二十一話 こちらと向こう

 華奢な身体、くりくりとした黒い瞳、ツインテールの黒髪は腰まで伸びており纏う雰囲気は落ち着いた少女である。

 その少女は蒼佑の膝の上に座り、彼に背中を預けた。久しぶりに会ったというのに随分と淡白であるが、彼にここまでベッタリとくっついたことは無い。

 それが彼女の感情を物語っていると言えよう。


「ソウスケ背もたれ、きもちぃ…」


 蒼佑の胸の温もりの心地良さに彼女は目を細めながらすやすやとし始めた。

 その可愛さたるや相当なもので、ここにいる全員が言葉を失った……というわけでもない。

 大半の人物は本当に言葉を失っているが、マハラに暮らしている数人は笑っている。

 強面こわもてであまり笑わないバレクトでさえ笑っていることからも、彼女のほんわかとした雰囲気が周りを癒していることが分かる。


「また会えてよかったよ、チュリカ」


「んー…」


 '' あの時 '' は蒼佑も体が小さく彼女と同じくらいの身長だったのだが、今ではすっかり追い越して椅子にされている。


 そんなチュリカという少女であるが、年齢不詳であり人間であるかも分からない。まぁここにいる皆からすると些細なことだが。

 そして、このマハラでは最強の魔法使いでありブレーンでもある。

 どれくらい魔法が使えるかというと、アシュリーどころか魔族であるグラットとグレッタをも凌ぐほど。

 その兄妹の名誉のために補足しておくと、決して彼女が魔法を使えない訳ではなく、もっというと上級魔族であるため魔族の中でも強い方である。……つまりチュリカが異常なだけだ。


 なぜ彼女がこれだけ強いのかと言うと、蒼佑らを召喚した魔法、ソレを作り出した者の子孫だからである。

 魔法を作るというのは当然簡単な事ではない。

 何かを打ち出す攻撃魔法であればともかく、それこそ '' 呼び出す '' となれば、その対象をどう決めるのかという条件、そしてそのための魔力はどこから持ってくるのかなど様々な要素を決めなければならない。

 感覚やイメージなどが大きく影響する都合上その辺りのセンスも問われ、そして試行錯誤する為の魔力もだが、この世界の様々な事柄をある程度理解する必要もある。

 当然 一介の人間ができる所業ではなく、その者も世界に名だたる大魔法使いであったとか。

 初代魔王を封印したのも同一人物である。


 そんな魔法使いの遠い子孫であるチュリカも当然すごい知識量と頭脳であり、またその欲もすごい。


「そーいえば、もう五年かぁ……そりゃソウスケもせーちょーするわけだ」


 彼の膝の上で振り返った彼女が蒼佑の頬をペタペタとさわりながらそう言った。

 時の流れを感じて納得しているが、その声は少し眠そうである。


「そうだな、つまらない五年だったよ。やっぱりこっちの方が俺に合ってる」


「んー…ならずっとこっちにいればいいよ」


 過去を思い出して疲れたような表情を浮かべた蒼佑を見て、チュリカはその頭を撫でながらそう言った。小さな身体だが器と包容力は大きい。


「わたしもみんなも、ソウスケに会えて嬉しい。それだけは分かって」


「ありがとう」


 そう言って笑う蒼佑、彼はその言葉が嬉しかった。向こうではあまりいい思いはしてこなかったから。

 もちろんいい事が全くなかった訳では無かったが、対する不幸があまりに理不尽だったのだ。

 当然心が疲れていた。

 こちらでも失恋したことも彼の心を疲弊させる要因になった。


 穏やかな空気が流れてしばらく、チュリカが蒼佑に質問を投げかけた。


「そういえば、ソウスケ達がいた場所はどうなっているの?」


「どう…というと?」


 彼はその質問の意図が分からず首を傾げた。

 チュリカのそれは技術的、社会的にどうなっているのかという質問。

 こちはでは魔法が存在しているためそれを軸に技術が発展している。加えて魔物、魔族らとの戦いが定期的に起こっていること。そしてこの大陸を囲む海があまりにも大きいこと。

 それらの理由ワケが向こうに比べて技術の発展を比較的遅らせているというのはあるのだが、それだけでは無かった。


「向こうでは電気ってのを使うものがあるのもそうだけど、一番大きいのはエーテルの存在じゃないかな?」


「エーテル?」


 改めて技術について質問したチュリカであるが、聞いた事のないワードに今度は彼女が首を傾げた。

 こちらに無く向こうにあるのはそれである。

 魔力はなく そのエーテルというエネルギー物質か空気中に存在しており、向こう側の人類はそれらを利用する形で様々な機械を開発していた。


 車、飛行機、家電やその他機械など、全ての物が少しでもエーテルを使って稼働している。

 エーテルを使うと大きな電力を生み出せる。それは蒼佑たち向こう側の人間にとって常識であった。

 ざっくりではあるものの、蒼佑はチュリカにそう説明した。


「むむむ、もっとこっち側にも時間があれば…」


 '' 時間 '' それは争いにかかる時間をもっと技術改革の為の時間に変えられればということ。

 約百年毎に行われる対魔族との戦争が、そういった新たな技術の開発の為の時間を阻害していた。


 もっと言えば今回の戦争は完全にイレギュラーである。

 

 エーテルという物質がこちら側に存在していない以上、向こうに比べて技術は劣ってしまう部分があるのかもしれない。

 しかしそれでも、便利な道具を少しでも作れれば……そんな願いもある。

 ただその為に時間を割く人々も少ないというのが現状ではあるが。


 向こうならではの話にチュリカは胸を踊らせていた。

 本当は五年前に蒼佑とその話をしたかったのだが、その時は時間がなくその機会が失われていた。だからこそチュリカは、その時の無念を晴らすかの如く彼から様々な話を聞くのであった。

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