#28 ダンシング・キラー

「シェイク、こっちも終わったぞ」

 アーモンドが兵士の生首を放り投げた。

 それ以外の兵士達も風穴が空いたり、血まみれになったりしていた。

 全滅だった。

「いい運動になったな」

 ゴールドが肩を回した。

「あぁ、しかし、ちょっとばかし派手にやり過ぎたな」

 アーモンドは残り僅かなシガーをプカプカ吸いながら周囲を見た。

 彼の言う通り、床はヒビや穴だらけ。壁はクーデターを引き起こしたと言わんばかりに血で染められていた。

「そういえば、ラムはどこに行ったんだ」

 トレインがようやくもう一人の仲間が欠けている事に気づいた。

 これに他の仲間達も「あっ!」と声を上げていた。

「まさか……連れ去られたのか?」

「そんな馬鹿な……あんな怪力野郎のどこがいいんだ」

「そうかぁ? 俺は悪くないと思うけどな」

 トレインとプルーンが好き放題に言っていると、「お探しの者はこれかな」と不快なヘドロがまとわりつくような声が聞こえてきた。

 傭兵達は瞬時に警戒態勢をつくり身構えた。

 すでに大勢の人間の兵士達がいて、その前列にヘチーマ第一王子とラムがいた。

「ラムっ!!」

 シェイクが近づこうとするとが、ラムが来るなと言わんばかりに攻撃を仕掛けてきた。

 彼は抜群の条件反射でかわすが、彼女がなぜ変貌してしまったのかを必死に考えていた。

「ラム……お前、裏切ったのか?」

 プルーンが悲しげに言うが、ラムは無言で片脚で蹴り飛ばそうとしてきた。

「仕方ない。そっちがその気なら……」

 ゴールドは溜め息をつくと、銃をラムの方に向けた。

「ふはははっ! 仲間割れかっ! いい気味ぐぎゅぶぅ?!」

 ヘチーマが彼らを嘲笑おうとしたが、いつの間にか背後にいたアーモンドが彼の首を締め付けていた。

「さぁ、さっさと彼女を戻す方法を教えろ」

「な、何のこぼぐぐぐっ?!」

 ヘチーマは知らぬ存ぜぬを貫こうとしたが、アーモンドはさらに締め付ける力を強めた。

「とぼけるな。俺達はラムの事をよく知っている。平気で敵に寝返るような奴じゃない。それにあの眼――とても人だと思えない生気を失ったみたいだ。どんな事をしたのかは分からないが、早く戻してくれないと、お前の首を百八十度に曲げなくてはならない」

 アーモンドは脅しながらさらに強めていった。

 ヘチーマは抜け出そうと顔を真っ赤にして暴れていた。

 すると、「彼女は自ら志願して我々の家族ファミリーになったんだ」とヘチーマ王子とは明らかに違う声が廊下に響きわたった。

 これにアーモンドを含めた傭兵達がハッとなった。

 彼らの視線の先には中折り帽子を被りコートを着た男が立っていたからだ。

「あ、"悪魔の商人"……」

 今までそれほど動じてこなかったアーモンドやゴールドでさえ、ターゲットの出現に驚きを隠せなかった。

「早く解放しろ。無駄な出費が増えるだけだ」

 悪魔の商人がそう言うや否や、あんなに頑なに離そうとしなかったアーモンドが素直にヘチーマを屈強な腕から離れた。

「ゲホッ、ゴホッ、ゴホッ……ごろじてやる」

 ヘチーマはようやく気道が開いたからか、思う存分空気を吸っていた。

 シェイクは斬りかかろうとしたが、悪魔の商人は冷静な声で「やめなさい。今、戦っても無駄な傷が増えるだけだ」と制した。

 すると、彼も大人しくなってしまっや。

「お前……この世界で何をするつもりなんだ」

 プルーンが睨みつけると、悪魔の商人は「取引するのさ。この世界でしか手に入らないようなものを交渉してな……もしまだ邪魔をする気があるのならこちらにも考えがある」と言って指を鳴らした。

 すると、どこからか軽快なミュージックが流れた。

 ジャズのようなリズムに兵士達は気分が乗ってきたのか、踊りだした。

 ヘチーマ王子も釣られてステップを踏んでいた。

 しかし、傭兵達は一切乗っていなかった。

「この音楽はまさか……」

 プルーンが奥歯をグッと噛んでいると、兵士達の間から一人の男が現れた。

 シルクハットの帽子を被り、タキシードを着ていた。

 彼は兵士達とは違いキレのある踊りをしていた。

 足を肩ぐらいまで上げたり、イナバウアーしたりなどアクロバットな動きを披露していた。

「やはり、そうか……」

 ゴールドが銃を構えながら言った。

「"ダンシング・キラー"だ」

 ゴールドが青ざめた顔で言うと、音楽がピタリと止まった。

「……その通り」

 男の顔はシルクハットで隠れていたが、笑っているのがありありと浮かんでいた。

 すると、兵士の動きが止まった。

「あ……が……」

 兵士の顔から間欠泉かんけつせんみたいに血しぶきが出ていた。

 それは一人に限らず何人もの男達の身体からプシュプシュと出ていた。

 そして、ついに彼らの身体に限界が来たのか、そのまま弾けてしまった。

 血肉の池溜まりが再び起きてしまった。

「素晴らしいぞ、ダンシング・キラー」

 悪魔の商人は両手を叩くと、キラーは「この上ないお言葉」と深々と頭を下げた。

「ちっ、踊りながら殺すとか……悪趣味にもほどがあるぜ」

 プルーンが唾を吐くように悪態をついた。

「な、ななな我が軍の兵士がぜんめ……キサマ! どういうつもりだ!」

 ヘチーマ王子が悪魔の商人に掴みかかろうとしたが、ラムに蹴飛ばされてしまった。

「ギャフンっ!」

 ヘチーマは変な声を上げて気絶してしまった。

「さて……どうする? このまま殺してしまうのはもったいない……どうだろう。君達もラムみたいに家族ファミリーにならないか」

「そんなの決まってるだろ」

 シェイクがナイフを構えた。

「お断りだ」

 そう言って向かおうとしたが、突然爆発が起きた。

 その衝撃波でシェイク達は吹っ飛んでしまった。

 さすがの傭兵達もこればかりはすぐに立ち上がれなかった。

 悪魔の商人達が彼らを嘲笑する声が廊下に響きわたった。

「それじゃあ、我々は失礼するよ。お客様を待たせては困るからね」

 悪魔の商人はそう言ってラムを連れて行ってしまった。

 ラムは身動き取れないシェイク達を鼻で笑ってから通り過ぎていった。

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