エピソード68 粛々と
事態は我々の思い描く通りに進んでいる。
密やかに粛々と。
まるで雨が屋根や窓に叩きつけているかのような音が辺り一面に響き渡り、奇妙な熱気を帯びた風が渦を巻いている。
「怯むな!進め!戦え!」
木霊する声は何度も張り上げられた所為で掠れ、それでも尚仲間を鼓舞する為に喉を嗄らして叫んでいた。
銃など必要なかったが、クラルスのメンバー全員に配られたので有難く頂戴しておく。流石に授かった力を無尽蔵に使うことは憚られるので、アキラは銃弾の降り注ぐ中でそっと耳を澄ませて風を読みながら道を切り開く頭首の背中を追って先へと進んでいた。
陸軍基地は広大な敷地をフェンスで厳重に囲っている。第八区側に演習所がありそこは頻繁に見回りと兵が配置され、侵入者を阻むための警報も設置されていた。
タスクは今回の作戦に参加しているクラルスの人員の半分をそこへあて、自身は残りの半数を率いて第七区の工場地帯側からの攻撃を開始した。基地攻めに参加していないメンバーにアジトと第八区の護りを任せて頭首自らが行う作戦は大規模で大胆な物になった。
「桁外れだ」
感心してしまうほどの戦闘力に流石のアキラも舌を巻く。昔は掃除師と呼ばれ、首領自治区で裏切り者を粛清し畏れられていた男が今やこうして反乱軍の頭首として頭角を現すと誰が予想できたか。
曲刀を操り銃に立ち向かう姿は鬼気迫り、返り血を浴びて身に纏う麻のゆったりとした上衣に赤黒い染みを作って行く。
軍の兵士は銃弾を恐れもせずに駆けてくる姿に慄き、矢鱈に引き金を引くが狙いの甘い弾など悪そるに足らず。
嘲笑と共に軽やかに戦場を駆け、後方から押し上げてくる仲間の道作りを難なくやってのける。
確たる自信と、己の中に流れる血に対する誇り。
それがタスクの強みだ。
彼の母親は南から流れ着いた移民だった。女だてらに武闘の達人で、その気高く美しい容姿に惹かれ多くの男が寝台を共にした。腹に宿った子供の父親は何処の誰かも解らないが、女の特徴を色濃く受け継いで幼い頃からその類い稀な武術の才能を開花させていた。
独特な戦い方は母親の出身である部族特有の物で、それを習得する中で己の中の血筋や性質や本能といった自己同一性を確かな物にしたらしい。
戦うことでのみ輝く自分の能力と、自由奔放さからくる魅力を武器にタスクは今の立場を手に入れた。
彼もまた手段のひとつに過ぎない。
「オレを殺したけりゃ、拳銃捨てて剣を取れ!」
乾いた笑い声を上げながら斬り伏せていくタスクに軍の兵士は押され気味で、撃ちこむ弾が当たらないと覚ると悲鳴を上げて逃げ惑った。
勿論どんなにタスクの反射神経が良かろうとも、全ての銃弾を避けきることは不可能であり、流れ弾が当たる確率も少なからずある。そのどれもが彼にかすりもしないのはアキラの力があってのことだった。
風を集め、従わせるのではなく共にあれと寄り添って操る。
アキラに異能の力があることがばれては困るので、誰にも疑われないように揮うことに細心の注意を払っているが今の所は誰にも気づかれてはいない。
それはひとえにタスクの尋常では無い強さに助けられているからだ。
弾が当たらぬように細工をしても、普段から銃を恐れず戦う男だからこそ味方は疑うどころか更に彼の神技を崇め信奉者を増やしていくことになった。
好都合だ。
アキラたちにとってタスクという存在を見出すことができたことは僥倖だった。神秘の力を持たずとも己の力で戦い抜くことができる男の強靭さと眩いばかりの輝きは、国に不満があるわけでも思想に共感しているわけでも無く、ただ反乱軍に席を置いているだけのアキラにも少なからず希望と高揚をもたらしてくれる。
面白い男だ。
タスクは自らが抱え込んでいるアキラが不穏分子だと認識しながら好んで連れ回している。敵では無く、裏切らないのなら別に同じ志を持たぬ者でも傍に置くことを拒まない懐の深さはこの国の人間にはない特別な資質だった。
スィール国は保守的で排他的な性質の強い人種だ。
だからこそ富裕層のカルディア地区、圧政に苦しんでも変革を望まない
生真面目さと堅物な国民性は耐えることを美徳とし、そして一部の富裕層だけが優越感と権利を貪っているのだ。
愚かなり。
下が耐えるからこそ、上は欲深くなるのだ。
五十年前の戦争で南の国からの侵略には勝利したが、それによって領土の半分は人の住めぬ土地となり、水は汚れ、空気は毒となった。海は死に、そして人もまた寿命を短くした。
その時に立ち上がれば良かっただけのこと。
軍国主義からの脱却を。
総統の失脚を。
叫び、訴え、戦えば民人は勝てたはず。
願えば五十年前に革命は叶えられた。
「それもまた運命か」
半世紀前までは人々の寿命は七十歳だったが、今では五十歳まで生きられれば天寿を全うしたと言われる時代になった。戦後産まれた赤ん坊が死ぬまでの時間をかけて国民が漸く目を覚まし、国を批判し始めたのだ。
「次は成る」
安心しろとは言えぬ。
革命が成就した暁には新たな時代が幕を開けるのだ。
「そこにあるのは」
タスクではない。
屍と血で汚れた通路を進んでアキラは微かに笑みを浮かべる。全てを彼女へと捧げるために自分たちは動いているのだ。
世界を天へと解放し、海へと還るために。
猛然と戦い進むタスクは基地の最深部へと到達しようとしていた。あまりにも簡単に巨大な基地が落ちようとしていることに拍子抜けしながらも、我々が力を貸しているのだから当然かと納得する。
全てが思い通り。
粛々と。
密やかに――。
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