第5話 匂いフェチ
高良は一人で先に登校したりしないので、高良の分の弁当箱が既にないということは、通学の支度を整えた高良が、まだどこかで何かをしていることを意味している。
まずは母屋の玄関だ。
京子の支度が遅れても、高良はそこで待っている。
そして大抵、京子が嫌がることをする。
板張りの廊下を踏み鳴らし、ずんずん進む。
おおよその見当はついている。
「高良!」
京子は視界に高良が入ると、怒鳴りつけた。
「……あっ、京子」
高良の肩がビクリと波打つ。
そしてバツが悪そうな、いたずらを見咎められたような顔をする。
玄関の上がり
自分の靴は後回しにでもしたのだろう。
京子の左足のローファーは、埃を払われ、革靴用のクリームを塗られ、絹の布で丁寧に手入れをされた痕跡がある。まるで専門職のような仕事だ。ピカピカだ。
そして右足の靴を手にした高良は、もうあとちょっとだったのにとでも言いたげに、眉尻を下げて笑っている。笑っているので、ぞっとする。
「あんた! 私の歯ブラシとか靴とか勝手に触るのやめてって、何度言ったらわかるのよ! 靴を磨くの、そんなに好きなら、そういうバイト探せばいいでしょう!」
京子は硬直している高良の手から右の靴を奪い取る。
取り返した靴の匂いを反射的に嗅いだのは、悪臭を高良に嗅がれたのではという危惧からだ。
すんと、鼻を鳴らしてしまった京子に、高良は朗らかに報告する。
「匂いなんてしてねえよ」
「私の靴を嗅ぐなって言ってるでしょうが!」
叫ぶなり、高良の背中を足蹴にした。
当然、高良は前のめりになり、玄関の冷たいタタキに蹴落とされていた。
「そういうフェチなら、ちゃんと彼女を作ってから、そっちの方で解消して! あんただったら、選り取り見取りの好き放題に選べるはずでしょ。毎回毎回私の靴で解消しないで!」
まるで下着を盗まれて、匂いを嗅がれたかのような、羞恥と怒りが爆発する。
タタキの上でよろよろと、体を起こした高良が肩越しに京子を見上げて、てへへと、笑う。
「だから何なの、その顔は!」
少しも懲りていない顔。
家には雑種の大型犬がいるのだが、家族の靴を噛んだり舐めたりするのが好きな性分。何度叱ってもやめられず、見つけられては怒鳴られる。
いまはその、ハヤトの顔にそっくりだ。
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