#25 今日から君はファミリーだ

 ラムが目を開けると、先の見えない暗闇だった。

 彼女が声を出そうとするが、口が縄で結われているため、助けての言葉も出なかった。

 ラムの両腕、両脚が拘束されていた。

 彼女が考える恐ろしい未来が浮かんだ。

 複数の男達に囲まれるか、惨殺されるか……あるいは酷い拷問を受けるかもしれない。

 ラムは過去に何度かそんな状況に瀕したことがあり、幾度となく死にかけた。

 しかし、今回ばかりは違った。

 彼女の衣服は下着しか着ていなかったからだ。

 裸足、素手、必要最低限しか身にまとっていない上下――彼女の脱出は絶望的だった。

 このまま彼女は陵辱されてしまうのだろうか……一日、一週間、あるいはそれよりも遥かに長い時間が彼女に襲いかかるのだろうか。

 ラムは忘れかけていた恐怖を思い出した。

 自分の命が危険に晒されるという恐怖を。

 彼女の両手は縛り付けられても震えていた。

 脚もまた同じ。

 手足の震えはやがて全身にまで伝わっていき、彼女の胃から何かがこみ上げてきた。

 すると、ドタドタと足音が聞こえてきた。

 ラムの全身が震え上がった。

「おうおう、ここがお楽しみの場かぁ?」

 暗闇から男の声がする。

 ラムの不安が現実のものとなった瞬間、彼女の身体は激しく揺れた。

「おぉ、暴れてる。暴れてる……新鮮でいいねぇ」

 また別の男の声が舌なめずりするような音を暗闇から聞こえてきた。

 また一人、また一人と足音が増えてくる。

 ラムは極度に恐怖により、錯乱しそうになった。

 いや、もうすでになっていたかもしれない。

 目には感情がだだ漏れ、もはや野獣に襲われる小動物みたいに必死に逃げようとした。

 しかし、拘束された縄はしっかりと結びつけてあるからか、脱出は不可能だった。

 だが、奇跡的に縄だけ外れた。

「こ、来ないで! 来たら殺す! 手当り次第に殺す!」

 彼女は威嚇するように叫ぶが、暗闇にいる男達は大笑いした。

「殺す? 殺すだって? そんな状態で何ができる?」

「せいぜいその生意気な口に魔羅まらをぶち込むことしかできねぇよ!」

「俺は下に魔羅をぶつけたいなぁ」

「じゃあ、俺は糞みたいな所に……」

 男どもの下衆な会話にラムは震え上がったが、それでも最後に残された理性が抗おうと必死になった。

「来るな! 来たら殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す……」

 彼女は歯を剥き出しにして唸った。

 すると、暗闇からようやく男が姿を現した。

 その男は全裸だった。

 一人、また一人と体型も年齢も違う男達の裸体が彼女をグルリと囲うように立っていた。

 彼女は真っ白になった。

 何も言葉が出なくなった。

 どうしようもない絶望に彼女の最後の理性が壊れた。

「来ないで! いやいやいやいやいやいやいやぁああああああ!!!」

 もはやあの敵を絞め殺したラムの面影はどこにもなかった。

 ただこの醜い肉欲に塊の遊び相手にされるという恐怖に怯えたか弱気乙女だった。

 男達は彼女の絶叫が最高のスパイスと言わんばかりに興奮していた。

 ジワジワと追い詰めるように来る裸体。

 それが彼女の恐怖心をより一層駆り立てて、喉が潰れるとばかりに絶叫する。

 男が彼女の両肩に触れた――その瞬間。

「何をしている、お前達」

 暗闇からまた別の男が聞こえてきた。

 この声に周囲の男達の顔が青ざめていた。

「あ、悪魔の商人様……」

 この言葉を呟いた途端、男の首が飛んだ。

「ひぃいいいいいいい!!!」

 生首を目撃した小太りの男がそれを見た瞬間、慌てて暗闇に逃げようとした。

 だが、断末魔と共にはらわたをえぐられた小太りの男が放り出された。

 今度は男達がパニックになる番だった。

「ヤバイヤバイヤバイ、バレた!」

「殺される!」

「逃げないと……逃げないと!」

 男達は蜘蛛の子を散らすように暗闇に戻ってしまった。

 光の中に取り残されたラムはことに事態を把握できていないのか、ポカンとした顔をしていた。

 それから数秒もたたないうちに闇から悲鳴が上がった。

 男達の断末魔だった。

「ひぎゃああああああ!!!」

「や、やめろ! 殺さないでくれ!」

「悪かった! 謝るから……」

 男達は見苦しい言い訳をするが、悲鳴が収まる事はなかった。

 やがて、すべての悲鳴が消えてしまった。

 再び静まり返る空間に、ラムは戸惑いを隠せなかった。

 視線を右往左往させて警戒していると、暗闇から「大丈夫かい?」と穏やかな声が聞こえてきた。

 暗闇から男が現れた。

 しかし、全裸ではなかった。

 中折れ帽を深く被り、トレンチコートと厚底ブーツを履いていた。

 彼女は一目見て、誰か分かった。

「悪魔の商人……」

「ご名答」

 悪魔の商人はそう言うと、彼女の拘束を解除した。

 長いこと縛られいたからか、彼女はその場にへたり込んでしまった。

「立てるかい?」

 悪魔の商人が穏やかな声で手を差し伸べてきた。

 ラムは資料で見て想像していたよりも遥かに紳士的な振る舞いに驚いた。

「えぇ……」

 彼女は夢を見ているようだった。

 悪魔の商人が白馬の王子に見えた。

「すまないことをした。あいつらはもうこの世にはいない。安心してくれ」

「え、えぇ……別に平気よ」

「そうか……それはよかった」

 悪魔の商人は安堵すると、「君はどこの国の出身なんだい?」と聞いてきた。

「えっと……アメリカです」

「アメリカ! 素晴らしい国じゃないか。私は何回か行ったことはあるが、君みたいな素敵な女性はまだ会ったことがないな」

「まぁ、お上手」

 ラムは悪魔の商人の話術に引き込まれていった。

 次第に彼女は不思議な感覚に包まれた。

 仲間を失ってしまった今、心の拠り所はここしかない――とそういう錯覚に陥った。

「家族を紹介しよう」

 悪魔の商人が手を叩くと、暗闇からメイとラリラリゴとクラッシャーが現れた。

 彼女は一瞬敵だと思ったが、それほど憎しみは感じなかった。

「君はあの兵士たちが憎いだろ。君の大切な仲間を殺した兵士達が……我々が一緒に倒してあげよう」

「本当?」

 ラムの顔に光が灯った。

「あぁ、本当さ……」

 悪魔の商人はソッと彼女を抱きしめた。

「信じるわ。あなたのこと……」

 ラムはそう言って彼の背中に腕をまわした。

「ありがとう。君は今日から我々の家族だ」

 悪魔の商人は不気味なくらい笑みを浮かべ、帽子の影に隠れた瞳を光らせた。

 すると、彼女の首筋に紋章が浮かび上がった。

 彼のシルエットに似た中折れ帽を被った紋章だった。

 すると、ラムの瞳の色が変わった。

 朱色に染まっていた。

「さぁ、行こう」

 悪魔の商人はそう言うと、ラムは「えぇ」と嫣然えんぜんとした笑みを浮かべて彼と一緒に暗闇へと消えていった。

 その光景を見ていたメイ、クラッシャー、ラリラリゴは互いの顔を見合わせて笑ったあと、彼らの後をついて行った。

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