして…これが新商品です!」
私は目の前に出されたものを見て、思わず驚きの声を上げた。
「ベーグル…?」
「そうです!!実は僕も、ベーグルの研究をしていまして…お口に合うといいんですが…」
私は彼のベーグルを恐る恐る持ち上げ、口の中に放り込んだ。
その瞬間…私の脳に電流が走る。
「う…うまい」
「本当ですか!!?良かったぁ…」
正直…私のベーグルよりも味に深みがあって美味しい。どうすればこんなの作れるのかと聞きたいくらいだ。
すると、彼が急に泣き始めてしまった。
「もぉ私…本当に嬉しいです!!実はベーグルだけは絶対に作りたいって思ってましてぇ…何年も何年も研究していたんですよー。でもベーグルの巨匠にそんなことを言ってもらえるなんて…今日が人生で一番嬉しい日です」
「いやいや…美味いものを作ったのは君であって、私は君の作ったものに純粋な感想を言ってるだけだ」
私がそう言い終えた、その時だった。
「こんにちはー宅配便でーす!!!」
「あっ、すみません。はーい…今行きまーす!!」
彼は涙で濡れた顔を拭きながら、入り口へと向かっていった。
「…………」
私はふと、考えていた。もし彼の店が人気店になったら、私の店はどうなるのだろうと…彼のパンはどれも、私のパンよりも美味しい。そして、ベーグルも…
何故だ…
何故…経験の長い私が、彼のような若造に負けるのか。何故…本場で修行した私が、ぜいぜいベーグルを研究した程度の若造に負けるのか…
考えれば考えるほど自分の不甲斐なさと、理不尽さに胸焼けがしそうになる。
そして私は、あることを思いついてしまったのだ。
「この店がなくなれば…私は一番であり続ける事ができる、ベーグルの巨匠、
私は彼がいない厨房の中で唯一の物を探し回り…見つけた。
「ガスの元栓…これを捻ねれば」
私は恐る恐る、元栓に手を伸ばす。
私は元栓を握っている手に力を込め…今、元栓をこじ開けた。
————————————
「ありがとうございました!お陰でこれから頑張っていけそうです!!」
「あぁ…応援してるぞ」
「それでは。私は夜の営業を続けますので!!」
そう言いながら、彼は自分の店に戻っていく。
それにしてもパン屋は朝が早いというのに、夜の営業もするとは熱心な青年だ、感心する。
…………
「ハハッ…きっと気づくさ、大丈夫」
まるで死神にでも憑かれてるような足取りで、私は再び帰路へとついた。
◆ ◇ ◆
次の日…私はいつものように、自分のパン屋を営業していた。
「いらっしゃい!!」
パン屋の中に入ってきたのは、昨日の学生だった。
「やっ…どうも。今日もベーグルのいい匂いがしますねぇ…」
「気に入っていただけたようで良かったです…!!」
こういう言葉をかけてもらうと、私も大変…作り甲斐を感じるものだ。
「そういえば知ってますか?昨日…雷宝商店街のパン屋で、火事があったらしいですよ。なんでも…原因はガス漏れだとか」
私は彼の言葉に、自分の血の気が引いていくのが分かった。
「ガス漏れ…ですか」
辛うじて言葉を繋ぐが、その時の私にはとても正気など保てるわけがなかった。
「おや…?ご存知ないのですか…!?今朝ニュースでやってましたよ。そこの店長さん、お若いのですが全身火傷を負ってしまい、重症らしいです。
いやぁ…あそこのパン美味しかったんですがねぇ…」
私のせいだ。いや、もしかしたら私のせいじゃないかもしれない…それに、もし私だとしてもバレることはない。大丈夫だ。大丈夫だ…
「具合が悪いのですか。顔が真っ青ですよ…?」
「あ、じ…実は!今朝から大切な物を無くしてまして…とても気が休まらないんですよ。ハハッ…」
「そりゃあ大変ですね〜。とりあえず今日はベーグル一つと、食パンを一斤ください」
彼はそう言いながら、また…抹茶のベーグルを一つ掴むのだった。
◆ ◆ ◆
「ありがとうございました〜〜〜!!」
私は多郎さんの声が響く店内の扉を、ゆっくりと閉めた。
「これはかなりの上玉ですねぇ…」
私はとある所へと電話を掛けた。
「どうも、カラスさん」
『よぉ、俺がカラスだ。あんたは…井口 言か。さては、今朝の事件についてだな』
「話が早くて助かりますよぉ〜。今回頼みたいのは、今朝火事があった店の店主…
『個人の情報となったら、タダで渡すわけにはいかねぇな。目的はなんだ?』
「実はその容疑者…というか犯人。私、見つけちゃったんですよねぇ」
私は、昨日よりも味ののったベーグルを頬張りながら、彼にそう告げるのであった。
◆ ◆ ◆
僕は
俺の店はガス漏れによる引火で、火事になってしまった。ローンまで組んで、やっとの思いで建てたパン屋だったが…命に比べると安い物だ。
と、その時…病室の扉が開いた。
「調子はどうですか?」
男の声が、ぼやけた視界の外から聞こえる。
「看護師さん!!いやぁ…もう大丈夫っすよ。ほら…!」
僕はぐるぐる巻きになった手をしきりにぐるぐると回す。
…少し痛いが、問題はない……!!
