二十話 独立地帯・マハラ
オラトリアから船に乗り、船旅を終えてペストルにて下船した
ちなみにフラシア王国を中心と見るならば、その北西にイルギシュ帝国があり、フラシアの南にはペストルと海洋、東の果てには魔族達の国がある。
西には巨大な森があり、その先にもいくつかの国々が広がっている。
北には山脈が存在している。北の果てにはそのまま海に面しており、そこから更に北に行くと別の大陸が存在しているらしい。
そこには魔法が存在しない文化があると
それはそれとして、今 蒼佑らは東に向かっているわけであるが、別に魔族の領土に入ろうというわけではない。
彼らが向かうのは、多数の種族が暮らす独立地帯…マハラと呼ばれる集落である。
集落といってもそれは五年前の話、今では更なる発展を遂げており、それは街と呼べる代物であった。
「止まれ!」
馬車を走らせる蒼佑一行にそう言ったのは魔族であった。
赤い髪を肩まで伸ばした男の魔族である、彼は警戒心を
「ここから先がどういう場所か分かっているのかは知らないが、あまり見慣れない者をおいそれと入れる訳にはいかん」
ここは森の入り口である。
メリーナの眼前には鬱蒼と木が生い茂っており、その木々の上からは殺気の孕んだ視線が幾つも感じられた。
もちろん目の前の魔族からもそうであり、彼女は固唾を飲む他なかった。
「見慣れないだなんて悲しいこと言うなよ、グラット」
馬車の中から聞こえたその声は蒼佑のものである、彼はゆっくりと馬車から降りてグラットと呼んだ魔族へと近付く。
「なぜ俺の名前を知っている、お前は……」
そう言って言葉を止めたグラットが蒼佑の顔を見るなり徐々に目を見開かせた。
その手が拳を握り、肩を震わせる。
「忘れたか?あの時俺を助けてくれただろ」
「……いや、助けられたのは俺だ……ソウスケ」
なにやら意味深な言葉を交わしている二人だが、その間には確かに穏和な空気が流れていた。
蒼佑が手を差し出すと、グラットはその手をガシッと握った。
「ソウスケだぁぁぁ!」
「ぐぅへっ!」
蒼佑の名を呼びながら彼に抱きついたのはグラットの妹である。彼女はグレッタという。
この魔族の兄妹は蒼佑らを通じて人間と争わない道を見つけた者らである。
このマハラにとって彼らは重要な存在である。
グレッタは蒼佑の胸に飛び込むなり目に涙を浮かべながら彼に頬ずりをしているが、その蒼佑はというと抱きつかれた衝撃で少し青ざめた表情をしている。
「ひっ久しぶりだなグレッタ……次からは手加減をたのむ……」
「あっごめん」
争っていないとはいえ彼女は魔族である、パワーは人間を遥かに凌駕しているため人間である蒼佑には酷な衝撃だった。
それに気付いたグレッタは彼の頭を優しく抱きしめ よしよしと撫でている。鼻の下を伸ばして。
「しかし、いなくなったと聞いたが?」
腰を下ろしながら蒼佑に問いかけたのは兄のグラット、その声は穏やかで気を許している事が窺える。
もちろんロックもサラもバレットもここでは知られており、それはここにいないアシュリーも同様である。
メリーナは知られていないものの彼らの仲間であるため もれなく歓迎されている。
「あぁ、話せば長くなる……って訳でもないが」
蒼佑はそう言ってここに来た理由を話し始めた。
やはりというか、グラットを含めたメンバーは彼の話を聞いて不愉快である表情を隠さなかった。むしろ帝国に大して敵意さえ抱く者もいる。
「やっぱり帝国は早々に潰れればいい、もはやグラシアの時の威光は朽ち果てた」
そう言ったのは老齢の戦士。
しゃがれた声をした老爺ではあるが彼から感じられる圧は確かに歴戦の猛者であった。
彼の家系は代々イルギシュ帝国に仕えていたが、五年前に現皇帝が下した判断によって帝国に仕える価値無しと帝国将軍を引退した者である。
彼の名はバレクト、姓は捨てたらしくその呼びを知るものはいない。
彼の言ったグラシアというのは、かつての帝国の名である。
初代魔王の軍勢との戦いに勝利し魔王を封印したとされる帝国。初代皇帝は名君であったとされ、数々の優秀な部下たちと共に帝国を盛り上げた。
しかし今までの帝国の歴史の中で皇族のアレコレが変わったため今ではイルギシュと名乗っているらしい。
「随分と恨むじゃないか。アンタ、あそこで長くやってきたんじゃないのかい?」
「それは過去の話、こうも愚かな皇帝が支配していては皇族の恥だ」
彼の表情には落胆の色が見える。
そんな彼に声をかけたのは獣人族の女性、美人な見た目とは裏腹にバレクトとほぼ同齢である。
パッと見美人な奥さんにしか見えないし、実際かなりモテる。
中身はバレクトの女性版とも言える、違うのは種族と出身だけだ。
「結局、その勇者たちとはどうするんだ?やっぱり戦うのか?」
「いや、できればそれはしたくない」
蒼佑を心配そうに見ていたグラットだが彼の答えに安堵の表情を浮かべる。
そう話していると、とある少女がやってきた。
「やっぱりソウスケだ、おひさ〜」
その少女は軽いノリで蒼佑に手を振った。
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