エピソード73 微かな希望



「第一区と第二区は我が討伐隊が制圧完了し、元々活動自体が無い第五区はそのまま引き続き警護を強化し反乱軍およびテロリストが入り込めない状況を整えております」

「第一区は引き続き注意が必要だろう」

 ハモンからの報告にホタルは眉間を親指の腹で解しながら応える。

 大手企業や技術者が集う街である第一区の中には人工栽培所プラントハウスと並んで新しく建てられた武器工場が存在していた。

 反乱軍の目的のひとつとして捕らわれ強制労働を強いられている同胞の解放が叫ばれており、その言葉通りに果敢な攻撃が多くのテロリストや反乱軍によって行われている。第一区の統率者は陸軍に長く在籍し、経験も豊富なウヌスに担当を任せていた。

 より多くの兵をそこへとあてて万が一にも突破されないようにと苦心していたが、反乱軍もこれ以上そこにばかり執着しておくことはできないと思ったか退却しそれ以後の攻撃は止んでいる。

 だが彼らは諦めたわけでは無い。

 他の区での戦闘が激しくなってきたことによる一時撤退を決めただけ。

 直ぐに態勢を整えて纏まった人数をかけて攻めてくるだろう。

「……北の戦況はその後どうなっている?」

 ホタルの元に総統の子息が空爆で命を落とした一報が届いたのは一昨日のことだった。それはハモンによってもたらされ、彼は顔色ひとつ変えずに淡々といつもの口調で告げてきた。

「気になりますか」

 不可解だと言わんばかりの目にホタルは「当然だろう」と強く反発する。

 そこにシオがいるのに気にならない訳がない。

 そんなことなど知りもしないハモンは「今は反乱軍討伐を優先すべきでは」と任務を重視するようにと忠告してくる。

「総統閣下が望み、目指している北への侵攻に興味を持つことがそんなにいけないことか?」

「……今はまだお伝えできるような情報はなにひとつありません。現地は混乱しているのか定期連絡すら届かぬ有様ですから」

「そうか。なにか解ったら教えてくれ」

「承知いたしました」

 頷くような仕草で頭を軽く下げて了承の意を示すが、その顔は全く納得していない様子だった。

 ふいっと目を反らしてホタルは壁にかけられた大きなモニターを凝視する。

 そこには統制地区の映像が八つに分かれており、それぞれの区画での戦闘や街の姿が不鮮明ながら二十四時間映し出されていた。

 制圧の済んだ第一区と学校や大学などの施設がある第二区は、討伐隊が治安維持隊と保安部と協力し厳重警戒を敷いて静かな街並みを見せている。

 だが商業と流通の街である第三区と居住区のある第四区では小規模なテロリストとの衝突が毎夜あり、歓楽街の第六区とダウンタウンの第八区では激しいぶつかり合いが続き死傷者の数がうなぎ上りで増えていた。

 そして動きが無く奇妙なほど静まり返った工場地帯の第七区は不穏な気配に討伐隊の兵たちがピリピリしている。なにかが起こりそうなほどに緊張感が張り詰めているのだが、いまだその予兆すら見えずに兵の神経がすり減って行く。


 それも計算の内なのか。


「問題は陸軍基地が落とされたことか」

「これは我々討伐隊の落ち度ではありませんが、原子力発電所まで奪われてしまっては黙っている訳にもいかないでしょう」

 基地と発電所の管轄は陸軍である。それを反乱軍の手から護りきれなかったことは、反乱軍を討伐するために設立されたホタルたちの力が及ばなかったからでは無い。

 十分に兵の数があり、普段から防衛のための訓練をしているはずなのに易々と落とされた陸軍の責任だ。

 だが反乱軍に奪われたままの基地と発電所をそのままにしておくわけにはいかない。

「護るより責める方が難しい。なにか案はあるか?」

「あると言えばありますが、普通の策では反乱軍の頭首を討ち取ることは難しいでしょう。銃相手に曲刀ひとつで戦うような非常識な男ですから」

「非常識」

 本当に考えられないことだ。

 軍の基地を攻め落とすために文字通り斬り込んで来たのは反乱軍頭首タスク。曲刀を手に銃撃戦を駆け抜けて鬼神のごとき戦いぶりで兵たちの戦意を奪い、そして命をも容赦なく刈り取った。

 絶対的有利なはずの銃が敵わぬなど恐怖以外のなにものでもない。

 数撃てば数発は必ず当たるくらいには射撃の訓練もしている。それが一発もかすりもしないとは。

 ハモンが言うように非常識にもほどがある。

「それだけ反乱軍頭首には高い戦闘能力と運が備わっているということか」

「それだけで片付けられればいいですが」

「ハモン?」

 珍しく物憂げな顔をして語尾を濁したハモンに変な胸騒ぎがする。普段慇懃無礼な男が小さな気がかりを不安材料と判断して惑うなど、調子が崩れると共に不安が襲ってくるのだからやめて欲しい。

「ですが基地奪還に全力を挙げねばならないのは事実。この件は私に任せて頂いても宜しいですか」

「そうしてくれ」

 ホタルには基地を取り戻すための方策など浮かぶわけも無く、そしてそれを指示して成功させることなど無理なことだった。

 彼はそのためにホタルの傍にいるのだ。

 父がハモンの力を最大限に引き出せる舞台を用意して、そのすぐ隣でホタルの影で主役として君臨する姿を見せつける。


 素質の差を。

 実力と経験の差を知らしめるために。


 そしてこうあれと僕に手本を見せるのか。


 人には向き不向きがある。

 持って生まれた資質以上のことなどできないのに。


「少しお疲れのようですから、屋敷に戻られて部屋でゆっくりとお休みしたらよろしいかと」

「ここの仮眠室も快適だ。良く眠れているから気を使ってもらわなくても平気だ」

「強情ですね」

 くすりと唇だけを笑みの形にしてハモンは書類を手に己の机へと戻る。涼しい顔をして仕事をしているがホタル以上に睡眠時間が無いはずだ。それなのに疲労もその美しさにも曇りが無い。

 憎たらしいほどに完璧な男だ。


 なれるわけがない。


 父の理想としての息子像がハモンなのだとしたら、永遠にホタルは利用価値の無い息子のままで終わることになる。


 それも仕方がない。

 結局ハモンがいなければなにもできないのだから。


 何故か無性に研究がしたくなった。あの大学の研究室に引きこもり試験管や試薬液を使って水質を調査して、水を浄化するための方法を探し求める作業が恋しい。

 あの孤児院で得た貴重なサンプルから人々の希望となる結果を出すことができれば。


 ああ、やはり僕には研究室で地道な研究をする方が性に合っているのだ。


 再確認した途端に虚しさが込み上げる。

 そんな息子を父は望んでいない。


 でも、僕は。


 赦されなくてもホタルは欲する。

 それに父は約束した。

 勝利で終わらせることができれば、この先ホタルの意思を尊重してくれると。


 希望はまだある。


 その為に人々の希望を打ち砕かねばならないのは心苦しいが、この国の均衡を崩すことはできない。

 それはカルディアの人間のためだけでなく、統制地区に住む人々のためでもあるのだから。

「諦めないよ」

 自分が進むその先には困難しかないとしても、決して諦めずに最善を尽くすと決めてホタルは夕暮れに染まり始めた街の姿をモニター越しに眺めながら呟いた。

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