破の章3

「話をするって……何を?」



 話すことなんてあっただろうか。

 俺は、彼女ことをただのリア充としか見てなかったけど、彼女目線からしたら違うのだろうか。



「まず大前提の話をしようか。セカイ君、君は見た感じインキャぼっちくそ童貞だと思うんだけど、あってる?」


「まさか女子から童貞という言葉をいただけるとは……、ありがとうございます」


「セカイ君?」



 おおっと危ない。

 最初からいけない方向に話がシフトするところだった。


 ……いや、今のは彼女が悪い気がしないでもないけども。



「じゃぁ結衣。俺からしたお前はリア充クソビッチでOK?」


「ビッチじゃないし、私処女だし!?」


「処女宣言ありがとうございます!」



 おおっと危ない(二回目、以下略)。



「君と下ネタを話にきたわけじゃないんだけどね……」


「まぁ、そりゃそうだ。わざわざ下ネタ大会を開こうとするためにお前が俺をここに閉じ込めるはずがない」

 


 ドヤ顔で言い切ってみたが、実はそうでしたなんてオチだったら面白かった。

 ……面白かったのに、そんな変なオチをこの物語はつけてくれそうになかった。


 結衣が、真面目な顔に戻っていう。



「セカイ。私は君に表舞台に戻ってきてほしい」

「どうして」


「それが、————からの意思だからだよ」



 俺は知らず知らずのうちに、自分が目を見開いているということに気が付かなかった。

 気がついたときには結衣の声が聞こえてから数秒の時が流れていた。


 待て、お前は今なんといった?



「————。あぁ、そうか。君はこの名前を聞くことすら許してくれないのか」



「なん、で。今更あいつの名前が。それに、あいつは俺に人とあまり関わるな、って」



 ううん、と首が横に振られた。

 結衣がなんで彼女の名前を覚えているのか、なんてそんなことを聞こうとも思えなくなるくらいにその時の俺は動揺していた。



「彼女は君に心を閉ざしてほしくはなかったんだよ」

「……」


「彼女は君に人の心の奥底まで到達してほしくなかった。でもそれでも、君を今みたいな、なんの意味も持たずに生きるような人間にしてしまいたいわけじゃなかった」

 


 彼女は、君に『何かを探る』ような生き方をしてほしくはなかったんだよ、と結衣は言う。

 今更何を、と俺は返す。


 俺は俺の意思で、今の自分を形成したのだ。

 確かにそこに彼女という物語は存在したが、生きる意味を捨てたわけじゃない。



「お前に、何がわかるっていうんだ」


「わかるよ。少なくとも、私は彼女のことを覚えているから、君のことがよくわかる」

「どうしてあいつの話が出てくる。俺が俺でいることに何か問題でもあるっていうのか?」



 多少威嚇するような声になってしまったのはきっと仕方がない。



「君が君でいることに何か問題があるとはいってないじゃない」

「はぁ?」


「だから単純に、私は君とお話がしたいのよ。少なくとも他人とは全く異なる人生を歩んできた君をね」



 だから、それの意味が俺には理解できないんだ。

 話をしたからどうこうなるわけでもない問題について話していったいどうするんだ。


 それならばまだ、じゃんけんをしていた方が有益な時間を過ごすことができるのではないだろうか。



「むぅ。セカイ君は私と話をしたくないのかな?」


「ハハハ、こんなところで二人きりで話してたら、クラス中の男子から嫉妬を喰らいそうだな」


「何それ、ちょっとウケるかも」



 本人は御自覚ないようですが、本当にその可能性はあるのだよ。



「ただ話をしたいだけなら、こっちから質問してもいいか?」

「うん、どうぞどうぞ」


「どうして結衣は、俺のことをそんなに知っているんだ?」



 そう聞くと、彼女は少し考えるような仕草を見せた。

 そうして、パッと思いついたかのように、言う。



「君のことを元々知っていたから? ————とは、個人的な繋がりがあってね。それで君の話をよく聞いてたんだよ。あの時の彼女は最高に可愛かったなぁ……」


「えぇと。結衣さん?」



「ゴホンゴホン。と、とにかくそういうわけで君のことは以前から知ってたんだよ。どうして彼女と知り合いだったか、どうして彼女が消えたのに彼女の存在を覚えていられるのか。そこら辺はご愛嬌ということで」



 一番聞きたいところだよ、と言いたかったが彼女はその思考を読んだかのように、人差し指を口の前で立てた。

 本当に食いづらい人間だ。


 場の雰囲気を自分中心にすることに手慣れているという感じがする。

 カリスマ性のある人間、と言ってもいいだろう。



「それでね、この前その時の思い出を振り返っていたらね。ちょうど彼女がいなくなる前日、そのときにほら。これを見てよ」



 そうして俺の目の前に差し出されたのは、一枚の写真。

 数年前にいなくなった————の写真だった。


 その下には、昔一緒に買い物に行った時の写真。

 よくこんなの持っていたな、と思うくらいの何気ない写真。


 総勢十数枚が添付されていた。

 そうして最後には、こんなメッセージが。



『暁セカイくんにもしも出会うことがあったのならば、彼にこう伝えてください。今までありがとう。そして、ごめんなさい』


 と。


 なんの意味があるのかははっきりとはしないけども、彼女なりの世界への復讐なのだろうか。

 私はここにいたんだぞ、とそういう。



「それで、これを俺に見せたかったのか?」


 多分、声だけならいつも通りを保てていたはずだ。

 きっと。

 彼女に内心の動揺を悟られたりはしていないだろう。


 結衣という少女は、苦笑をこぼしながら言葉を紡いだ。

 

「うん。とりあえず第一目標はクリアかなぁ……。おいでよ、セカイ君。私と一緒に私の願いを叶えてよ」



 どうにも、ここからが本題らしい。

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