エピソード45 思惑に踊らされる


 一年ぶりに帰ってきた自分の部屋は毎日掃除され、いつ戻ってもすぐに使えるように管理されていた。窓辺から見える手入れの行き届いた庭も、屋敷の塀の向こうに広がる景色もなにひとつ変わらずそこにあった。

 カルディアと統制地区を隔てる高い壁も、この部屋からは遠く霞んで見える。

「ホタル様、お湯の準備ができました」

 その声に振り向けば、お仕着せの制服を着た女性が寝室奥にあるバスルームの入り口で頭を垂れて立っていた。

「……ありがとう」

「いいえ。他に御用は?」

「ないよ。少し休みたいから、ひとりにしてくれる?」

「かしこまりました。なにかありましたら、お声かけください」

 深く頭を下げて部屋を辞して行く女の気配が消えるまで、ホタルはじっとその場から動かなかった。女は寝室の隣にある居屋の窓を開けて新しい空気を入れてから出て行ったようだ。

 扉の閉まる音が聞こえて漸くほっと息を吐く。

 淡い水色の壁紙と濃茶の柱の色に合わせてクローゼットは木目のしっかりと出たオーク材で作られており、ベッドサイドに置かれているチェストも同じ材質の物でできている。

 繊細な金具がついていて、元々は母の持ち物だったのをホタルが譲ってもらって使っていた。手で天板を触れると無垢の木ならではの硬さと柔らかさを持ち合わせた感触がする。

 母の顔を思い出そうとしても時の流れとは残酷な物で、どんな声だったのかさえ確かな物として蘇ってはこなかった。

 そのことをホタルは申し訳なく思う。

 年長者の自分が覚えていないのだから、妹や弟はもっと母の記憶を失っている。


 特にヒビキは母の愛も、温もりも知らずに育っているのだ。

 不憫だと思う。


 周りに気を使って微笑んで健気に振る舞うヒビキの姿は優しさと思いやりに溢れている。

 自分たちはまだ母から注がれた愛情と眼差しを肌で感じて育ち、例え忘れてしまったとしても感覚は刻まれそのことが支えとなり自信となっていた。

 だがヒビキは母の腕に抱かれて眠る安らぎも、耳元で優しく名を呼ぶ声も、母の笑顔も、生まれ落ちた時から与えられないまま幼少期を過ごしたのだ。妹がなにを心の支えにして自我を育てて来たのかホタルには考えも及ばない。

 見る限りでは愛情に飢えた寂しい少女には見えないが、きっと兄や姉が知らない所で涙を流していたに違いないのに。

「僕は兄らしいこと等なにひとつしてあげられていないんだな」

 ホタルが父から逃げて研究に没頭している間にヒビキは十四の誕生日を迎えていた。きっと怯えながら、その日を迎えたに違いないのに。

 今更後悔して妹の誕生日の日にどこでなにをしていたのかと記憶を辿った所で無意味だ。その日に戻ってやりなおすことなど出来ないのだから。

 頭を振ってホタルは着替えをチェストから出すとバスルームへと向かう。清潔感漂う真っ白なタイルに、陶器のバスタブ。真鍮の蛇口とシャワーヘッドは水仙の花の形をしている。

 湯から仄かに漂うジャスミンの匂いに懐かしさを覚えるが、統制地区での生活が馴染んでしまっているホタルには鼻に着く感じがした。

 たっぷりと張られた湯とボディーソープ、そしてシャンプーやコンディショナーだけでなく、用意されているタオルとマットの上等さも全て富裕者の利己主義を見せつけられているようで気分が悪い。

「それこそ、傲慢だな」

 家を出るまではそれが普通で当たり前だったのだ。普通の人達の生活水準を知らずにいたホタルは好きな時に湯を浴び、腹いっぱいに食事をして、柔らかで清潔なベッドで眠り、洗濯してアイロンまでかけられた服を着ていた。学校へと車で通い、当然の権利のように学び、帰りも車で迎えに来てもらって。


