#19 アーエーオーエー!!

 傭兵達がドラゴンの遊覧飛行に興じている間、少し先回りして、ハーモネッタ湖の様子を眺めるとしよう。

 傭兵達の推測は大体あたっていて、殺し屋達は湖の周辺の道で馬車を停めて休憩していた。

「んん〜♡ このワクワクパンっていうやつ、意外にいけるね! 中にラムレーズンとクルミとジャムが入っているし、ボリュームもあって最高のパンじゃない!」

 メイは幸せそうな顔をして、10センチほどの山型のパンを頬張っていた。

 メイは片手でパンを持ち、もう片方の手には銃を突きつけていた。

 その銃口の先には、ルーナ姫がいた。

 彼女とメイはのどかな湖を見ながら草花が生えている斜面に腰をかけていた。

「は、はぁ……」

 ルーナ姫は緊張感のない彼女に若干戸惑いながらも返事をした。

「食べる?」

 メイはルーナ姫の視線に気づいたのか、銃を少し引っ込めて、食べかけのパンを差し出してきた。

 姫は目を丸くして「い、いえ、お腹が空いてないので……」とやんわりと断った。

「そう。めちゃうまなのに残念」

 メイは両肩を上げて、再び銃を突きつけて食べ進めた。

 そこへ革のジャケットを羽織り、バナナ柄のネクタイを締めたゴリラがやってきた。

「馬二頭。バケツに入れた水を飲ませている。信じられないくらい飲んでいるからニ、三十分は休ませないと駄目だな」

 ゴリラは流暢りゅうちょうに報告すると、メイは「うーん……ここまで休まずに飛ばしたから仕方ないか」と口をモゴモゴさせながら言った。

「ねぇ、ラリラリゴ」

「なんだ、メイ」

「ヘーマッタ王国まで、あとどれくらいかかるか分かる?」

「んあ? あぁ、分かった。ちょっと待ってろ」

 ラリラリゴと呼ばれたゴリラは革のジャケットの内ポケットから折りたたまれた地図を取り出し拡げた。

「えーと、うーん……この調子だとまる一日はかかるな」

 彼の暗算にメイは「うへぇ、食糧足りるかな」と残り少ないパンの欠片を口の中に放り投げた。

「あ、あの……」

 ここでルーナ姫が二人に声をかけた。

「どうした、お姫様。お花を摘みに行きたいのならメイが食べ終わってからにしてくれ」

 ラリラリゴは王族の姫が相手だからか、『用を足す』という言葉を上品に言い換えていた。

「いいえ、違います」

 ルーナ姫は首を振った。

「お二人は何者なんですか? ヘーマッタ王国の刺客ですか? 私をどうするつもりですか?」

 姫は怯えながらも次々と質問した。

 メイとラリラリゴは互いの顔を見合わせた後、少し間をあけた。

「……まぁ、その国の王子様に引き渡すって感じね」

 メイはパンを飲み込んでから答えた。

「あなた達はヘチーマ第一王子に頼まれて私を攫ったんですか?」

 ルーナ姫は続けて質問した。

「詳しくは知らないが、俺達のボスにお前をヘーマッタ王国まで連れてくるように頼まれたんだ」

 ラリラリゴはそう答えた。

「ねぇ、私からも聞いていい?」

 すると、メイがルーナ姫の方を見ながら聞いてきた。

「な、なんですか?」

 姫は顔を強張らせていた。

「こいつ見ても怖がらないの?」

 メイはそう言って、ラリラリゴの方を指差した。

「……え?」

 ルーナ姫は予想外の質問だったのか、目を丸くしてゴリラを見つけた。

「……別に何も」

 彼女がそう答えると、ラリラリゴは「マジかよ! ゴリラが人間の言葉を喋ってるんだぞ?! 俺に知恵を与えた研究所の連中どもはビビり散らかして殺そうとしたけど……」

「ゴリラって何ですか?」

 姫は真面目な顔をして聞いた。

 これには二人は驚愕した。

「……まぁ、別にゴリラの事は知らなくていいけど、その、明らかに私とあなたと見た目が完全に違う獣が私達と同じ言葉を話していることに驚かないの?」

 メイはそう迫るように聞くが、ルーナ姫は「えっと……別に普通のことですけど? 彼のような方は世界中にいますし」と困惑した表情をしていた。

「おいおい、マジかよ?! 俺みたいなのがたくさんいるのか?! 凄いな、この世界!」

 ラリラリゴは興奮したのか、胸をドコドコ叩いてドラミングした。

 ルーナ姫は「はは……」と乾いた笑いをした。

「うぃ〜〜〜!!! ひゃ〜〜〜!!!」

 すると、いきなり上空から叫び声がした。

 恐怖というよりは熱狂しているかのようなテンションだった。

 これにラリラリゴはドラミングを止めて、見上げた。

 メイも「来たね」と空を見ていた。

