第42話 登洞圭三 フズル砦の夕暮れ
視界の地図で見つけて、とりあえずの目的地にしていたフズル砦に着いた。
ここで異世界の情報や食料を仕入れたい。
金はあるんだ。異世界人から奪った硬貨だけどな。
「中へ入られよ」
芝居がかった身振りの男に招かれて、砦の門の脇に建つ石造りの家屋へ入る。
室内は────やたらと暗いな。ガラスの
嗅いだこともない類いの動物じみた体臭や
ヒゲから、すすめられるままデカい木の卓につく。
「この砦を預かるウダリだ」
「……登洞圭三、といいます」
「登洞健人」
ヒゲはこっちを見てニヤニヤしている。明らかに思惑があってオレらを招き入れたようだ。
これは、いよいよ気を抜けないぜ。
「昨夜の大雨で、道中は大変であったろう。よくぞここまでたどり着かれた。フズル同朋団は君たちを歓迎する」
「ありがたい。ありがたいです。ワタシら、はやく近くの街までいきたいです。道、教えてくれないですか?」
「ああ、もちろんだ」
卓上の素焼きの杯へ壺から白濁した液体が注がれる。トプトプという音が鳴る。
アルコールの匂いだ。おそらくは酒の類だろう。
しかし、どうにも危険な予感がする。この酒はパスだな。
「さあ旅人よ。まずは、わが砦の挨拶を受けてくれ」
「おっ、酒かよ、ありがてえ」
おい、健人。わかっているんだろうな。飲むフリだぞ。
目配せをしても、反応がない。ちょっと待て。おい。おいって。
「よき旅に」
「よき旅にッ!」
ウダリに続いて、健人がうまうまと酒を飲み干した。
おいおい。かんべんしてくれよ健人。ぜんぶ飲む気なのかよ。
「おい、タケ! おまえそれ……」
あーあ、健人のヤツ、とうとうぜんぶ飲んじまいやがった。
「え? ちょっと酸っぱいがそこそこ旨いぞ、この酒。アニキ、あれ、これまさかヤバい酒なのか……そうだな。ヤバい。身体が、痺れ……」
健人の上体が倒れ、卓に着いた手もズルズルと滑る。
悪い想像が当たったようだ。
「ヤ、バかった。悪ぃ、アニキ……」
「いつものことだろ?」
バカな半笑いを浮かべながら意識が飛んだ健人が床へ倒れる。
と同時にオレは手槍を持った男3人に囲まれた。
手際が良いね。こいつら追い剥ぎか?
この世界の、抵抗しないという意味のジェスチャーがなにかは知らないが、ともかく両手をあげる。
トボけた顔して近づいたウダリが、アゴヒゲをなでて笑っていやがる。
「入れたのは、死ぬほどの毒じゃない。わかるだろ? 手むかいなど、するなよ」
「もちろんだ、お手柔らかに頼む」
「相方を
笑顔でうなずく。もう言葉がよくわかっていないフリをする必要もない。
ウダリの手下に荷物や身につけた短剣を取りあげられた後、健人を担いで牢屋まで直行だ。もちろん手槍をオレへむけているヤツらも一緒にだ。
牢屋は門から建物に入った中庭にあった。石造りで木とタールで屋根が葺いてある小屋だ。
入り口脇に鐘が備えつけられた小ぶりな戸口をくぐり、
明かりが
そこには、石と木でできた粗末な牢が4つ並んでいて、奥の2つには、誰か入っているのが見える。
オレらは、入口近くの牢へ入れられた。
ん? どうやらここにも、先客がいるが、動かないな。寝ているのか?
「ここに入っていろ。騒ぐなよ」
ウダリの手下たちは扉に鍵をかけると、すぐに立ち去った。
牢のなかは6畳ほどの床に敷かれた
「はぁ。いかにもな牢屋だな」
あっけない。
わざわざ薬で眠らせて無力化しようとするのだから、即行で殺されはしないと思ったが、閉じこめただけか。
「オレらを生かしておくつもりらしいな。だがなぜだ? オレらを捕えてなんの得がある?」
間もなく健人の目が覚めた。
自動で健康状態を維持するしくみをアピュロン星人がオレたちに施していれば、毒を飲んでもかんたんには死なないとは思ったが、やはりなんともないようだ。健人は元から、ちょっとやそっとでは死なないくらいには身体が頑丈だしな。
ただし、すぐに死なない薬物は効くんだな。
覚醒とか脱力とか麻痺といった効果のある
軽い毒は、嗜好の範囲内ってことか。
アピュロン星人は、人間の性質がよくわかっているようだな。
「あーッ、あーチクショウ! やられたッ」
健人は目を覚ますと同時に、跳ね起きた。
無事だから良かった、と喜べるはずもないか。
でもな。いまさら怒っても、しかたないだろうよ。
「ちくしょうめ! まんまと
「まんまと、じゃねぇよ。初対面の、しかも武器を持たせた部下を周りに立たせているようなヤツから出された飲みものだぜ。警戒せずに飲むヤツが悪い。毒なら死んでいたぞ」
「だよな。でもなぁ酒だぜ? 卑怯すぎるぞ。オレに飲まないとかできなくね?」
「できれよ、タケ。頼むぜ。次は飲まねえようにしろ」
健人は服を叩き、ポケットを探り手の平をまじまじと見ている。
「探してもムダだぞ。荷物もなにもかもキレイさっぱり取りあげられたからな」
「うわぁ。身ぐるみ剥がれたかぁ。盗人の
きらびやかな指輪のなくなった指をかざして見ながら健人が吹きだし、しばらく笑う。
「あーあ。だけど、オレらを生かしておくなんて、バカなことをしたもんだぜ」
「ああ、そこは利口じゃなかったな。きっとヤツらは、これからたっぷり後悔するだろうぜ」
オレらを
牢なんて、なんでも切れるアピュロンのナイフで錠を切れば簡単に出られる。あのナイフはまだ持っている。異空間へ入れたままだからな。オレ以外の人間には取り上げる方法がない。
「今夜だな。アピュロン星人の改造したオレらの目玉なら暗闇も関係ねえ。さっさとやっちまおう。ここはカビ臭くて長居はごめんだぜ」
「なあアニキいますぐでも、いいんじゃねぇの?」
「かもしれねえが。まだ慎重にいくべきだと思う。異世界には魔法がある。バケモンみたいに強いヤツだっているかもしれねえ。臆病なくらいでちょうどいいんだ」
「そんなもんかね。オレは暴れられたら、それでいいや」
健人はさかんに、くしゃみをしている。
「ああ、借りは返すぜ」
「借りたら返すもんだからな。あのヒゲにはたっぷり利子つけて返済してやらなきゃなッ」
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