第64話 シシート王 チコレート四世 御使いの日


「御使いの日、か」

 キリバライキ大陸が大きく揺れて、まばゆい14本の光の亀裂が地面から天へ伸びた。

 あの日から一夜が過ぎた。


 ここは、シシート王国。

 首都ゲッコウの中心地。幾つもの堀にかこまれた居城の一室だ。


 広間には巻紙が散らばり、水差しとさかずきが林となって並ぶ。

 部屋に陣取るのは、いつもの顔ぶれ。

 シシート王である自分と、宰相のスアトウ、国軍を統括とうかつするムバナだ。

 話す内容はもちろん〝アピュロンの御使い〟についてだ。


「チェスキームの荒れ野と、カルプトクルキトの大森林にあらわれたんだな。アピュロンの御使いたちは。それらは、まだ見つけられないままか……」


 ムバナの問いに宰相のスアトウが、書き付けをたぐる。


「はい。いまだに見つけられずにおります。ちなみに現在までにわかっているアピュロンの御使い件数は、逃した2件4名と、こちらがすでに捕縛した1件の2名のみとなります」


 報告するスアトウを含めて、だれもが苦りきった顔だ。

 重い雰囲気のなか、ムバナがシワ首を突きだしてはうなり、アピュロンの御使いの現状を確認する。


「近隣に出現した人数に、間違いはないよな? 他のは、パトロアかデ・グナが捕えたりしてないよな?」

「人数は確かだ。わが国のほかは、どの陣営もいまもって御使いを捕らえてはおらん」


 スアトウの答えを待つまでもない。私が答えてやった。

 取った情報に間違いはない。

 諜報の範囲や精度、そのいずれを比べても、この大陸にわが国を凌ぐ勢力はない。


「おいおい、計画通り、密偵みっていをまぎれこませたフズル砦に御使いは来たんだよな。捕らえたんだよな? それでなんで逃したよ」

「はい、捕らえて牢に拘束しました。しかしながら彼らの攻撃を受けて傭兵団は全滅。もはや捕獲は不可能だと判断。逃亡先のパトロアの都市、メアンへ新たな見張りを送り、現在も監視を継続中です」


 傭兵団を一晩で皆殺しとは酷い。

どんな戦力を持つものなのだ。

なんにせよ張った罠を食い破られたわけだ。


「予想どおりに、めちゃくちゃ強いな。アピュロンの御使いは」

「ワシらの国にきた者は、てんで弱かったけどな」

「別のヤツは、ラシナ氏族へ合流したとの報告だったな」


 メアンに3名。ラシナに1名か。


「それら2例は、格別に強いのだな」

「メアンの例は第四階梯の魔術を、もう片方は〝魔術食い〟を使いました。そのどちらの攻撃も魔力を用いてはいないとの報告が、なされています」

「あの伝説の魔術食いが実在したとはな……にわかには信じられん」


 ムバナが、書面をにぎりしめて見つめている。


「丸っきり伝説だぜ、誰も使えない魔術と魔術を無効にする能力だもんな。しかもそのどちらもが魔力を使っていないのだろう? デタラメなら良いのだが、おそらくは真実だろうな……カルプトクルキトの森には、今そんな化け物がいるのかよ」


 まったく驚くばかりだ。

 どこからもたらされたのだ、その技術は?

