エピソード66 できること
反乱軍討伐隊の本部は
気が重い。
ホタルは気づかれないようにため息を吐き、殺気立っている兵たちを横目で眺めた。討伐隊の人員は全部で千三百十八人。それを八部隊に分け、それぞれに優秀な将校を着けている。
部隊ごとにその地区の担当を決めて、そこでの反乱軍やテロリストの対応に当てさせることで事態の収拾をつけようとしているが、彼らは神出鬼没で破天荒な動きをする。更には地の利を生かして縦横無尽に逃げ回り、捕まえることもアジトを暴くことも難しかった。
「厄介ですね」
現在一番活発な動きをしているのは第六区の歓楽街だ。貨物船や客船が着く港の北側に位置する街で、華やかさと活気に溢れているがその反面犯罪や揉め事も多く、刃傷沙汰や殺人事件が頻発していた。
第六区は水力発電所と海軍基地を有し研究所もある第五区と接しており、ここをテロリストや反乱軍に落とされては戦略上難しくなる重要な場所だ。
絶対に護らねばならない街だが、特性上多くのテロリストやそれに協力する者たちのネットワークが出来上がっており、そこに軍が介入する隙は無い。
「第六区に関わる者全てが反逆者であると見做すことは簡単ですが、そうしてしまうと街の機能は失われます。元々娯楽の少ない統制地区の民からの反発は大きいでしょう」
ハモンは低く深みのある声でホタルの懸念に意見を述べる。
すらりと伸びた手足と意外に広い肩を辿り整った冷たい美貌を見上げると、氷のような双眸で隣に立つホタルを眺め下ろす。
「乱暴なやり方は好まない。そんなやり方をすれば途端に国民は国に愛想を尽かす」
そもそも民は国に失望しており、愛想を尽かす以前の話なのは言わずともハモンには解っている。
だがそう言って止めなければ手柄を立てようといきり立っている兵士の気持ちを抑えることができず、また自由を叫んで戦っている人間の血を無為に流すことへの抵抗がホタルの中にあった。
できるだけ失われる命が少なく反乱を治めることができるようにと心を砕いて指示を与えているが、現場で動く兵たちに情や思いやりを求めることは無意味であり効果も無い。
反乱軍討伐隊は少しでも抵抗する者に容赦はしない――そう民の中で囁かれ始めていると妹のキョウが教えてくれた。
妹の所属する保安部は様々な情報が集まる部署で、それを元に街に出て取り締まるのが主な職務だ。今は討伐隊本部で身動きの取れないホタルよりも実際に外へ出ているので、統制地区の様子や生の声に近く詳しい。
討伐隊が結成されてまだ三日ほどだが、そんな噂が流れるほど兵たちはテロリストや反乱軍に限らず普通の住民にまで激烈な言動をしているのだろう。
事実どの区でも激しい戦いが行われ、事態は流動的で先が見えない。八区間それぞれの戦闘の全てを把握し、滞りなく指示することなど防衛大学に通ってもいないホタルにはできない芸当だ。
カルディアでは知らぬ者がいない程有能な参謀部のハモンが傍に居るからこそ、的確な助言や提案を元になんとか体面を保っていることができた。
そんな中でも甘さや弱気な発言を繰り返すホタルを、しばしば呆れながらもハモンは無表情で受け流す。そして厳しい決断ができないホタルに代わって、兵に命令を下すのは彼の仕事でもあった。
そうやって逃げても、事実は消えないのに。
ハモンの作戦で多くの無辜の民が命を失ったとしても、この討伐隊を率いているのはホタルだ。許可できないと強く反発しない限り、それは暗黙の了解であると判断される。
つまりその責を問われるのはハモンでは無く、ホタルだということ。
直接手を下さなくてもホタルの言葉で、声で、命令で兵が動き人々が傷つき死んで逝く。
それはもう自分が殺したことと同じことだ。
「なにかいい案でもありますか?」
こうして一応ホタルの意見を求めてくるが、結局ハモンは自分の案を優先して統制地区で兵たちは反逆者と善良な市民の曖昧な線引きを駆逐して行く。
泣き叫び、恨む悲鳴が聞こえてくるようでホタルは身震いする。
「ハモンは恐くないのか?自分の作戦や命令で多くの犠牲が出ることが」
「なにを、今更」
薄い唇が笑みの形を取るが、その酷薄な微笑は更にホタルの背筋を凍らせて身動きできなくさせた。
