#12 少しからかってみようじゃないか

 酒場内にいた飲ん兵衛や低ランク冒険者は、Sランクパーティと呼ばれた四人組を見た途端、顔を青ざめていた。

 この酒場の店主がすっ飛んで来た。

「い、いかがなされましたか? す、スローマ様」

 店主にスローマと呼ばれた金髪イケメン剣士は「ヨータルギルドを半壊した犯人どもがここにいるそうじゃねぇか」と睨んだ。

 店主は驚きを隠せなかった。

「な、何かの間違いでは?! ここは新米冒険者や市民達の憩いの場。とてもそのような大胆な犯行をするような輩はおりま……」

「低ランクからその犯人どもはここにいると言ったんだ」

 獅子頭はそう言って、百獣の王の如き目付きでこの場にいる客全員に向けた。

 彼らと同じギルドに所属している低ランク冒険者はもちろん、一般市民ですら彼らの実力と恐ろしさを知っていたので、このまま殺されるのではないかと思うくらい恐怖で心臓が張り裂けそうになっていた。

 だが、傭兵達はそんな事はお構いなしにウェイトレスを呼んで、この酒場のオススメ料理が何かを聞いていた。

「あいつらね」

 黒ローブ女が傭兵達の方を指差して言った。

 スローマは彼らの方を見ると「確かに雰囲気は度胸がありそうだな。雰囲気は……な」

 彼はあえて『雰囲気』という言葉を強調させた。

 すると、筋肉ムキムキ男はプッと噴き出してしまった。

「おい、マッソー。俺を馬鹿にしたのか?」

 スローマは筋肉男ことマッソーを睨んだ。

「違いますよ。あんなドブネズミみたいな奴らが、よくもまぁ、俺達がいるギルドに喧嘩を売れたなぁと思うと、あまりにも馬鹿すぎて笑っちゃったんすよ」

 マッソーはニヤニヤしながら首を振った。

「でも、見ない顔ぶれね。旅人かしら?」

 黒ローブ女が店主を見ると、彼は彼女から漂うフェロモンにドキッとしていた。

「あ、あああ、えっと、わ、私も初めて見る客です……はい」

 店主はドギマギしながら答えた 

「ラフォーサ、どう思う?」

 黒ローブ女が獅子頭に尋ねた。

 ラフォーサと呼ばれた彼は黄金のたてがみを触りながら「恐らく新参者か、山賊か強盗かのどちからだろう。あるいは新手の旅芸人とか……反乱軍か革命軍である可能性も拭いきれない」とあやふやな推測をたてた。