 御使いとはどこから来たのだ。

とうてい手に負えないぞ。あんなもの。


 無意識に眉間を揉む。また目がかすんでいる。

 もう歳だ。

 パトロアやデ・グナとの小競り合いにも、疲ればかりを感じる。


「わが国に捕らえたアピュロンの御使いは、いずれの者も銀の筒を出すだけしかできないと聞く。なぜ同じ御使いで、これほど能力に差があるのだ?」

「御使いには、色んな種類があるってことだな。そのクジ引きでワシらはハズレを引いたのさ」


 ムバナは笑うが、宰相に詳しく報告を求める。


「捕らえた御使いの出すその銀色の筒とは、なんだ? なにに使うものだ?」

「御使いは、食べ物を包装したものだと証言しています。しかし、確かめたところ、試しに食べた役人の、ほぼ全員が吐き戻したと記録されています」

「なんだぁそりゃ」

「な? ムバナ。呆れるだろ。ヤツらはそれしか出せないっていうのだ」


 御使いがウソをついているか、ヤツらもだまされたか。

 いずれしても、わが国の捕えたアピュロンの御使いは、なんの役にも立たないのだな。


「他国に先んじてアピュロンの御使いを手にしたと聞いたときは、私も小躍こおどりしたものだがな。とんだ期待外れか」

「空の手からモノを出すだけとはな。そんな手妻てづま、場末の芸人でもできるわい。笑えもしねぇわ」


 いつになく喉の乾きを覚えて、傍らの杯をあおる。

 薄荷水はっかすいだ。

 酒が欲しい気分だが。そんな場合でもない。

 本年の末にアピュロンの御使いがくると、古の予言にはあった。

 もしやと思い備えてもいたが、これほどの難事になるとはな。


「その場に正第三階梯以上の魔術師はいたのか? 敵は確かに報告にあった魔術を使ったのだな?」

「はい。報告は軍所属の魔術師から直接受けました」

「情報は確定かぁ。敵は第三階梯を苦もなく退けたというのは真実かよ。かつて対峙した魔術師とは比べようもないほどの高い技量なんだよな」


 現在の戦場では、魔術師の質と数が戦局を左右する。

 そのなかでも正第三階梯魔術師は最高の戦力だ。いまや各国がこぞって抱えこんでいる。


「最強の群勢を、たった一人で撤退させる魔術師など、聞いたことがないな」


 いや、いたか。いるな。パトロアにいる。

 ピンズノテーテドートだ。

 アイツがいたな。


「例の魔術王、くらいだろうな」

「王様もやっている最高の魔術師か。いたな、そういうヤツ」


 思わず大きなため息が漏れる。

 そのパトロアの王、世界最高の魔術師と同等の強さの者を4人も捕まえなきゃならんとはな。

 他人がそうしろと言えば、即座に〝できるかそんなもん!〟と、一喝いっかつできるが、自分はやらせる立場なのだ。頭が痛い。


 パトロアとデ・グナの動向を記した報告書へ目を戻すと、スアトウが報告を続ける。


「予言に従いパトロア教国は大円座の魔術群5000人をギトロツメルガ永久焔獄へ派遣しました。つき従う傭兵も5000人以上の規模です」

「5000ッ……か、パトロアにはそんなにも多くの魔術師がいたのか。これはもはや戦争ではないか」

「はい。宣戦布告こそなされてはおりませんが、状況はパトロア教国とラシナ氏族連合との戦争であると思われます」


 パトロアとラシナ氏族の全面戦争か。


「ラシナはギトロツメルガ永久焔獄を攻撃すべく各氏族が集まっていますが、現在は総勢で500人ほどかと思われます。また確認はされておりませんが、小石の魔女の参戦は確定的です」

「いったい、あの森でなにが起こっているのだ? なぜパトロアはあの森に住むラシナ人に固執するのだ? 辺境の少数民族など放っておいて構うまいに」


 ラシナも変だ。

 戦力差がありすぎるだろうに、なぜ逃げなかったのだ?

 考え始めると次々に疑問がく。

 パトロアとラシナの因縁は不可解すぎるのだ。


「パトロアは、初代ピンズノテーテドートのころからもう100年以上に渡って、あの民族の土地へ攻め入っている。それはなんのためだ? それとラシナ側はなぜ、ギトロツメルガ永久焔獄などという堅牢堅牢な建物を襲撃する?」

「わかりません。そもそもギトロツメルガ永久焔獄とはなんのための施設なのかも、いまだに判明しておりません」

「あの黒煙城こくえんじょうは、ワシも落とせる気がしねえよ。ましてやラシナじゃ、できっこねえだろうよ」


 ラシナが、そのムチャを通すほどのなにかが、あの地にはあるのか?

 ラシナも妙に、あのあたりの土地から離れようとはしない。

 両者の執着の理由がわからない。

 あの黒煙城によほどの財宝でもあるのか?


「150年前、パトロア王族の誰かがラシナに殺されたことが争いの始まりだと言う。だが、それは本当なのだろうか。いくらなんでも、確執の期間が長過ぎないか?」

「わが国ならそう考えます。ただしパトロアは不条理な宗教的教条を守る国ですから、私たちとは考え方そのものが違っている可能性もあります」


 通説が事実だとすると、信じ難い復讐心だ。ほとんど正気とは思えない。

 しかし本当に、そうなのだろうか?

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