エピソード67 二つの反国組織

 

 細く曲がりくねった路地を走り抜けながら遠ざかる怒声と足音にほっと安堵し、そして更に右へと続く小道に身を躍らせた。

 第六区は酒類がメインの飲食店が通りに軒を連ね、その店の大小にかかわらず接客をする女性が数人いる。店に出入りするのは統制地区の人間が殆どで、稼ぎの少ない者たちでも日頃の憂さを晴らしたり、友人知人を連れて歓楽街に繰り出すこともあった。

 そのため料金は安いが純正の酒は置いておらず、薄められた物や逆にアルコールが強いだけの物が多い。

 飲みながらカードゲームで小銭を賭けるくらいの娯楽しか庶民には与えられていないのが現状。

 だがそれすらも取り上げられようとしている。

 昨日新しく“五人以上で一箇所に集まることを禁じる”という法律が作られ施行された。店の中に五名以上の人間がいれば罰せられるというのだから営業妨害以外のなにものでもない。しかもその客がそれぞれ知り合いでなくても、別々の席に座っていようとも関係ないというのだから商売あがったりだ。

 勿論第六区の人間がおとなしく従う訳も無く、今まで以上に反発し討伐隊との激しい抗争を繰り広げている。

 タスクに命じられタキは第六区へとやって来たが、この区には二つの反国組織が存在し彼らは別々のリーダーを掲げそれぞれ独立して討伐隊と戦っていた。何故共闘しないのかと問うと、昔一人の女を奪いあってリーダー同士が揉めたのだという。

 タキからすればくだらないと思えることでも、当事者たちには譲れないものがあるのだろう。

 共に手を取り合って戦った方が良いような気もするが、別個の動きをするテロリストたちに討伐隊も翻弄されているようなので、今の所は余計なことは口を出さずに黙っていることにする。

 第六区の西側を拠点としているのがアポファシス、東側にアジトを持っているのがフォルティア。

 両方共タスクの反乱軍クラルスに協力を約束しており、どちらも強い忠誠心を持っている。

 今回の討伐隊との衝突でアポファシスもフォルティアにも大きな損害が出て、その両方から助勢を求められ頭首はタキとハゼに五十名ずつ預けて派遣した。クラルス軍はみな黒いTシャツに赤いバンダナを身に着け、二つの反国主義組織の中に組み込まれることになった。

 タキたちは海に面した西側のアポファシスへ合流し、リーダーのネロの支持の元全力で戦い、不利になったら戦略的撤退と称して戦線離脱する作戦を繰り返していた。

 逆にハゼが派遣されたフォルティアはヴァダという名のリーダーで、いかにも正義漢といった風貌をしており手下を小規模のグループに分けて奇襲、陽動、待ち伏せを得意とした戦い方をする男だった。

 反乱軍討伐隊は二人のリーダーが存在するとまだ把握できていないのか、今の所得体の知れない攻撃に右往左往しているようだ。

「こっちだ」

 低いが鋭い声が路地の奥からタキを呼ぶ。送電が止められている本通りも真っ暗だが、月明かりも届かない建物が作り出す細い路地は更に闇の中に沈んで、慣れたはずの眼にも一寸先になにが潜んでいるか解らない恐怖は付き纏う。

 漆喰で塗られた壁が白く浮き上がり、ほんのりと照らせることができるのは僅かな距離のみ。

 声をかけてきた相手が味方なのかどうかの判断はできない。

 だがそれを信じて進むしかタキには方法が無かった。


 キラリ――。


 光りの射さない深海で輝くことができる物は少ない。ましてや複数の不穏な光が狭い場に並んでこちらを向いているなど異常事態としか思えないだろう。

 タキは駆け続けた脚が惰性で先へと進もうとするのを無理矢理押し止め、速度を殺しながら膝と腰を使って斜めに跳躍した。左足で踏み切り、右足で壁を蹴る。向かい側の壁の桟に左足先を引っかけて伸びあがり、二階の雨樋を両手で掴み壁を足で蹴り上げた反動で屋根によじ登る。