「私たちが行っていることは反逆者の根絶です。そのために出る犠牲と、反逆者を放置した結果もたらされる被害を考えれば、自ずと取るべき道は見えてくるはず」
何故それが解らないのかと言いたげに見下ろしてくる闇色の瞳に射すくめられ、ホタルの方が間違っているのかという気にさせられてしまう。
カルディアに住む者の殆どが統制地区の人間を同等とは思っていない。愚かだと蔑み、無力だと貶め、そして庇護してやっているのだと恩着せがましく彼らの権利を奪っている。
彼らの命や思いは彼らの物だ。
それを奪っても平気だとはホタルにはどうしても思えなかった。
「無知であることが善良さに繋がるという思想が僕には受け入れられない。確かに知らずにいた方が良いことだってたくさんある。でも、学びたいと思う人々からその機会を奪う理由が無垢でいられなくなるからだなんて。それではカルディアの人間はみな無垢でも善良でもないと公言しているようなものだ」
眉を寄せて小さく嘆息するとハモンは言い聞かせるようにゆっくりと話し始める。
「反乱軍やテロリストに身を落とした者たちをよくご覧ください。彼らは他者より少しだけ聡いことで邪な思いに駆られ、権利だ、理念だ、正義だと耳触りの良い言葉を並べ徒党を組み、国を相手に愚かな戦いを挑んでいる。勝てる見込みも無いのに」
最後の部分を笑い含みで呟き、黙って聞いているホタルを見て少しだけ満足そうな顔をする。
「夢や希望を語り、無垢なるものを利用しているのは反逆者たちです。その野蛮極まりない相手から民を護るのは私たちの義務であり、そして誇りでもあります」
「……欺瞞にしか聞こえない。勝てる見込みも無い戦いをすることが愚かなのだとしたら、北への侵攻もまた愚かだとは思わないのか」
「ホタル様」
目を眇めて纏っている空気を更に鋭くさせると、ハモンが肩を強く掴んできた。食い込んでくる指の痛みに右頬を歪め「放せ」と腕を動かすが、ぎりぎりと骨を砕かん勢いで締め上げてくる力は弱まることは無い。
「ハモン!」
「ホタル様。滅多なことは口になさらない方が身のためです。北への開墾は総統閣下が目指され、強く望まれていること。それに対する非難は全て総統閣下への反逆の意思ありと判断されます」
苦痛に喘ぐホタルをじっくりと眺めた後でハモンは乱暴に手を離した。舌打ちしそうな勢いで「全く、御兄妹揃って迂闊なことを口走る方たちだ」と吐き捨てて顔を背ける。
指の形で鬱血しているのではないかと思えるくらい熱く疼く右肩を左手で押え、ホタルは屈辱に打ち震えながら頬の内側を噛んだ。
本当に自分にできることは少ない。
悔しくて、情けなくて胸が苦しくなってくる。アゲハのことが無ければ、反乱軍討伐隊を率いて戦うなど全力で拒んでいた。
ホタルの一番弱い所、脆い所を正確に突いて逃げられないようにすることなど父には簡単にできる。アゲハと共に住んでいたことを知っていながら黙っていたのは、のちのちそれを利用しようと考えていたからだ。
そうやって息子を利用しても平気な父と、そしていいように利用されてしまう自分の関係があまりにも悲しくて。
父のように割り切れることができればいいが、ホタルには弟や妹を見捨てることなど出来ない。
特に兄妹寄り添い互いに支え合って生きているタキたちを見ていると、本来家族とはこうある物なのだと身を持って教えられた。命がけでシオを助けようとしたタキの後ろ姿を見ていることしかできなかったホタルには身体を張ることでは無く、こうして父の思惑通りに動くことだけ。
それでもアゲハを護ることができるのなら父の為に踊って見せよう。
諦めずに踊っていれば、そこから突破口が見えてくるかもしれない。
一縷の望みを胸に抱いて。
それぐらいは許されるだろう。
「せめて他の者がいる時は発言には十分に気を付けてください」
釘を刺してくるハモンの視線は冷たく厳しい。父が期待し、信を置いているこの男を出しぬくことは難しいだろう。
だから身の内にある細やかな勇気を集めて心を励ます。
いつか来る終わりの時にちゃんと行動できるように。
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