本編・勇者たちの出立

七話 出発した勇者たち

 帝国を発ってしばらく、幸多こうた夢愛ゆめ紅美くれみ、そして元帝国騎士団長のグリエラの四人は先代勇者パーティのメンバーに協力を要請するために馬車で走っていた。

 しかし帝国で得た情報によると、帝国在住だったメンバーの一人は先日、とある少年に連れていかれたようで会うことは叶わなかった。

 次に向かうはフラシア王国の辺境町、オルスである。そこにも先代勇者パーティのメンバーがいるらしい。


「次は見つかるといいですね、幸多殿」


「そうですね…グリエラさんはもちろん、俺は勇者なので戦えますが、正直 明海さんと真木さんが心配です。まだ魔法がある程度使えるようになったくらいなので、少しでも戦える人達に力を貸して貰わないと…魔族との戦いでどうなるか分かりません。それに蒼佑そうすけも行方不明だ、必ず見つけないと…」


「そう、蒼佑だよ…まだ私の気持ちちゃんと伝えれてないんだもん、すれ違ったままなんて嫌だよ……」


 蒼佑に会いたいと思う二人と彼に会いたくないと思う二人。


 紅美にとっては彼は邪魔者であり、夢愛と蒼佑が付き合うのではなく、幸多の方が付き合うべきだと思っていた。

 その為に夢愛と蒼佑の仲を引き裂く事に力を入れていた。

 また彼が現れて夢愛と幸多がくっつかないなど、彼女とっては我慢ならなかった。


 人気者同士である夢愛と幸多が想いあっているというのなら、自分が幸多に振られたのも仕方ないと思いたいがために。



 グリエラはもし彼と再開した時、一体どうすればいいのかと悩んでいた。

 蒼佑を殺すために向かった刺客はことごとく殺され、出発するまで彼を始末したという報告は終ぞ届くことはなかった。

 もし先代勇者パーティの一人が彼に連れられて行ったとしたら…大変な事態である。

 そしてグリエラは一つの恐るべき事態を想定していた。

 先代勇者パーティは帝国に訪れなかった。

 それは今の皇帝が力を貸そうとしなかった為である。

 その理由はあくまで、自腹を切って金儲けにならないような事をしたくないという余りにも短絡的な理由であった。その時からグリエラは今の皇帝に不信感を抱き続けている。


 勇者パーティが来ていないということは、少なくともこの国から出ていない者達は彼らの顔を知らない。

 しかし先代勇者の名前はソウスケという名前だった。同じ名前であることもそうだが、彼は城から逃げる時、魔法を使って壁を破壊していた。つまり魔法を覚えていたということであるが、そもそも空気中に漂う魔力を取り込むことが出来なければ、魔法は使えない。

 そして魔力を一度取り込めば、その生き物は微弱ながらも魔力を吸収し、放出するようになる……勇者を除いては。しかし彼はそれが見られなかった…。魔法が使える身でありながら魔力を感じないということは、意図的に魔力の動きをコントロールしているということだ。


 できないことは無いがかなり修行が必要であり、もはや達人の域である。


 たった三日四日の間 ''こちら'' にいただけの人間はその境地に至る事は不可能であり、それがつまり蒼佑が魔法使いとして凄まじい力を秘めてることになる。


 つまり、グリエラは蒼佑が先代勇者のソウスケであり、だからこそ帝国にいた勇者パーティの元メンバー、ロックなる者を連れて行ったのだとしたら彼はいずれ帝国、そしてグリエラにも刃を向ける可能性があると…そう予感した。


 先代勇者パーティと戦うことになれば被害は想定不可、それも勇者ソウスケは歴代でも最強だと謳われている。


 最悪、帝国壊滅もありうるだろうと思い彼女は嫌な汗が止まらなかった。


 そのため幸多に事情を話し間を取り持って貰うしかないと思っていたので、その事を話す機会を伺っている。



 幸多にとって蒼佑は中学の頃からよくつるんでいた良い友達だ。

 夢愛と蒼佑が付き合っていると知った時はとても嬉しい気持ちになり、幸多は自分も早く恋がしたいと思い心から二人を祝福していた。

 しかしいつしか蒼佑に対する悪い噂…蒼佑が夢愛にストーカーをしたり、暴言を吐いたりして精神的に追い詰めているという 噂が流れた。

 しかし誰も信じることはなかった…男子は。


 大半の女子は同じ性別であったこともあり彼女を擁護した……本当は理想のカップルを作りたかっただけだが。

 よりによって他ならぬ彼女の否定の言葉を信じることも無く、きっと脅されているんだと決めつけ、それがまた蒼佑を非難する事へと繋がっていく。信じたいものしか信じない愚か者達。