 タキの動きを追うようにして金属の硬質な光が移動し、その空虚な穴から鉛を吐き出そうと狙っていた。数発は発射され路地に反響して乾いた音を響かせたが、そのどれもが壁や屋根に吸い込まれて傷ひとつ与えることができなかった。

 視界が悪い中での射撃にどれほどの威力と精度があるというのか。

 銃に頼り切った戦い方をしていては、この狭い市街戦で成果をあげることはできないのだとそろそろ気付いても良い頃だろうに。


 愚鈍だ。


 屋根からチラリと見下ろせば、銃口が火を噴いて彼らの間抜け面が一瞬浮かび上がる。タキの髪の先を撫でて後ろの壁を穿った鉛の弾が残した匂いに眉を寄せ、屋根を踏み抜かないように注意しながら西へと向かう。


 銃は当たらなければ脅威では無い。


 そう教えてくれたのはタスクで、彼の動きは独特で予想がつかない上に速い。

 正確に狙って撃つことができれば銃の威力は大きく、遠距離からの攻撃ができる利点と共に誰が使用しても当たりさえすれば致命傷に近いものを与えられることが戦闘に使用される理由だった。

 だが闇雲に撃った所で動き回る標的を捕えることはできないし、弾も無限にあるわけでは無い。

 弾が切れた瞬間その銃はただの金属の塊と化し、銃弾を補充する隙だらけの姿を晒すことは戦闘中では死を意味する。

 銃に固執していては到底タスクには敵わない。

 タスクが使うどこの武闘とも剣技ともつかない剣術は、届かないぎりぎりで避けていては怪我をする。最後の最後にぐんっと伸びてくる剣先は抉るように突き、そして深く懐に飛び込んできた。

 戦っている時のタスクは喜びに満ち、その喜悦の表情があまりにも悍ましいからと戦いに赴く時には仮面を着けているらしい。

 敵も味方をも総毛立たせる凄まじい形相だというからあまり見たくは無い物だ。

 あの奇妙な鳥の仮面がタスクの狂気と異常性を隠しながら、それを強調しているのだから全く以て不思議である。

 圧倒的な強さで反乱軍を纏め、揺るぎ無い存在として君臨する頭首タスクは忠誠を誓うに相応しい。異国風の顔立ちも相まって特別な人間であるような気にさせる。 

 人々を傅かせるだけの魅力と包容力のある人物。

「今は基地を攻めている頃か」

 タキとハゼを派遣した後でタスクは第八区の西側にある陸軍基地を攻撃すると宣言した。原子力発電所のある基地を落とすことで国の威信を失墜させ、動力源を奪ってカルディアへの送電を止める。そしてその分を統制地区に分配して国民の生活を豊かにし、支持を得るのだと。

 軍の基地への直接攻撃など無謀だがタスクの強さを知っている者たちは口を揃えて可能だと言うだろう。相手が如何に強大で数が多かろうとも、戦っている時が一番活き活きと輝くのだから。まるで戦うために生まれてきたかのようにタスクは嬉々として戦いに身を投じるのだ。

 アジトのある第八区は西と北に軍の基地と施設があり、南には首領自治区が広がっている。

 総統の住まうカルディア地区から遠い第八区で、国を変えようと言うのだから多少の無理難題でも越えて行かねばならないのだ。

 海の腐った臭いが冷たい風に乗って吹いてくる。屋根の上で立ち止まり視線を南へと向けるが、その先にあるはずの原子力発電所の灯りは見えない。統制地区の治安は新たな未来を求めて動き出した者と討伐隊との戦いで悪化してきている。

 そして同時に国は次々と法を作り出しては国民に圧制を敷いていた。本来ならば反乱軍やテロリストを追い詰め、動きを封じるための物なのだろう。だタキたちよりも静観している民間人に皺寄せが行き、国への不満や苛立ちを膨らませる結果となっている。


 道を見失っているのか?


 元々カルディアの人間が考え出す法律や指針など理解できる物では無い。既に理解しようという気は失せている。

 考えや、やり方を改める気の無い連中になにを言っても意味は無いのだ。


 ならば戦うのみ。


 戦って勝ち得てみせる。

 平穏を。

 安寧を。


「生きて、会おう」

 次は北へと視線を動かし、タキは強く念じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る