 護られていたのだ。

 そして恵まれていた。


 そのことに気付いた途端に今まで享受していた豊かさを嫌悪しても遅い。

「僕はいつも、気付くのが遅いんだ」

 致命的なまでに。

 アゲハのことも、そしてヒビキのことも。

「兄失格だな、ほんとに」

 愚痴った所で現状は変わらない。ホタルは後ろ向きな考えを振い落すと急いで服を脱ぎ捨てて、冷める前に汚れを落とそうと身体に湯をかけた。





 トントントン――。


 遠くでなにかを叩く音が聞こえた。

 風が髪と頬を撫でて通り過ぎて行く。身動ぎをすると指先にリネンのさらりとした感触がして、洗剤の良い香りが頭を包む枕から匂う。


 トントントン――。


 さっきより強い音で叩かれ、ホタルはゆっくりと目蓋を押し上げた。真っ白な天井に鈴蘭の形をしたガラスシェードが並んでいるのが目に入り、自分が何故実家にいるのか解らずに一瞬混乱する。

 上半身を起こすと眠る前に開けた窓から肌寒い風が吹き込み身震いした。部屋は薄闇に包まれ、空には星が輝いている。

 まるで今まで夢を見ていたのではないかと思える程に、ここは変わらず静かだった。


 トントントン――。


 くぐもって聞こえる音は居室の扉の方を誰かが叩いているようで、応答があるまでは根気強く繰り返されるのだろうと思われた。

 ホタルはベッドから足を降ろして立ち上がり、寝室の扉へと向かおうとして歩を止める。踵を返してバスルームへと向かうと脱いだ服と靴がそのまま置いてあり、それをみれば今日あったことも今までのことも現実のことだったのだと解る。

 ゲート前に集まった人々の興奮した熱気と共に噴き上がる、今まで積もり積もった不満がうねりを帯びてホタルを翻弄し否応なく飲み込んだ力。ひとつの意志により団結した集団の中で抗うことなど簡単には出来ないのだと思い知る。

 そして人々の中にある国に対する不平や不満が限界までに高まっていることも。

 切っ掛けさえあればそれは途端に噴出し、強固な反国の意志を持って牙を剥くことが証明された。

 それは侮れぬ脅威であることはこの事件を機に国は認識を改めることになるだろう。

 そして。

 あの混乱の中、国民の前に威圧感を持って聳え立つ象徴として存在する壁に果敢に侵入して行ったタキの後ろ姿。

 その背に迷いなど無く、強い決意を抱いて銃弾の飛び交う中を走り抜けて行った。

 タキは諦めず連れ去られたシオを救出しようと行動し、戦っていた。追いかけて行って手伝うこともできず、ただ外で見守ることしかできなかったホタルには彼の強さが心底羨ましかった。

 自分がもしタキと同じ立場になった時に、命を懸けてまで妹弟を助けようと動けるか甚だ疑問である。

 いつだって気づくのが遅く鈍いホタルにはそんな勇気も、行動力もありはしないだろう。

 だが例え手遅れであろうと、なにかしらの方法はある。

 胸を焦がす悩みも、自責で苦しむ悔いも、失う恐さも全て生きているから感じるものだ。生きていれば解決策を見出すことも、やり直すこともできる。諦めなければ前には進めるのだとタキたち兄妹を見て教えられたのだから。


 だからどんな絶望の淵に立たされても諦めないでいよう。


「まずはシオのことからなんとかしないと」

 連れ去られたシオは今どこにいるのか。


 トントントン――。


 何度目かのノックの音にホタルは寝室の扉を抜けて居室へと入る。本棚と暖炉のある部屋には大きな机とパソコンがあり、テレビとソファーまであった。部屋自体は広くは無いが、物が少ないのでそれなりに居心地はいい。

「はい」

 扉を開けるとそこに立っていたのは軍服姿の男だった。黒い髪と瞳の美男子で、怜悧な雰囲気を持つハモンは表情が乏しいこともあってなにを考えているのか解らない。

 今も無表情でホタルを見下ろし「おやすみの所申し訳ありません」と平坦な声で謝罪した。普通ならあれだけノックを続けて出なければ諦めるか、使用人を捕まえて中まで呼びに行ってもらうかするだろう。