 それどころか、本当は幸多と夢愛が付き合っているという根も葉もない噂まで流れ始めた。


 そして誰かの嘘によって夢愛と幸多が二人で直接顔を合わせることになり、そこに他の女子達が現れて二人が付き合っていると言い出し、夢愛を幸多向けてに軽く押して、それによってバランスを崩した夢愛を幸多が受け止めた。

 間が悪い事にその場面、それも受け止めた瞬間を蒼佑が目の当たりにしてしまった。それが決定的となり、彼の心は完全に夢愛から離れてしまった。

 その誤解を一刻も早く解かなければいけないと同時に、この世界から早く帰るために、蒼佑の力が必要であり彼の存在は幸多にとっても心の支えに繋がる。


 幸多にとって蒼佑は大切な友人であるのだから。



 夢愛と蒼佑は幼馴染である。

 中学の頃に 蒼佑は二人の女子と付き合い、そして裏切られていた事を知って胸が痛くなった。

 蒼佑を好きだからこそその恋を応援していた、だがその結果は酷いものであり、だからこそ夢愛は蒼佑に告白した。

 せめてその心の傷を癒す為だけでもいい、例え振られることになってもいい、立ち直ってくれるならとそう思っていた。


『やっぱり私しかいないって、蒼佑にそんな酷いこと絶対しないよ。だから私にしちゃいなよ、幼馴染なんだし…ね?』


 もちろん蒼佑ははじめ、それを拒否していた。

 だがそれでも夢愛のアプローチが実を結び、幼馴染であったこともあり、元々近かった距離が更に縮まっていき果たして付き合うことになった。


 蒼佑の元カノ達曰く、どうやら二人とも彼の気を引く為に吐いた嘘が仇となり結果的に離れてしまったと言っていた。

 あまり感情を表面に出さくない彼に痺れをきらしたための嘘だったのだろうがそれが彼を深く傷付けた。

 後悔してるようだったがもう遅い、実際 蒼佑の気持ちはとっくに離れていた。

 だからこそそのわだちを踏まぬよう、好きだからこそ真っ直ぐに接しているつもりだった。

 しかし何処からか流れた、悪意に塗れたふざけた噂が流布され、また蒼佑を追い詰めていった。

 決定的に彼の心が夢愛から離れたのは、幸多に呼び出され、その幸多も夢愛自身から呼び出されたと告げたことで誰かが蒼佑を陥れようとしていることに気付いた。二人とも呼び出した心当たりがないのだから当然だ。

 そして幸多と二人で悩んでいる所に他の女子達が現れ、付き合っちゃえばいいと、お似合いだと好き勝手に言ってきた。お互いその気がないと告げていたが、皆はそれでも退かずに付き合えと言ってきて困っていた時、誰かが夢愛を幸多に向かって押してきた。

 その力は思いの外強く、バランスを崩した夢愛は幸多に受け止められたが、あろうことか蒼佑にその場面を見られてしまった。


 蒼佑から見れば、まるで夢愛は幸多に抱きしめられているようにしていて、周りの女子からも声援が上がるなど、彼からすると如何にも自分よりお似合いのカップルであった。


 明らかに仕組まれたような展開だった。

 蒼佑の誤解を解こうとしたが、それ以来まともに口を聞けないまま最後のチャンスも失われてしまった。


「今度こそ話を聞いて貰わないと…!」


 夢愛はそう呟いて胸の前でぎゅっと拳を作った。蒼佑とヨリを戻すために。


 ふと紅美がグリエラに話し掛ける。


「結局これからどーするんでしたっけ、グリエラさん?」


「これからフラシア王国の辺境町 オルスへ向かい、そこの領主に会った後 先代勇者パーティの一人を捜して力を貸して貰います。確かサポーターのサラという方だったはずです」


 グリエラの言葉に幸多の表情は少し暗くなる。


「ロックという人は居なかったみたいですし、そのサラという人に会えるといいけどな…」


「そうですね、今はまだ何とも」


 幸先は良くない。

 それにこのまま人が集まらなければかなり致命的である故、時間をかけてこれからのことを決めていくしかない。


 勇者パーティの旅はまだ始まったばかりだ。

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