#33 死の谷

 妖精は彼らを死の谷へと続く入り口まで案内した。

「ここから先は僕達は行けない」

 妖精はそう言った。

「あぁ、ここまでありがとうな」

 プルーンは彼にお礼を言うと、傭兵達を見た。

「よし、行くぞ」

「あぁ、お互い気をつけよう」

 ゴールドはそう言って死の道に視線を移した。

 妖精の里は自然で覆われているのに、この道は大災害でも起きて失われたかのように草木の一本も生えていなかった。

 まるで生者を寄せ付けないような威圧な空気が漂っていた。

 それに冒険者や兵士は萎縮してしまう者もいた。

 傭兵達は一度死の境地まで達したからか、何一つ怯えている表情がみられなかった。

 兵士長が最前列に立ち、大きく息を吸った。

「いくぞっ! 全速前進!」

 バルサーマ兵士長の号令に彼の部下や冒険者達は鼓舞されたのか「ウォオオオオ!!!」と雄叫びをあげていた。

 それは里中に響きわたった。

 彼らは意を決して死の道へと進んでいった。

 妖精達は彼らの後ろ姿が見えなくなるまで見送った。

「本当に魔王を倒せるのかな?」

 妖精の一人が隣にいる彼に聞いていた。

「うーん、断定はできないけど、あの中に異様な奴らがいたな。ツルツルとムキムキと老人の集団」

「あぁっ! あいつらね。確かに格好もオーラも他の奴らとは明らかに……飛び抜けてすごかった!」

「彼らだったら、もしかしたら……あり得るかもしれない」

 妖精達はシェイク達の事を話した後、死の道に背を向けて森の中へ帰っていった。


 バルサーマ兵士長を先頭に傭兵、冒険者、兵士達は不毛の道へと進んでいった。

 彼らはいつ魔物が奇襲をしかけてくるか分からない恐怖に支配されながらも警戒を怠らなかった。

 そうこうしていると、山が見えてきた。

 双方の山の間に深い闇が見えていた。

「あの間が死の谷か」

 兵士達がそう呟くと、「各自襲撃に備えよ」と声を張り上げて命じ、谷へと続く坂を降りていった。

 坂を降るにつれて、臭気が漂ってきた。

 腐った魚と肉と野菜が入り混じったようなヘドロな臭いに何人かが嘔吐していた。

 それでも彼らは歩みを止めなかった。

 彼らの頭の中には確固たる意志があったからだ。

 何としてでも我が国のお姫様を救出する――兵士長と兵士達はそう思っていた。

 対して、冒険者達は利己的な夢を叶えるため。

 冒険者達は仲間の救出と悪魔の商人を殺すため。

 三つどもえの意志によって、この軍団は成り立っていた。

 闇は深くなっていた。

 兵士や冒険者達が松明を作って明かりをつけた。

 白魔術師のピューラは光の球を出して、彼らを導いていた。

 すると、獣を唸るような声が闇の中から聞こえてきた。

 彼らの顔が引きつっていた。

「来るぞ……」

 兵士長がそう呟いた瞬間、ゴブリンの不気味な顔が姿を現した。

「敵襲だーーー!!!」

「総員、かかれーーー!!!」

 兵士長は鞘を抜いてゴブリンに斬りかかった。

 それと同時に大勢のゴブリンやスライムなどの魔物達が何体も出てきた。

 スライム以外は血走ったような眼をしていて、今にも被りついてやろうという本能でいっぱいだった。

 兵士達はすぐに剣や敵国で奪ったボウガンを使って、ゴブリンの頭や喉仏を狙った。

 何体かは絶命したが、それでも数は大きく兵士の一人に噛み付いていた。

 しかし、シェイクが瞬時にこめかみに一発撃ったことで難を逃れた。

「進めーーー!!! 進め、進めーーーー!!!」

 バルサーマ兵士長は押し寄せる魔物の大群をバッタバッタと薙ぎ倒していった。

 彼の顔に魔物の血や肉が飛んだ。

 しかし、鬼神のごとき相貌はそんな些細な汚れなど気にせず切り続けた。

 途中、魔物の血肉を斬りすぎてて、切れ味が悪くなってしまった。

 そういう時は携帯しているボウガンに切り替えた。

 実は使い方はアーモンドから教わっていた。

 たった数分の講習だったが、司令官の位に立つ実力だけあってすぐに覚えた。

 確実に一体一体を仕留めて、前進していった。

 後方には傭兵達もいた。

 彼らは余裕綽々といった様子で、魔物を蹴散らしていった。

「後方の奴らが心配だな」

 ゴールドがスライムを引きちぎりながら言った。

「あいつらなら大丈夫だろ……ほら」

 シェイクが指差す方には、魔物達が吹っ飛んでいた。

 その中心にいたのはSランクパーティだった。

 怪力自慢が何体もの魔物に覆いかぶされていたが、自慢の筋肉で上空まであげていた。

 それを獅子の狙撃手が無数の矢を降らせて、彼らの急所を狙った。

 黒魔術師は主に魔物を足止めさせ、自分達より下位ランクの冒険者達のサポートをした。

 それは白魔術師のピューラも同じで負傷した兵士や冒険者の治療をしていた。

 彼女の他にも白魔術師がいて、その人は結界を張って安全地帯を作っていた。

 主に重傷な場合はその中に入って完治するまで休ませていた。

 剣士は巧みな剣術で一度に大勢の魔物の首を跳ねていた。

 背後から狙われていたとしても、まるで後ろにも眼があるかのようにカウンターを食らわせていた。

 ソーユも戦いながら強くなっていった。

 最初はスライムを倒すのに数分かかったが、戦闘を続けているうちにコツみたいなものを掴み、背丈が何杯もあるスライムの集合体をミンチにしていた。

 それは兵士達も同様だった。

 彼らは負傷しては白魔術師に回復してもらって戦いを繰り返していた。

 最初は頼りなさそうだったが、極限状態が彼らを覚醒させたのか、目つきが変わっていた。

 全兵士が百戦錬磨の猛者みたいな顔つきと武術を身に着けていった。

 戦いを得て強くなっていく人間達に下級の魔物は恐れをなしたのだろう、闇の中に逃げてしまった。

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