「回復が早い。この調子だったらあと二、三週間で包帯は外せそうですね」
「えぇ…早く外に出たいです。多郎さんにも…心配かけちゃうでしょうから」
「多郎さん?もしかして…雷宝商店街の近くにパン屋を営業している人ですか?」
「知ってるんですね…!!私、小さい頃からあそこのベーグル好きで、親によく買ってもらってたんですよ!」
私が尊敬しているベーグルの巨匠の名は…稲炭 多郎。
二十年も前から雷宝商店街の近くでパン屋をしており、海外で修行した経験もある、ベーグルのスペシャリストだ。
「私も最近よく買ってますよ、そこのベーグル。いやぁ…すっかりハマってしまいましてねぇ」
「実は昨日…多郎さんに自分が作ったベーグル食べてもらったんですよ!!美味しいって言ってもらって…本当に嬉しくて、嬉しくて…」
「へぇ…ベーグルの巨匠が認めた貴方のベーグル。是非とも食べてみたいものです!!」
「でも、私はもう…」
分かってる…もう自分がパンを作るのが簡単ではない事くらい。
僕は指先や手首の感覚がなくなった右腕を動かしてみる。
「自分にはもう…パンを作る…腕がないのだから」
火傷による体の損傷はあまりにも大きかった。僕は右腕と、片目を失い、もう片方の目も視界がぼやけたようにしか見えなくなってしまったのだ。
「もうパン屋は諦めようと思っています。一人で歩けもしない状況で、とてもパンを売るなんてことできませんから」
僕はそう小さく呟いたのだった。
すると、彼がこう僕に言ったのだった。
「貴方…お母様に自分のパンを食べさせるのが夢なんですってね」
「えぇ、母が数年前から寝たきりになってしまいましてね。一度でいいから自分で焼いたパン…それもベーグルを食わせてあげたいと思ったんです…なのに僕がこのザマです」
何故だろう…もう不可能な夢のはずなのに、語れば語るほど目頭が熱くなる。
「自分の不注意のせいで、二度と戻らないなんて…一度でいいから、食べさせてあげたかったな…僕のベーグル…」
気がつけば、自分の片方の目から、涙がボロボロと溢れ出てしまっていた。
「それで諦めるのか?」
「へっ…?」
僕は強い口調になった男の声に、思わず驚いてしまった。
「いや…正直言って俺にはどうでもいい話だ。でも、本当にそれでいいのか?」
彼は僕の左腕に触れる。
「アンタにはまだ、もう一本の腕が残ってるだろ?その一本の腕でこねりゃあいいじゃねぇか…」
「でも…僕、目がほとんど見えなくて…」
「そういう時こそ、誰かの助けを借りるべきなんじゃないか?」
「でも…」
他の人に助けを借りるということは、自分の夢にその人を付き合わせてしまってるということだ。もし…仮にその人が、同じパン職人だとしても、僕の面倒を見ながらパンを作るなんて…きっと嫌だしな。
男は俺の話をそこまで聞くと、大きくため息をつき、僕に言った。
「あのなぁ…アンタは少し考えすぎなんだよ、極度の心配症の人間だ。俺達人間ってのはな、努力を常に惜しまず、正統法で必死に足掻こうとする奴程、好感を持ってくれるもんなんだよ。そんな奴に助けてと言われて、助けない奴なんて…中々いないと思うぞ」
「そうかな…」
「そうだとも。人間ってのは誰かに迷惑かけてナンボだろ?アンタ母親のためにも、パンを作りたいって思っている自分のためにも、アンタはもう少し我儘を言わなきゃいけねぇんだよ」
「貴方…優しいですね。あって間もない人だと言うのに」
「勘違いするんじゃねぇぞ…俺はアンタのことが正直苦手だ。努力家なのに、その努力をした上でその力に慢心することなく、仮にうまくいかない時も人に当たり散らさない…邪悪からは程遠い人間」
「やっぱり貴方、看護師じゃ…ないですよね。僕の専属の看護師…女性ですもん。それにしても優しい死神さんですね」
そう冗談の様に言うと、彼は少し笑い、こう言った。
「貴方の人柄に見合った対応をしてるだけですよ。おっとそろそろ時間ですね…それでは、ごきげんよう…」
そう言い残し、彼は部屋の中から出ていった。
「ありがとう…死神さん。僕、頑張ります…!!」
僕は静かになった病室で一人、そう呟くのだった。
