#17 取り戻す

 傭兵達は突然現れた喋るゴリラに戸惑っていた。

 二秒ぐらい沈黙が流れたが、トレインが「追いかけないと!」と叫ぶと、他の者も我に返って急いで後を追おうとした。

 が、外から日常では聞こえないような不気味な叫び声が彼らの耳に入ってきた。

 傭兵達は窓を見ると、ゴブリン――耳が尖っていて短パンを履いている小人――が木の棒を持って村人達に襲いかかっていた。

 自警団と思われる男女が彼らを対処するが、数が多すぎて苦戦していた。

 すると、その間を無理やり突っ込むように走行している荷馬車がいた。

 御者ぎょしゃの席にはメイとゴリラがいた。

「あっ! あいつらだ!」

 プルーンが指差して言う。

「でも、なぜあいつらが荷馬車を……そんなに食い物が欲しいのか」

 ゴールドが腕を組んで唸った。

 すると、ラムの様子がおかしい事に気づいた。

「どうした」

 シェイクが尋ねると、彼女は「あの荷馬車にお姫様を隠していたの」と呟いた。

「なに?!」

 野郎五人衆は彼女の発言に驚きを隠せなかった。

「なぜ大事なものをそんな所へ隠した?!」

 プルーンが声を張り上げた。

「あの状況で隠れる場所といったら、あそこしかなかったの! もしそうしなかったら、加勢するのに数秒遅れて今頃あなた達はあのチャイナ服女にボコボコに……」

「おい、喧嘩はよせ」

 シェイクが鋭い声でいさめた。

「奴らはまだ村を出ていない」

 彼が指差す方には、ゴブリンの群れと衝突して荷馬車がストップしていた。

 御者の席にいるメイとゴリラは苛立っていた。

 すると、荷台のカーテンの隙間からルーナ姫が顔を出して外の様子を伺っていた。

 これに傭兵達は「救出だ!」と叫んで、六人全員が窓を突き破った。

 一般市民であれば、最悪死か運が良くて複雑骨折は免れない。

 だが、彼らは見事に着地すると、馬小屋へと向かった。

 馬に乗って荷馬車の方に向かおうとしたが、ゴブリンの群れが屋敷の庭にも侵入してきた。

「ケケケケ!!」

 ゴブリンは人間達を見ると嬉しそうに向かっていった。

「悪いが、お前らの面倒を見ている暇はない」

 シェイクはそう言って、メイから押収した小型の爆弾の安全ピンを抜いて、群れの方に向かって投げた。

 ゴブリンの一匹が餌をもらったと勘違いしたのか、追いかけてそれを手に取った。

 すると、仲間達が俺も俺もと群がって奪い合いが始まった。

 ひと塊になった瞬間爆発が起きた。

 手に持っていた奴は血肉が弾け飛んだが、その周辺にいた奴らもただではすまなかった。

 片方を失ったり身体の一部しか機能していないという悲惨な状態と化したゴブリンは空を見上げたまま死を待っていた。

 傭兵達は馬で進もうとしたが、先程の爆発でパニックを起こしてしまい、全員落馬してしまった。

 仕方なく走って向かう事になった。

 当然道中、ゴブリン達が彼らに襲いかかってきたが、鉛球なまりだまを奴らにぶつけて道を開いた。

 あんなに騒がしかった大通りが傭兵達が通り過ぎると、閑散としていた。

 荷馬車の方はようやく渋滞から抜け出したのか、再び走った。

 それを見た傭兵達はさらに脚を動かした。

 荷台のカーテンの隙間から抜け出したルーナ姫が再び顔を覗かせていた。

 彼らを見つけると、嬉しそうに笑顔を見せた。

 傭兵達は御者の席にいる二人にバレないようにジェスチャーで飛び降りるように指示したが、お姫様はその意味を知らないのか、戸惑っていた。

「飛び降りろ!」

 プルーンが叫ぶと、耳が良いメイはすぐに反応して手綱たづなをゴリラに任せると、華麗な身のこなしで荷台の上に乗った。

「しつこいのは嫌われるよ!」

 メイは明らかに嫌悪感を抱くように傭兵達を睨んだ。

 彼らは走りながらメイに向かって発砲した。

 が、走行中の荷馬車に命中させるのは難しく、かつ彼女の身のこなしでかわされてしまった。

 さらにゴブリンが降って湧いてきたかのように襲いかかってきたので、彼らはそれに対処しなければならなかった。

 傭兵達と荷馬車との距離は大きくなる。

 その光景にメイは笑みをこぼした。

「ふふふ……あなた達は隈なく私の武器を取り上げたけど」

 メイはそう言って髪の毛の中に指を突っ込んだ。

「まだあるんだよね。武器が」

 髪から取り出すと、二枚の小さな板だった。