「だが、俺達の敵ではないな。ドローナ」

 スローマは彼女の方に視線だけを向けて言った。

 黒ローブ女ことドローナは「えぇ。私の黒魔術で一人倒せるわ」と斜めに傾いた立ち方をして傭兵達を見た。

「そして、矢尻に毒を塗りたくった矢で一人……」

 ラフォーサは矢筒やづつから一本取り出すと、弓にあてていつでも発射できるようにした。

「俺は自慢の筋肉を使って一人を、ぶっ潰す」

 マッソーはそう言って、腕に力を込めて、力こぶを作った。

「残った三人は俺の華麗な剣さばきであっという間に斬首される……」

 スローマは鞘から剣を抜いて、艷やかな刃の側面に人差し指をスゥとなぞって愛でていた。

 る気満々な彼らを見た店主は「ヒィー! お助けをーー!!」と叫んで出ていってしまった。

 酒場の客や低ランク冒険者達もそうしたかったが、なぜか全員一歩も動かなかった。

「やっぱり観客がいないとショーは盛り上がらないわよね」

 ドローナが人差し指に禍々しいオーラみたいなのをまとわせながら笑みを浮かべた。

 彼女の黒魔術によって強制的に観客にされてしまった彼らはこれから起こる惨劇を想像してガタガタ震えていた。

 が、傭兵達は何一つ変化がなかった。

 ゴールドとアーモンドは酒場のオススメの二大巨頭である『ブロック肉のマスタード焼き』か『ハニートースト』のどちらかにするかで揉めていた。

 シェイクはラム達と混ざってババ抜きを楽しんでいた。

 この態度にスローマのこめかみがピクッと痙攣けいれんしたが、ヅカヅカと彼らの元へ近づいていった。

 他のメンバーも彼の後を付いていった。

「おい、お前ら」

 スローマがそう呼ぶが、ラムがチラッと彼を見ただけで、ババを引いた事を嘆いていた。

「てめぇ、無視すんじゃねぇ!」

 スローマがそう叫ぶが、まるで傭兵達の間に巨大な壁でもあるかのように、見向きもしなかった。

「貴様! この方を誰だと思っている! あの最強ドラゴンの首を斬り落としたスローマ様だぞ!」

 マッソーがそう叫ぶが、プルーンが小声で「ドラゴンだって」と小馬鹿にしたようにトレインに話しかけた。

 彼もまた「俺もドラゴンの着ぐるみに扮した殺人犯を押し倒した時、首がもげたなぁ」と小声で返して、カードを場に出した。

 この態度にスローマのはらわたは煮えくり返っていた。

「てめぇら、よほど無知なのか愚か者かは分からないが……痛い目みないと分からないようだぁ!」

 スローマはそう言って剣を振り上げた。

 刃は真下にいるプルーンの方へと向かっていく。

 その速度は『Sランク』と呼ばれるだけあって、並大抵の人間では捉えることのできない速さだった。

 しかし、なぜか途中で剣を振り下ろすのを止めてしまった。

「なっ……あっ……はぁ?」

 彼の手のこうにトランプが刺さっていた。

 これにはスローマも含め、他三人の顔色が変わった。

「すまない。カードを思わず投げてしまった」

 プルーンの向かい側に座っていたシェイクが立ち上がってスローマの所へ行こうとするが、酒場の客や冒険者みたいに両脚が動かなくなってしまった。

「さ、さぁ! 今のうちに攻げぶっ?!」

 ドローナが黒魔術でシェイクの脚を止めて攻撃の指示を出そうとしたが、いきなり酒瓶が彼女の顔面に直撃してしまった。

 黒魔術師は仰向けに倒れてしまった。

「ごめーん。手が滑っちゃった」

 ラムがそう言って、ポイッとカードを棄てた。

「やった。あがり」

 ラムはニヤッと笑った。

「貴様ぁあああああ!!! よくもドローナを!!!」

 マッソーが顔を烈火の如く燃え上がらせて向かおうとしたが、突然トレインが立ち上がった。

 トレインは無言でマッソーと対峙した。

「おっ、やるのか?」

 筋肉ムキムキ男は力こぶを作って、自慢の上腕二頭筋をアピールした。

 トレインは二枚のカードを取り出した。

 絵柄はジョーカーとスペードのエースだった。

「悪いが、今、俺は一世一代の大勝負が始まろうとしているんだ。もしこれ以上邪魔をする気なら退場してもらうぞ」

 トレインは冷静な声でそう言ったが、マッソーは「ふんっ! この俺様を倒せると思うなよ!」と軽めに拳をヒュッヒュッと殴る動作をしてあおった。

 トレインはそれには一切反応せず、プルーンが持つ二枚の中から一枚のカードを引いて確認した。

「ぬぁああああああああ!!! 負けたぁああああ!!!」

 トレインは敗北した事が余程悔しかったのか、テーブルを持ち上げてマッソーに向かって殴った。

 木のテーブルは半分に割れ、豪快な物音を立てて落ちていった。

 マッソーは茫然とした様子だったが、白目を剥いて倒れてしまった。

「すまない。テーブルに八つ当たりしてしまった」

 トレインは頬をかいて軽く頭を下げた。

「殺す!」

 ラフォーサが獅子の如き咆哮を上げて矢を放った。

 しかし、ゴールドが片手で受け止めれてしまった。

「はぁ?」

 あまりも現実離れしていたのか、子猫みたいに目を丸くした。

「おいおい、駄目じゃないか」

 ゴールドはそう言って矢尻を外して棄てた。

 そして、あろう事か舐めて拭った。

 これにラフォーサは「ぬぁに?!」と驚愕していた。

「……うん、悪くはない」

 ゴールドはそう言って投げ棄てた。

「こいつ……イカれてやが……あれ?」

 ラフォーサは再びもう一発放とうとしたが、いつの間にか無くなっている事に気づいた。

「おい、子猫ちゃんよ」

 背後から声をかけられ、ラフォーサは「誰が子猫……」と睨んだ。

 しかし、アーモンドが矢筒を持っているのを見た途端、彼は声を失ったみたいに口が開けっ放しだった。

「こんな大勢の前で矢を放ったら危ないだろ。飼い主のしつけがなってないな」

「あぁ、全くだ」

 ゴールドも立ち上がって、ラフォーサを挟んだ。

 前後にただならぬオーラが百獣の王の風格をドンドン吸い取られていき、一匹の小さな獣になってしまった。

「ふにゃぁあああああ!!!」

 ラフォーサは弓矢を棄てて、猫みたいに逃げてしまった。

「……困ったやつだ」

 アーモンドはそう言って矢筒を棄てた。

 一人残されたスローマは、今の状況が信じられなかった。

(ば、馬鹿な……俺達はSランクパーティだぞ?! ギルドの中でも頂点に立つ俺らがこんな薄汚いコソドロみたいな連中に赤子みたいに扱われて……)

 スローマがワナワナ震えていると、シェイクが「返してもらうぞ」と彼の手に刺さったトランプを抜いた。

 細い血が流れ、彼の金ピカの靴に落ちる。

「な、舐めんじゃねぇえええええええ!!!」

 スローマがシェイクの脇腹目掛けて剣を振った。

 しかし、シェイクはトランプの縦部分で刃を受け止めた。

「はぁ?!」

 スローマが驚愕するのも束の間、シェイクはテーブルの上にあったトランプ数枚を投げた。

 それは全部スローマの両手に刺さった。

「あがっ……」

 彼の手から剣が落ちる。

「あ、あぁ……手が……俺の手が……」

「心配するな。唾つければ治る」

 シェイクはスローマにそう言ってポケットからドル札を数枚取り出してウェイトレスに渡すと、「釣りはいらねぇ」と言って立ち去ろうとした。

 ゴールド達も「ごちそうさま」「くそっ、次は絶対にババなんか引くもんか」などと言って、酒場を出ようとした。

「あの……」

 すると、ウェイトレスが彼らを呼び止めた。

「なんだ、どうした? 足りねぇのか?」

 寝ぼけまなこのプルーンがそう聞くと、ウェイトレスは「この紙……なんです?」とドル札を見せた。

 これにラムが首を傾げた。

「何って……ドル札だけど?」

「ドルサツ……? なんですか、それ?」

 ここでゴールドは何か察したのか、「この国の流通貨幣はなんだ?」と聞いた。

 ウェイトレスは「金貨、銀貨、銅貨の三種類です」と答えた。

 これに傭兵達は固まってしまった。

 マフィアや暗殺者、姫誘拐などの事ばかり優先的に調べたせいで、この国とアメリカの貨幣が違う事を見落としていたのだ。

 当然クレジットカードなどのキャッシュレス決済も使えない。

 ゴールドは頬をかいて言った。

「……近くに両替所ないかな」


To Be Continued……。

 

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