◆ ◆ ◆
「ほぉ、ここが火事の現場ですか…」
私は斉藤さんのパン屋…火事の現場に来ていた。
彼が犯人だという手がかりを探すためだ。
「しっかし…一軒丸々燃えてますねぇ。これじゃあ証拠探しも手間取りそうです」
ま…証拠がなかったらなかったで、やる事は変わらないんですがね。
私は半壊しているパン屋の周りをぐるぐると回る。斉藤さんのパン屋は商店街の端、十字路の一角に位置している。
周りの建物は崩れるというほどではないが、所々に火で焼け焦げたような跡がある。
「ん?パン屋の隣にあるのは二階建ての…アパートでしょうか?」
十字路の隣にあるアパートは、二階建て、下3室上3室の部屋構成。
店側に鉄製の螺旋階段があり、少し焼け焦げている。
そして…一番私の目に映っていたのは。
「監視カメラ…ですか。一階は左側から101号室の通路の位置に、店と反対向きの方向に設置されている。二階は、203号室の位置に店側の向き…位置は完璧ですね」
「アンタ、ここに何のようだい?」
ふと私は、後ろから声をかけられた。
振り返ってみると、そこには…6、70代位のおばあちゃんが立っていた。
「おや…あなた様は?」
「ワシはここのアパートの管理人じゃ…しっかし隣のパン屋で爆発があった時は驚いたよ…あそこのパン屋は若いのがやっとったんじゃが、大丈夫かのう。あれ、なんだったけな。そうだ…!アンタ、野次馬ならお断りだよ、とっとと帰りな!!」
「いえいえ、実は、折り入ってご相談…というか、お願いがありまして…」
◆ ◆ ◆
「今日はこれで閉店だな…」
私は誰もいなくなった店内を見て、一人そう呟いた。
さて…棚にあるパンを取り出さないと。
私が棚にあるパンのカゴを取り出そうとした、その時だった…後ろから私は、鋭く尖ったものを突きつけられる。
「動くな…!!動いたら命はないと思え…」
「その声は…あのパン屋の…!!」
後ろから聞こえた声は、まさしく…あのパン屋の青年のものだった。
「お前は僕の店でガス栓を回し、火器を使った時に爆発するよう仕向けたな」
「悪かった…私は、アンタを…そこまでにするつもりは無かった」
彼はさらに光り物を首筋に強く当てる。
「僕はそのせいで片腕を失い、片目を失った…もう僕はパンを焼くことが出来ない。殺してやる、殺してやる!!!!!」
「すまんかったぁ…!!私は、私は君に嫉妬していた!!君が私のパンより美味しいものを…ベーグルを作るから…作るからぁぁ」
その時の私に、正常な判断など、とても出来なかった。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺…」
「悪かったってぇへ…」
◆ ◆ ◆
「フフ…良い顔になったじゃないですか…」
私はナイフ》時を彼の顔の前で反射させ、彼の《《豚貴族顔を確認した。
そして私は彼の顔を覗く。
「き、君は最近来てくれている…!」
「やっ…どうも〜。うまかったでしょ?彼の声真似」
彼は後ろに後退し、尻餅をつく。どうやら腰が抜けてしまったようだ。
「な、何故君が!!?」
「落とし物…したようでしから、見つけといてあげましたよ…」
そう言い、私は彼の目の前にスマホを見せる。
「これ、彼の隣にあったアパートの監視カメラの映像です。彼の店の窓は、二つ向かい合ってつけられていました。そして…たまたま二階の防犯カメラは、店内の様子も見えるようになっています。
窓の中に映っているのは、真ん中のテーブルに大型のトースター…そして、貴方がガス栓を必死に回そうと奮闘している様子。いやぁ…余りに小さすぎて、解像度上げるの手間取ったんですから…」
勿論、解像度を上げるのも
「しっかし酷い…自己中心的かつ、プライドも
「なんでぇ…キミがぁぁ…」
もはや恐怖と後悔で顔の原型すら保てていない彼に、私…俺はいつものヤツをやった。
「斉藤さんの思いを、俺が代わりにはらしにきたんだよ…クソ野郎。お前は純粋無垢な青年に何をした?優しい彼の純粋な努力をお前は自分のプライドのために、名声のために殺そうとしたんだ。そんな手で、お前はパンを作れるのかって言ってんだろうが!!!!!!」