 それを出て来るまで扉を叩くのだから気が長いと言うか、融通が聞かないと言うか。

「ナノリ様が書斎にお通しするようにと」

「……父が」

「あまり長くはこちらに滞在できませんので」

 言外に急げと臭わされてホタルは面食らったが、首肯し歩き出したハモンの後ろをついて行く。

 姿勢の良い後ろ姿は無駄な脂肪や隙が無く、全体的にほっそりとしており機敏さはあっても戦うことに特化はしていないように見える。参謀部に所属する者の多くは智謀に優れた頭脳派であって、武闘派では無い。戦う能力よりも情報分析や、知恵を生かした巧みな謀略で戦況を有利に導く技術を必要としているのでそれでいいのだろう。

 廊下を無言のまま進み最上階にあるナノリの書斎へと向かうために階段を上る。

 できれば会いたくは無かったが、父の呼び出しに否と答える選択肢は始めから用意されてはいない。

 父が書斎に来いといえばそこへと赴き、顔を会わせて短いながらも会話を交わさなければならなかった。


 気が重い。


 統制地区の治安悪化を理由にアパートを引き払って屋敷へと戻れと言われるのだろうと予測はしているが、アゲハのことを考えると部屋の解約だけはなんとか阻止せねばならない。

 しかし帰る予定の無い部屋に家賃を払うことを了承させるにはなにかそれらしい理由付けが必要となるが妙案は浮かばなかった。

「ホタル様をお連れ致しました」

 颯爽と歩くハモンの足取りに合わせて進んでいたら、あっという間に書斎の前へと辿り着いていた。焦った所でどうしようもないのでホタルは腹を括って開かれた扉の中へと足を踏み入れる。

 父の書斎は細長く、両サイドに天井までの本棚が並び、そこに隙間なく本の背表紙が並べられる景色はまるで押し潰されてしまいそうな程に圧迫感があった。革張りの背もたれの高い椅子にゆったりと腰かけた父の姿は久しぶりに会うというのに、再会を喜んでいるような雰囲気はまったくない。

 それはお互い様なのだが、呼びつけておいてなにしにきたのかと言わんばかりの鋭い瞳を注いでくるのだから堪らない。

 険しい目元と年相応に刻まれた皺はナノリの容貌を一際冷酷そうに見せる。厳しい表情を浮かべているが多いことからも、ホタルの中の苦手意識が拭い去られることはない。

 父はおどおどとした人間が嫌いで、子供たちが自分を見て怯えることに強い嫌悪感を顕にすることが多かった。その態度や言葉が更にホタルたちに恐れの気持ちを植え付けていたのだが、それを軟弱だと叱り追い詰める。

 必死で恐怖を押し殺し父の前では硬い表情で受け答えすることを覚えていったが、結局そうすることで壁ができ互いに歩み寄ることも解り合うことも出来ないまま成長してしまった。

 防衛大学へは行かないとホタルが告げた時に、父は失望と苛立ちを隠しもせずに、思い通りにはならない息子をまるで他人を見るかのような目で眺めた。

 職場ではナノリの思惑から外れる人間も、予想のできない事象もないのだろう。

 そんな父がささやかな反抗を示した我が子への腹立たしさと、血を分けた息子の意識を掌握できないもどかしさに感情を荒ぶらせホタルの頬を殴打した。力任せに殴られたホタルは床に倒れ束の間意識を失ったが、くらくらする頭と霞む視界で父が血走った目で見下ろしていたのを覚えている。

 その時に父のホタルへの関心は失われたのだろう。


 アゲハの時と同じように。


 父はそれからホタルの存在を忘れたかのように干渉してこなくなった。普通の大学へと進むことを無言のまま容認されたことに罪悪感を抱いたホタルが、卒業後は父の希望に添えるようにするからと約束したことで一旦の決着はついたがそれ以後の親子の関係は良好とは言えない。