 普通の紙に見えるが、中央に赤い印みたいなのがついていた。

 メイはその裏側を両面テープみたいにベリッと剥がすと、両足の靴を脱いで一枚ずつ靴底に貼り付けた。

 そして、踵の部分で赤い印を力強くぶつけた。

 すると、そこから火が出てきた。

「バイバーイ♡」

 メイはニヤリと笑うと、火花が出ている靴を傭兵達の方に向かって投げた。

 傭兵達はどうにかゴブリンの大群を蹴散らしたが、メイが履いたと思われる靴が彼らの方に向かっていた。

 傭兵達はそれを見た瞬間、とっさに近くにある建物に駆け込んだ。

 靴は地面に落ち、ゴブリンの残党がそれを拾った。

 その瞬間、火花が消え両方の靴が爆発した。

 威力は凄まじく、建物に隠れていた傭兵達が吹っ飛んで気絶する勢いだった。


 傭兵達が目を開けると、バルサーマ兵士長が「おぉっ! 目覚めたか!」と驚きと喜びに入り混じった顔をしていた。

 傭兵達は仲良くベッドに横並びで寝かされていた。

 彼らの身体の節々には治療した後と思われる絆創膏や包帯があった。

「……これはどういう状況だ」

 シェイクがそう呟くと、兵士長は「自警団からの連絡ですぐに我々とSランクパーティでこの村にやって来たんだ」と言った。

「ん? 王国の兵士がこんな村に来ていいのか?」

 アーモンドがそう聞くと、兵士長は「いや、この村も我々の領土内なんだ」と答えた。

 それにプルーンが「じゃあ、あそこは王都じゃねぇか。国と都じゃ、全然違うんだよ。重要な事を後から言うんじゃねぇよ」と愚痴をこぼした。

 これに兵士長は「……すまない」とバツが悪そうな顔をしていた。

「飲んだくれのプルーンに言われちゃ、おしまいだね」

 ラムが鼻で笑った。

「まぁ、いいや。ハーモネッタ王国だっけ? その国の領土内の地図、持ってきてくれるか」

「わ、分かった! おい、誰か地図を!」

 兵士長はシェイクに言われるがまま部下に地図を持ってくるように頼んだ。

 少しして、兵士の一人が大きな地図を持ってやってきた。

 テーブルの上に広げると、傭兵達はベッドから起き上がって、グルリと囲った。

「この黒縁で囲っているのがハーモネッタ王国の領土内だ」

 兵士長はそう言って地図を差した。

「王国の外に出たらどうなる?」

 ゴールドが聞くと、バルサーマ兵士長は「敵国だ」と即答した。

「じゃあ、ドローガーが言っていた『デカイ取り引き』っていうのはその国の可能性が高いな」

 アーモンドがそう言うと、バルサーマ兵士長は「何がです?」と首を傾げた。

 ゴールドが姫をさらったマフィアのボスが言っていた事と姫が殺し屋によって敵国の方へ向かったことを話した。

「なんだと?!」

 兵士長は目を丸くした後、「確かにあの国の王子がルーナ姫にゾッコンだったような」と呟いた。

「その国の名前と王子の名は?」

 トレインが尋ねる。

 バルサーマ兵士長は「ヘーマッタ王国のヘチーマ第一王子だ」と答えた。

「よし、じゃあ、目指す所は決まったな」

 ゴールドが頷くと、時計を見た。

 午前九時を差していた。

「夜明けから五時間ぐらい……か。この村から馬車で行ける距離はどこだ」

「えっと……休憩を挟むと50kmぐらい移動できるから、この村からだと……ここだな」

 兵士長は地図である所を指差した。

 傭兵達は一斉に注目する。

『ハーモネッタ湖』と書かれていた。

「この湖はかなり広大でグルリと回っていかないといけないので、馬車ですと……次の道へ行くまで一時間ぐらいはかかるな」

 兵士長はそう言うが、皆渋い顔をした。

「今から馬を走らせても間に合わないな……車なんかある訳ないし」

 アーモンドがそう言うと、シェイクは「この国で一番早い乗り物は馬しかないのか?」と聞いた。

 兵士長は「あるにはあるが……」と険しい顔をした。

「なんだ。あるじゃない」

 ラムがホッとしたように言うと「じゃあ、さっさとこっちに寄越して」と頼むが、兵士長は「ですが、扱いが……」と口をモゴモゴしていた。

「おい、一国のお姫様が攫われてんだぞ?! 渋ってんじゃねぇよ!」

 プルーンが怒鳴ると、兵士長は「分かりました……」と若干ためらった様子で彼らを外に連れ出した。



To Be Continued……。

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