破の章

破の章1

 実は、俺が交通事故に遭ってからの話にはちょっとした続きがある。



 当時、交通事故にあった俺が目を覚したのは、もちろん病院のベットの上だった。

 打ちどころが悪かったら最悪死んでいたらしい、と医者に説明されている親に俺は頭が上がらなかったのを今でも鮮明に覚えている。


 綺麗な白に色取られた部屋にいるせいで、自分の傷が痛々しさを増したような気がした。

 違和感を感じたのは、その後退院した時のことだった。


 その頃友好関係の広かった俺は、クラスのほとんどの人間に心配された。

 その中で一人、少しだけ何か異質な気配を放っている人間がいたのだ。


 言葉にするには難しいが、例えるのならそう。

 折り紙の中に入っている金色の紙のような。



「なぁ、お前」



 どうしたんだ。

 と、そう声をかけたのは確か放課後だったはずだ。


 声をかけてやっと、その子は俺の方を振り向いた。



「どうしたって、どういうことかな?」



 その子……今となっては名前さえも思い出せない当時中のいい女の子だったが、その子が発した一言目はそんな感じの言葉だったはずだ。

 俺は、そのとき言葉に詰まったことも覚えている。



 ————雰囲気がいつもと違うから、なんてそんなこと信じてもらえるはずが。



「……い、いや。今日はなんだかちょっと調子が悪そうだったから、さ」

「あ、あはは。気がついちゃった? 実は昨日の夜あんまり眠れてなくてさ」



 いや、そんなふうには見えないけど、とそう思ったがその時の俺には、そういうことにすることで精一杯だった。

 だから、何も見えていなかったんだ、と取り返しのつかないことになってから気がついた。



「なぁ、セカイ。一緒にゲーセン行こうぜ!」

「おっけー。————も連れていっていいか?」

「いいね!」



「セーカイくん。今日発売のパック買いにいこうぜ!」

「急げ急げ! ————も早く来い!」



「セカイ、セカイ! お前の家に行っても?」

「全然OKだけど。————とサトシも誘っていいか?」

「————? サトシも来るなら、別のところにしようぜ」



「なぁ、ツカサ。最近————との付き合い悪くないか?」

「はぁ?」


 


 まぁ、だいたいそんな感じの会話を何回も何回も重ねたことだろう。

 そうしてある日、決定的な言葉を俺は聞いてしまった。




「なぁ、セカイ。————って誰のことだ?」


 


 まさか、って思ったね。

 そんなことがあり得るはずがない、とそう思ったね。


 そりゃぁ、ラノベの世界ならそんな展開もあり得たかもしれないけど、この世界はそんな創作物の中の世界とは違うのだから。

 でも、と確かな確証が俺の中を駆け巡った。



 ————もしもあのときに感じた違和感の正体がこれだったとだとしたら!



 あいつは、今日学校に来ていなかった。

 空席を見ても、誰もそれがおかしいものだと気がついていなかった。


 そうして初めて気がついた。

 俺以外の存在から、あいつの存在が抜け落ちていっているのだ、と。



「クソッ!」


 

 学校を早退して、俺はあいつを探した。

 家にはいなかった。


 そもそも、彼女の親が彼女のことを覚えていなかった。

 夕暮れ時まで、ただひたすらに俺は彼女を探すために走り回った。


 結局、彼女を見つけたのは、真っ赤に焼けた公園の中央で、だった。



「なぁ、お前」


 

 どうしたんだよ、と。

 あの人同じだけの言葉を同じように問いかけた。


 彼女は振り返ってこういった。



「セカイには関係のないことだよ」

「確かに関係ないのかもしれないけどさ。流石に、学校にはこようぜ?」



 授業について行けなくなるぞ、と茶化すようにいってみたが、返ってきたのはそんなの関係ないという言葉。



「どうして」


「私は今日消える。セカイも気がついているでしょう? 私は存在が消えてなくなっていってる」

「そんなバカなことがあり得るか! あっていいのは創作物の中だけ。俺たちの日常にそんなものは必要ねぇ!」



 おかしい。

 そんなことは絶対にあり得ない、とそう思っていたのだ。

 そう思っていたからこそ、俺は彼女の次の行動が理解できなかった。



「セカイ」



 名前を呼ばれると同時、彼女は至近距離まで迫ってきた。

 そうして。俺の頬に柔らかい感覚。



「————?」

「さよならセカイ」


「ちょ、おい。それはどういう!」

「どうか君が、もう人の心を受け入れようとしませんように」



 彼女はそういうと、まるで風に攫われたかのように消えてしまった。

 何が起きたかわからない。


 しかし彼女は消えてしまった。

 この日、俺は初めて誰かのことを本当に思って叫んだ。


 しかし、そんなに強い思いを抱いてもなお、彼女は戻ってこなかった。


 

 それなのに俺は、彼女の名前を思い出すことができなくなった。

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