 それでもアパートを借りたいと頼んだ時も父は無言で応え、それを了承と判断しホタルは家を出た。

 父の稼ぎで大学へと通い、部屋を借りて生活している以上約束通り卒業後は黙って父の言いなりになる覚悟はしている。


 しているが、それは今では無い。


「父上、今なんと」

 耳にした突拍子もない言葉にホタルは青くなり、足元が大きく揺れるような衝撃を受けた。椅子に座るナノリは一度で理解できない息子の顔を軽蔑したように一瞥し、顎を振って腕を組んだ。

「何度も言わせるな。討伐隊を率いて革命軍を討て、といったのだ」

「何故、僕が」

 意味が解らない。

 ただの学生であるホタルが何故革命軍の討伐をしなければならないのか。国防大学に通い、優秀な能力と技術を備えているのならば解らなくも無い。しかしそれでも軍には経験を積んだ素晴らしい将校が沢山いるのだ。

 わざわざ学生を登用する意味も、利点も無いではないか。

 ホタルよりも相応しい人物は他にもいる。

「僕は学生です。軍の組織にも疎く、隊を統率する能力も経験も無い。戦い方の基本も知らないし、訓練も受けていません。そんな僕にできるわけが」

「総統閣下も了承済みだ。今更できぬとはいえん」

「総統閣下が!?」

 どういうことだ。

 どうしてそうなる。

 総統とは面識も無く、恐らく総統もホタルがどんな人間かを知らないだろう。となれば父が勝手にホタルを指名してそれを受け入れさせたに違いない。


 なんのために?


 父が決定したことについての理由やそうなる経緯について説明は成されない。父の中では絶対に動かせない答えの出ていることだとしても、凡人であるホタルには到底理解が及ばないというのに。

 きっと今回のことも父なりの方程式に則った結果ホタルを選んだのだろう。


 だが解せない。

 納得できない。


「彼らが革命を起こして奪われた権利を取り戻そうとしている理念に僕は少なからず共感を覚えます。そんな僕が反乱軍を討つなどできるわけがありません」

 なんとしてでもホタルは父を説得して無謀な命令を諦めてもらわなければならない。そのせいで絶縁されても構わないとまで思った。

 反乱軍と戦うということは、統制地区に住む一般人と戦うということと同義である。

 それはできない。

 したくない。

「奴らは国を乱す不届き者だ。善良なる民では無い。奪われたと主張する権利も理念も無知な民の支持を得るための手段に過ぎん。だからこそ無垢な民が危険な思想に染まる前に討たねばならんのだ。戦えと言っているのは護るべき国民では無く、反逆者たる罪人どもの集団だ」

 同じ国に不満を持つ国民を善良な民と犯罪者に分ける指標はどこにあるのだろうか。反発心が強いか弱いかぐらいの違いでしかなく、それを行動で示せるか否かで判断はできない。

 それでも父は無慈悲に彼らを選別する。

 容赦なく。

「僕は首領自治区へ行き、こういう国のあり方もあるのだと驚きました。共に意見を出しあい、尊重し、決めたことにはみなが従うという方法は理想的でした。統制地区の人たちもそれを望んでいるとしたら」

「できると思うか?」

 薄笑いしてナノリは息子を見た。率直な問いにホタルが戸惑いながら頷くと「愚か者め」と蔑まれる。

「お前はなにも解ってはいない。なにも見えてはいない。ただ表面だけを見ているから惑わされるのだ。いいか」

 首領自治区が上手く機能しているのは貪欲で抜け目のないリーダーが導き、狭い社会の中で取捨選択をしているからだ。

 劣悪な環境ではそもそも選択肢が少なく、意見を出しあうにしろそれぞれの思い描く未来像が一致しやすい。同じ方向を見ているという安心感と親近感は、結びつきを強くしていく。

