#40 ついに悪魔の商人と対峙する

 シェイクが階段を上っていると、ラムが唸っていた。どうやら目を覚ましたらしい。

「おい、しっかりしろ。おい」

 シェイクは踊り場に一階降ろして、彼女の頬を叩いた。

 すると、ゆっくりと目を開けた。瞳はもう朱色に染まっていなかった。

「あれ?……シェイク? 死んだはずじゃあ」

「馬鹿を言うな。お前の方こそいつまでも目が覚めないからご遺族にどう説明しようか頭を悩ませていたんだ」

 シェイクはそう言って彼女を抱き起こした。ラムはまだボゥとしていたが、彼の支えでどうにか立ち上がった。

 彼はこれまでの経緯を説明すると、ラムは「あいつら……私をハメるためにわざと」と怒りの拳を壁にぶつけた。

「という事は、残るは悪魔の商人だけってことね」

「あぁ、そうだな」

 二人はそう頷いた時、「私を忘れてない?」と甲高い声が聞こえた。

 声は上の階から聞こえ、二人とも見上げたが、小さな塊が転がってきた。

「にげるぞ!」

 シェイクとラムは急いで下の階まで飛んだ。その瞬間、爆発が起こり、二人とも爆風に巻き込まれて壁に激突した。

「うっ」

「くっ」

 二人とも背中にダメージは負ったものの身体が機能しなくなるほどではなく、すぐに態勢を立て直すと、目の前にチャイナ服姿の女性が現れた。

「あぁ、そういえばあなたの存在をすっかり忘れていたわ……えーと、メン・マー?」

「メイ・リーよ! あなた、わざと間違えているでしょ?」

 メイはラムを睨むが、彼女は「あら、ごめんなさい」と呷るような口調で返した。

「シェイク、こいつは私が引き受けるから後は悪魔の商人をお願い」

「あぁ、大丈夫か?」

「えぇ。私を誰だと思ってるの? こんな奴、リハビリにもならないわ」

「……言ってくれるじゃない」

 彼女の煽りにメイは火が付いたのか、両方の袖を振ると細長い針みたいなのを出した。

「二度と日の目を見ないような顔にしてあげる」

 メイはそう言ってラムに飛びかかった。

 ヒラリとかわされるが、次々と刺しに行っていた。

 シェイクはこの隙を狙って、先に進んだ。


 ここは見張りの兵士も魔物もいなかった。まるで見棄てられたような城内にシェイクは本当に姫がいるのか、少しだけ不安になった。

 しかし、彼の長年培ってきた勘が、お姫様は最上階にいると訴えていた。

 周囲を警戒しながら階段を上り続け、無駄に長い廊下を進んでいくと、何メートルもある大扉の前に辿り着いた。

 シェイクは少しだけ開けて銃を左右に向けて問題ない事を確認すると、中に入った。

 ここはついさっきまで魔王が座っていた玉座があった。

 魔王の巨躯きょくに合わせているからか、何万人も入れそうなコンサートホール並の広さだった。

 あまりの広大さに若干呆気に取られていると、玉座の近くに不自然な牢屋が置いてあった。

 その中に人が収容されていた。彼の抜群な視力で目視すると、ルーナ姫が口元と両腕が縛られている状態が見えた。

 シェイクは周囲の警戒を怠らずに走った。

 あっという間に辿り着くと、シェイクはすぐに錠がぶら下がっているのを見つけ、「少し離れてろ」と言って銃弾で壊した。

 蹴りで錠を踏み潰して鉄格子を開けると、すぐに縄をほどいた。

「あ、あなたは……?」

「俺はあんたの父さんに頼まれた傭兵だ」

 シェイクはそう言って彼女を起き上がらせると、鉄格子を出た。

 周囲に誰もがいない事を確認すると、さっき入ってきた大扉の方まで走った。

「おや、どこに連れて行くんだい?」

 すると、背後から男の声がした。

 ルーナ姫はその声を聞いた瞬間、金縛りにあったかのように立ち止まっていた。

 シェイクは「チッ」と舌打ちをすると、「お前に用があって来たんだ」と振り返った。

 そこには悪魔の商人が中折れ帽を被り直していた。

 彼の血のような鋭い眼光にシェイクは本能的な反射で避けていた。

「うまいな。さすがだ」

 商人は手を叩いて称賛した。

「お前の目的はお姫様でも、この世界を支配することでもなく、金貨が目当てだろ?」

 シェイクにそう指摘すると、悪魔の商人は「そうだ」と返した。

「この世界では大昔みたいに金や銀を貨幣にしていた。もちろん報酬も紙や仮想上のものじゃなく本物の金をな……もしそれを元の世界に戻って売り捌いたら、一体どれだけの金が手に入ると思う? 想像するだけで興奮してくるよ!」

 悪魔の商人は饒舌に語ると、この大広間を轟かせるくらい笑った。

 その迫力にルーナ姫は震えていたが、シェイクの顔色が変わらなかった。

「残念だが、お前が札束に溺れる前に自分の血で溺死してもらう事になる」

「……ほう、そうか」

 しかし、悪魔の商人は彼に銃口を向けられても一切物怖じしなかった。

「だったら、こういう条件はどうだい? もしここで私を見逃して、元の世界に帰って換金したら報酬の半分をお前にやろう。そしたらこんな汚れ仕事をせずに愛する奥さんと犬と一緒に仲良く暮らせるぞ」

 しかし、悪魔の商人がその条件をかけた瞬間、彼の中折れ帽が発砲音と共に飛んで行ってしまった。

 ヒラリと浮上した帽子はクルクルと踊るように落ちていき、地面に着地した。

「……断る。俺にとってこの仕事が最大の生きがいなんだ」

「……そうか」

 悪魔の商人は落ちた帽子を拾って被り直した。

「じゃあ、ここでお前を殺さないといけないな」

 彼の瞳が不気味に光った。

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