第28話 末吉末吉 パトロアの再襲来

 日本橋から異世界に来てすぐのオレを襲ったヤツらは、パトロアって国の兵隊だった。


 その国はラシナの人たちと戦争していて、敵の敵は味方って感じなのでラシナの人たちからは仲良くしてもらっている。


 この日もケガ人の介抱かいほうとかを手伝っていると、視界の隅の地図に近づく点がたくさん出る。

 ちなみに10キロメートル四方を表示させていたから、南南西8キロメートルくらい先だ。

 あー。表示がパトロアの軍勢とあるぞ。しつこいなあ。


「ウイシャ、谷のほうからまたパトロアの兵隊が来ている。もうかなり近い」

「わかるのか?」

「うん。オレは周囲の状況が詳しくわかるんだ」


 ウイシャがまたオレを真顔で見ている。

 なにかブツブツ言っては手を胸の前で摘んで横に引くジェスチャーもしているし。


「どうやらパトロアは、ラシナ氏族が予言の地に集まる前に叩くつもりのようだな」


 ウイシャの言葉に、みんなが移動の用意をはじめた。

 いま知り合ったばかりの外国人のオレが、見てもいない場所のようすをわかると言っているのに、疑わずに信じている。

 ありがたいけど心配にもなる。ラシナの人は、そうとうに素直な性質らしい。


「じゃあとりあえず、みんな逃げるんだな」

「ええ。せめて小石たびしの魔女と合流できていれば、まだあらがう手だてもあったでしょうが、いまは逃げるしかないですね」


 〝霧の魔女〟に続いて、今度は〝小石の魔女〟という人の話だ。この集団には、魔女が複数人いるようだ。


 洞窟の中にいると岩屋に雨が打ちつけられる音がやけに響く。

 外は激しい風雨だ。

 あたりを覆う雨や風の音を通して、ドンシャンドンシャンと、鳴り物が聞こえてきた。

 地図に映る像を拡大して見る。


「これって、敵の、パトロアの尖兵せんぺいだよな?」

「どうした、スエヨシ?」


 赤い外套がいとうに金糸銀糸の魔術師らしいのが3人。

 黒い外套の魔術師っぽいのは21人。

 周囲には甲冑姿のヤツらが57人


 視界の別窓に拡大表示されている敵兵の情報をウイシャに伝えていると、先頭の3人が手に持った棒みたいのを振った。

 たちまち光と音が弾けて轟音とともに崖が崩れた。いや崩したんだ。

 これがパトロアの魔術か。

 時を置かず、谷全体に響く声がする。魔術とかで声を大きくしているのだろうな。


『我らは、大円座だいえんざの魔術師である。ラシナは降伏せよ。さすれば命までは取らない。武器を捨て地にひれ伏せ』


 水煙と土煙がわだかまった雨のとばりのなかで、敵の声だけが響く。

 厳しい顔つきになったディゼットが敵へ歩みを進める。


威嚇いかくしているのです。大円座の魔術師が来たと知らしめて降伏をうながしているのです。戦いの前にパトロアがよくやる手口です」


 大円座の魔術師か。さぞ強いのだろう。知らんけど。


「私が足止めします。だが数が多いので、全員をしとめる前にこちらへ射たれた魔術までは防げないでしょう。スエヨシ様はラシナの皆を逃がす手伝いをしてくださいませんか?」

「いや。ここは任せてくれ。オレが防ぐよ」


 息をのんだ音がする。ディゼットや他のラシナの人がオレを見ている。

 なんだよ? 照れるじゃないか。


「なぜ関係のないあなたが戦うのですか? 失礼ながら、スエヨシ様は戦いに向いているような方には見えませんが……」

「だよな。そうだよな。向いてないよ。だけど、できるからしかたないだろ。なんか気づいたら戦う力を持たされていたんだよ。やるしかないと思う」


 指を宙でふる。自分の周りを界域指定する。やっぱり難しいな。大まかにしかできない。


「ディゼットがラシナのみんなを守ってくれよ。火の玉を防ぐのはオレがやる。逃げる時間くらいは稼ぐ。たぶん稼げると思う」

「相手はパトロア教国が誇る大円座の魔術師たちです。かなり厄介やっかいな相手ですよ。強力な魔術を放ちます。抗う方法があるのですか?」

「ある。そりゃオレは、殴りあいのケンカだって子どものころにしかやった記憶がない。大円座の魔術師というのが、なんなのかも知らない。だがアピュロン星人のツール・ユニットなら、みんなを守れるはずだ」


 ディゼットの顔が間延びしたかと思うと、くすりと笑った。なんだよ。


「失礼しました。スエヨシ様は戦いなど縁がないと思いこみ、至らぬことを申しました。余計な心配でしたね」

「ディゼットの言う通りだ。オレは戦いなんて縁がない人間だよ。たださ、顔には出ないらしいけど、オレは短気でさ。アイツらにやられっぱなしは、ガマンができないんだ」

「なんと。その性格で、よくいままで無事に生きてこられましたね」

「それは、よく言われる。ただ運が良かっただけなんじゃないかな」


 泥濘ぬかるみを走る音と子どもの泣いている声が近づいては遠ざかる。

 ウイシャが森の奥へ子どもらを連れていく。


「できるだけ遠くへ、逃げてくれよ。子どもが巻き添えになるのは嫌だからな」


 いままで日本ですごした人生で、あからさまな敵なんていなかったし、まして命をとりにくる相手とか想像できない。

 戦争なんて、経験したこともないから実感もない。


 だけどもオレは、敵を前にして怖いと思わないし緊張感もない。

 死ぬかもしれないというのに。心の動きに変わりがない。


 怖いという感覚がないとは知っていたけど、こんなにも平気だとは思っていなかった。

 自分の鈍感さには、ほんとうに驚くよ。


「いいか。かなわないと思ったら、すぐに逃げろ。大円座のヤツらは自分たちの正義のために死ぬ人間だ。まともに相手をするな」

「うん、わかった」


 大円座ね。子どもを殺そうとする正義など、あるもんか。やはりパトロアのやり方は好きになれない。

 護衛につくためにラシナの本隊へ行くディゼットが手を握る。


「スエヨシ様。ありがとうございます。でも絶対に死んではなりません、私もできるだけすぐに戻ります」


 ラシナのみんなは、かなり真剣な面差しだ。

 オレはどうも周りのラシナほどの悲壮感ひそうかんは持てない。

 生き残るには、アピュロン星人の科学力だけが頼りだけど、ストアには高度な魔術だろうと関係ない。消せるはずだ。


「じゃあ、行くかな」

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