 ルーナ姫は得体のしれない不安に襲われていた。

 そんな状況の中、突然湖が何か岩みたいなのが落下したのかと思うくらい巨大な水柱が出現した。

「きゃっ!!」

 ルーナ姫は驚いていたが、二人は冷静に湖をジッと見ていた。

 水面は大人しくなったかと思えば、バシャーン何かが飛び出してきた。

 人だった。

 上半身は頭はヘルメットで覆われた屈強な肉体美を持つ人間だったが、下半身はロケットの発射部分みたいになっていて炎が激しく噴き出していた。

 彼の背中には巨大な箱みたいなのは背負っていた。

「クラッシャー兄貴!」

 ラリラリゴは目を輝かせて叫んだ。

 クラッシャーと呼ばれた男は少し飛んで、乾いた道に静かに着地すると、今度はロケットのノズルではなく、四つの車輪に変わっていた。

「アーエーオーエー、オウオウエー、兄弟!!」

 クラッシャーは独特な掛け声でラリラリゴとハイタッチした。

 車輪は斜面や草花があっても絡まる事なく、バランスを保ちながらスムーズに移動出来ていた。

「はぁ、暑苦しいのが来たわ」

 メイは大きく溜め息をついた。

 ルーナ姫は突然現れた男に困惑していた。

 クラッシャーは彼女に気づくと「おいおい、ここにいるじゃないか! てっきり失敗したかと思ったぞ!」と言った。

「あのね。あなたみたいにビューンって飛べないの。馬車でまる一日かかるんだから……ねぇ、ラリラリゴ」

 メイは愚痴をこぼす言い方でゴリラに尋ねると、ラリラリゴは「あぁ、そうなんだよ。兄貴」と少し困った顔した。

 すると、クラッシャーが「オーエー!!」とテンション高めに拳を上げた。

「そんなの簡単だよ、兄弟! 俺がそいつを抱えて王国までひとっ飛び……」

「そんなことしたらお姫様が散り散りになっちゃうでしょうが!! 駄目!!」

 メイがクラッシャーの提案を拒否すると、彼は「えー、手っ取り早い方法だと思うけどなー」と不満気に言った。

「……で、なんであなたが来たの?」

 メイは眉毛を釣り上げて聞いた。

 すると、クラッシャーは「アーエー! 思う出したぜ!」と両手を叩いた。

「俺達のボス……悪魔の商人からの伝言さ。『今日の日暮れまでにお姫様を連れて来い』ってさ」

「今日の日暮れ?!」

 メイは声を張り上げた。

「そんな無茶な……馬車だとまる一日かかるって……」

「だからこそ、俺が来たのさ」

 クラッシャーはそう言って厚い胸板をドンッと叩いた。

「グォオオオオオ!!!」

 すると、また遠くの方から何かの雄叫びが聞こえた。

「あれは……ドラゴン!!」

 ルーナ姫が嬉しそうな顔をして、立ち上がった。

 三人は見上げると、空の向こうでぼんやりと赤い物体が飛んでいるのが見えた。

「双眼鏡」

 メイが手を差し出すと、ラリラリゴは「どうぞ」とジャケットから取り出して渡した。

 メイが覗き込むと、赤いドラゴンが羽ばたいているのが見えた。

 もちろん、背中には傭兵達が乗っているのも確認された。

「来たね」

 メイがそう言うと、クラッシャーが「こいつの出番だな」と背中に背負った四角い箱を見せた。

「まだ発射しないでよ」

 メイは慌ててルーナ姫の腕を掴むと、馬車の方に走った。

「え? え? どうしたんですか?!」

 突然の事に困惑する姫にメイは「焼け焦げたくなかったら走って!」と引っ張った。

 メイが荷台の中に無理やり乗せている間、ラリラリゴは水を飲ませた馬を連れていき、荷台に繋げた。

 メイとラリラリゴはパシッと鞭で叩くと、馬車は勢い良く進んでいった。

 クラッシャーはその場でジッと見上げたままだった。

 その事に気づいたルーナ姫は「置いていって大丈夫なんですか?」と聞いた。

「あいつは大丈夫よ。ヤバイのは私達の方なの」

 メイはそう言って執拗に馬に鞭を叩いた。

 ルーナ姫は静止するクラッシャーを見た。

 その間にも、ドラゴンが迫ってきていた。

「過去に何度も軍用機やヘリコプター、飛行機を墜落させた事はあったが……」

 クラッシャーはそう言った瞬間、箱がパカッと開いた。

 中にはミサイルが数十発搭載されていた。

「ドラゴンを仕留めるのは初めてだぜ。オーーーーエーーーー!!!!」

 クラッシャーが叫んだ瞬間、ミサイル何発も発射された。



To Be Continued……。

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