私は彼の胸ぐらを掴み、彼に叫んだ。
「なんでぇ、なんでなんだよ…アンタは誰なんだよ…」
「俺か…?」
そのまま俺は顔をこの豚に近づける。
「俺はなぁ…てめぇらみてぇな社会的に強い立場にある屑。豚貴族を狩る事を己の快楽とする者…いや、死神だ」
俺は学校のカバンから、ある物を取り出す。
「ほれ、アイスピックだ。たこ焼き用に家にとってたヤツ」
私は彼を壁に押し付けたまま、アイスピックを力強く握った。
「お前がやったことだ。痛くも痒くもねぇよなぁ…!!」
「あ、あ、あ…」
そのまま俺はアイスピックを彼の目玉に振り下ろした。
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
————————————
アイスピックが目玉を貫く直前…私はアイスピックを止めた。
彼はそのまま前に倒れ、気絶したようだ。
…ふぅ〜ようやくディナーの時間ですか。
私は彼を仰向けに寝かせ、デジカメでいつもの様に写真を撮る。
「いやぁ、こりゃあ上物だぁ…」
そのまま撮り続けること10分…
「はぁ…もうそろそろ良いですかね。後片付け、長くなりそうですね〜」
私はそのまま店を去った。
◆ ◆ ◆
私は…店を畳むことにした。
彼の言った通り、私の手はあまりに汚れてしまった。
そんな状態でパンを作り続けるわけがないのだ。多くのお客様にに止められたが、もう…そんなこと関係ない。私は…いてはならないのだ。
そして今日が…その日だ。私は店のシャッターをゆっくりと閉め、閉め…閉めた。
「多郎さん!!!」
後ろから聞き覚えのある声がする。
振り返ってみると、パン屋の青年がいた。
彼は車椅子に乗っており、あの学生がその車椅子を引いていた。
「あっ…君…!」
「すべて彼から聞きました。貴方がやったんですね…」
私は彼の前で土下座をする。
「ごめんなさい…私が…私がすべて悪いんです!!私が…私なんかがパン屋をやってるから。君に一生治らない傷をつけてしまった。君に援助をさせてくれ、そして許さなくても良い。私は、もう人で無くなってしまったから…最低だ、私は」
「そうですか…それだったら一つお願いがあります」
「なんだ…!金か、土地か?それとも奴隷か!!?」
「私にここでパン屋をやらせてくれませんか?そして…貴方を私のサポートとして雇い入れます」
「へ?」
私は彼の言ってる意味が分からなかった。私を雇い入れるだって…!?それも…パン屋で。
「前の店は燃えてしまって使えませんから、貴方の店があるなら僕の体が治ればパン屋ができるなって…へへっ、ちょっと自分勝手ですかね」
「違う…」
「へ?」
「違う違う違う違う!!!!違うんだよ、私はそこまでして貰うほどの者じゃない…屑だ、ゴミなんだ…人間じゃないんだよぉ。人間じゃ…」
彼は私にゆっくりと抱きつく。
「ううん…貴方は人間だ。そして、私の尊敬した師匠、ベーグルの巨匠…稲炭さん。人間…失敗する事なんていくらでもあるんですよ。貴方が私の手と目になってください、そうしたら…ほら、元通りになりますから!!」
なんと慈悲深い少年なのだろう。それなのに私は…私は…
「ごめんなさい、ごめんなさいぃぃ」
◆ ◆ ◆
多郎さんは彼と抱き合いながら号泣していた。
「はぁ、優しすぎるのもどうかと思いますけどね。まぁ、彼の選択なら…私もそれに従いましょう」
私はゆっくりとその場を立ち去る。
また彼らのベーグル、食べに行きましょうか……ごちそうさまでした。
◆ ◇ ◆
二ヶ月後…
ベーグルの巨匠のパン屋があった場所に、新たなパン屋が誕生しようとしていた。
「いらっしゃませーー!!」
その店の一番名物は、しっとりとしており、味に深みのある…ベーグル。
かつての店の常連や、新規客がこぞって並ぶため、店は大盛況。
「おかげで彼らと、少ししか話が出来ませんでしたよ…」
それにしても、今回も
私はそう思い悩み、ベーグルを頬張った。
「ウマッ…このベーグル」
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