破の章4

「お話ついでに、デートしよっか。この不思議な空間の、誰にも邪魔されない最高のデートスポットで」



 彼女は俺にそう言った。

 例えばそれが本心でなければ、速攻断っていたことだろう。


 そうして望みを叶えられなかったら彼女がどうなっていたのか、というのは考えるだけ野暮なことだ。

 不可思議な現象の中で、不可思議な現象に巻き込まれるだけというのは分かりきったことだ。



「それならせめて、とびきり楽しい場所でとびきり楽しいことをしたかったな」

「本当に、君はそういうところがあるよね」



 呆れた、と言いたげな顔で見られても。



「こちとら一回の陰キャ男子なんですぅ。結衣みたいな陽キャ女子と関わっていいのは、物語の中だけなんですぅ」


「そんな返しをしてくる時点で、もう少し表舞台に立てる人間なんだって隠ししちゃってるけどね。それに……物語の中でしか関わっちゃいけないんだったら、好都合だよ」

 


————だってこれは君の物語なんだから。

———君が『物語』と評するもなのだから。

 


 なんで、と俺は思った。

 どうしてこの目の前の少女は何もかもを分かったような顔をしている?


 どうして俺が閉じ込めていたその言葉を、わざわざ口にする? 

 そんなことする必要はないじゃないか。



「確かに俺の人生を俺は『物語』だと思うよ。でも、それは現実じゃない」

「現実じゃなくてもいいんじゃない? だってこの空間なんて、私にとっては非現実なんだし」



 コンビニの扉が、音もなく開いた。

 どうにも、本当にこの空間は『俺と彼女』以外の音が消えた、それだけらしい。


 この間にも世界は正常に動いている。



「君は本当に何がやりたいんだ。君は、石井結衣は何を望んでこの場所にいる!?」



 言うと、彼女は優しげに微笑んで。

 それから、言いたくはなかったと言うように顔を伏せて俺に呟いた。



「セカイくん。いつから君は私がこの空間を作り出したと思っていたの?」

「はぁ?」





「まさか」






「まさか!!」






 

 ゾクリ、

 ゾクリゾクリ、


 ゾクリゾクリゾクリ————!! 



 

 いつから、一体いつから勘違いしていた?

 


 一体いつから、自分だけはそうならない。

 自分だけは特別なのだと勘違いしていた? 



 自分がこそ世界で最も特別じゃない人間であると言うことくらい、とっくのとうにわかりきっていたことのはずなのに。



「この空間は、人と関わりたくない俺自身が作り出した、ただの幻想だった?」

「少し違うよ。この空間は君自身が表面上で望んだことの誇張表現だ」

 


 

 ありえない。

 いいや、ありえないはずだった。

 一連の騒動の中心に俺がいることが当たり前になっていて、そのことに気が付かなかった?



「ここは、俺の周囲から見られたくないっていう願いが収束された到着点」

「それも違う。君のそれは、願いなんかじゃない。君の、呪いだ。君は自分の思いに呪われているんだよ」



 音が聞こえない。

 そのことに違和感を感じなかったのはそのせいか。


 あるいは、こうなるだろうと心の中で自分とは意識のかけ離れた自分は感じ取っていたのか。

 現実逃避気味の姿勢になったのは、なぜなのか。



「嘘だ」

「それを嘘だと言い続ける限りは、君はここから解放されないよ」


「嘘だ!」

「あの時から、そうやって逃げてきたんだよ。確かに彼女の言葉は君を呪ったのかも知れないけど————」



 

 最後に彼女は俺に向かってこう呟いた。

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