第2話 歯ブラシ問題

 食事のことは、金銭的にも互いの親同士で話がついているのなら、自分は口を挟めない。

 けれど、この時期。

 秋から冬にさしかかる頃。早食いの高良が京子より先に母屋の洗面所を使っている。


「高良! あんた、またそれ私の歯ブラシじゃん!」


 朝食を食べ終えて洗面所に行くと、また高良が京子の歯ブラシを使っている。

 それを見咎めた京子が吠え立てる。

 当人は肩越しに振り返り、クエスチョンマークが何個も頭の上に飛んでるような顔をする。

 口から歯ブラシを出し、束の間それを見つめてから、合点がいった顔になる。


「どうやったら間違えられるのよ! あんたのヘッドは青でしょう! 私のはピンク!」


 憤る京子に高良は手のひらを向け、ちょっと待ったの制止をかける。口をゆすぎ、歯ブラシを洗い、まじまじそれを見つめている。


「いい? ちゃんと見てよ。これはヘッドがピンクなの。どう見たってピンクでしょうが!」


「あー……、ごめん。悪い。どれが誰の歯ブラシとかって、あんま考えてないからさ」


「だったら、今から考えなさいよ! 何度言ったらわかるのよ! あんたは一人っ子で、お父さんもお母さんも、あんまり家にいないから、ピンとこないのかもしれないけど! あんたが使った歯ブラシなんて使えないわよ!」


「別に俺が使ったヤツでも、ちゃんと洗えば使えるじゃん」


 そんなに怒ることかとでも言いたげに、きょとんとしている。 

 病だ。

 これは、病の領域だ。


 離れの家の造りは古く、洗面所からは湯が出ない。

 それは可哀想だと悟った京子の両親は、湯も出る母屋の洗面所での身支度を許している。


 そして京子の母も、どちらかというと高良寄り。

 ヘッドのブラシがバサバサになっている物も新品も、ごちゃ混ぜにしてブラシ入れに立てている。捨てればいいのになぜか捨てない。まだ使えるからと言い張って、真新しい歯ブラシがありながら、なかなかそれには手をつけない。

 二人とも衛生観念に乏しいあたり、そちらの方が親子に思える。

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