 彼らはなにも無い所から築き上げてきたという自負と誇りにより一体感を得、少しでも現状が改善されれば満足することができる。

「あの汚染された地を誰も欲しがらないことが彼らの安全を保障しているともいえるが」

 首領自治区プリムスの成功の要因を上げてナノリは皮肉気な笑みを浮かべた。

 確かにあの地は死と隣り合わせの場所だ。毒を飲み、毒を喰らって生きているのに等しい生活である。

 それでも彼らの表情は明るく、それを選んだ自分たちの暮らしを喜びと共に受け入れていた。

「だが統制地区コントロールシティの人間に同じ社会を維持できるとは思えん。まず無理だろう」

 直ぐに崩壊して破滅へと向かうと予言する。

「国という物は明確な指導者がいて初めて機能する。特に新しい国ともなればその人物の手腕ひとつで良くもなれば悪くもなるだろう。最初に直面するのは食料確保だ。統制地区の抱える人口は約一千三百万人。その人数の口を養うことは難しいだろう。新しい統治者よりも総統閣下が治めていた時の方が良かったと直ぐに騒ぎ出す。統制地区の人間は国に護られていた期間が長く、指導者が変わることに慣れていない。現状に多少の不満があっても仕事と住む場所があり、食べる物に苦労しない最低限の生活を捨ててまで新しい国を求めてなどいないはず」

 深い嘆息の後で父はただ立ち尽くすホタルを見つめた。

 その目にはどんな感情も浮かんでいない。

「どうせ最後にはカルディアに助けを求めてくる。そうなった時に我々は裏切った民を受け入れることができると思うか?」

 戦争後に故郷を追われて助けを求めた人間を国がバリケードを築いて拒絶したように、きっと切り捨てるのだろう。

 カルディアに住む富裕層はみな統制地区の人間が死にゆく姿を笑って見ているような者たちだ。自分たちが護ってやっている下々の人間に情けをかけるとは思えない。

「そうならないために、お前が反乱軍を討て。統制地区の民が無知で無垢なうちに。それが彼らを救う唯一の道だ」

 父の強引な結論にホタルは嫌悪を覚えるが、このまま反乱軍が大きくなり革命を成功させた後の危険性は理解できた。

 だが必ずしもそうなると限ったわけでは無く、机上の空論でもある。

「僕は、」

 それでも血を流し、彼らの希望を打ち砕くことを自分がやらねばならないことには承服できない。

「お前が討伐隊を率いることを了承するならば、今後の身の振り方に一切口は出さないと約束しよう」

「――――!?」

「研究を続けようが、家に戻らず統制地区で暮らそうが好きにするがいい。家を継がんでも構わん」

 魅力的な言葉にホタルが固まると父は興味の無さそうな顔で「どうする」とだけ聞いてくる。鈍る思考を動かしてみるが、それでも戦うことを受け入れることは難しかった。

 弱々しく首を振り拒絶を示す。

 父が視線を逸らし「ならば大学も研究も諦めるんだな。アゲハの戸籍も抜いて北へと送る」事も無げに告げられた内容にホタルは慌てた。

「アゲハは、あなたの息子です!それを――」

「あれは家を捨てた人間だ。今まで戸籍をそのままにしてやっていただけでもありがたいと思え」

 父にとってアゲハですら交渉の手駒に過ぎないのだ。

 それが悔しくてホタルは歯軋りする。

 息子だから北へ行かせることは無いという甘い考えは捨てるべきだった。父は目的のためならば子供を利用する。


 アゲハを北へは行かせられない。


「……約束はちゃんと守って頂けるんですか」

「無論だ。その代わり反乱軍を必ず討ち取ってくることが条件だ」

 目を閉じてホタルは動揺を鎮めようと努力するが、跳ね上がる鼓動はどんどん加速し喧しいほどに脈打っている。

「ハモンをお前につける。良い報告を聞けることを楽しみにしている」

 勝手に切り上げて父は椅子から立ち上がるとホタルの横を通り過ぎて扉から出て行った。もう父の目にホタルは映っていない。

「どうして、こんなことに」

 瞠目したまま呟き、嘆いた所で決定事項は覆らない。

 父の思惑に踊らされることへの言いようのない不安にホタルは震えた。


 結局すべては父の思い通りに進むのだ。


 ホタルは自分が希望を失わず、どこまで諦めずに行動できるか思いを馳せその困難さに眩暈がした。


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