第4話(累計 第11話) 解剖を行う前に。

「先生。どうしてもクロエちゃんのお父さん、モイーズさんのご遺体を切らなきゃいけないの? 前の時みたいに触っただけで調べる事は出来ないの?」


「私も出来れば、ご遺体を切りたくはないよ。でもね、今回の様に遺体の外見がまるで生きているみたいになっているんじゃ、切って体内から証拠を探すしかないんだ」


 ミアは、知人の遺体を更に傷つけたくない。

 彼女が信仰する光神の教えでは、死後に復活するから遺体が万全の状態で埋葬されないといけないという教義は無い。

 しかし、これは優しいミア個人の思いだ。


 ……だって、死んだあとでも切られるのは、可哀そうで痛そうだし。ボク、出来るだけ自然な形で見送ってあげたいんだ。火葬にするのは、しょうがないとも思うけど。


 昨今では土葬だけでなく、ご遺体を火葬にする場合も多い。

 聖なる火で浄化されるという教えも、ミアが信じる神とは別の神の教えにある上に、都市化した王都の墓地は手狭になり年々埋葬場所の余裕がなくなっているからだ。


「ミアくんの優しい思いは十分理解するし、何もなければ私も解剖なんて事はしないよ。だが、今回の様に残された証拠が遺体しかないのなら、解剖して内部まで調べるのが一番間違いない。前にも言ったかもしれないが、遺体はもう話せないけれども、その死に方で『語る』んだよ」


「語る? どうやってですか、先生? 既に亡くなっているのに、お話なんて……」


 フィンは、悲し気な顔のミアを慰めながら語る。

 まだまだ幼く正義と慈愛に満ち溢れた少女の心残りを癒すために。


「例えばだけど、前回の事件では遺体に殺された跡が残っていた。だから、殺人事件として立証。亡くなった人がどう殺されたが解明されて、彼の敵討ちが出来たんだ。遺体が自分がどう殺されたのかを『語って』くれたんだ」


「敵討ち……。確かにそうだよね、先生。殺されたのが分からないままだったら、奥さんやお子さんも危なかっただろうし」


 ミアは、事件解決後に感謝の言葉を送ってくれた金貸しの妻と幼い子の顔を思い出した。

 ミアがフィンに事件解明の依頼をだしたから、殺人事件と分かり犯人を捕らえる事が出来たからだ。

 そしてフィンが言うように、遺体に残っていた証拠が確かに「語って」くれた。


「今回もそうだ。亡くなった方は、娘。クロエくんが重い罪に問われるのは望んではいないだろう。もちろんクロエくんが父親殺しをしていないと仮定すればだが……」


「クロエちゃんがお父さんを殺すなんて絶対にありえないよ! あの子はモンスター退治でも、倒されるモンスターが可哀そうだって冥福を祈るくらい優しい子だもん」


「だったら何が一番いいか。分かるよね、ミアくん。私が絶対に証拠を見つけてみせる。だから、頼む。遺体の解剖の許可を出してくれ」


 フィンはミアに言葉を尽くし、頭を下げた。

 まだ幼い教え子である自分にすら頭を下げるフィンに、ミアは恩師を信じる事にした。


 ……先生、昔から自分が悪かったらすぐに謝るし、誰にでも丁寧なんだよね。ボクも、先生が小さな子供にでも謝るのを何回も見たんだ。立派だよね、随分偉いのに自分の過ちを認められるんだから。だから、ボク。そんな先生が大好き!


「分かりました、先生。ですが、ひとつだけ条件があります。ボ、ボクも解剖現場に立ち会わせてください。これでもモンスター退治とかで、グ、グロいのにも慣れて……ますから」


「分かった、ミアくん。けれど、気持ち悪くなったら、無理せずに直ぐに解剖室から出ていくんだぞ? ミアくんが苦しむ姿は、私も見たくない」


 ミアは心を決め、自分が解剖に立ち会うならばと許可を出す。

 だが震えながら宣言するミアを見て、フィンはミアの頭を優しく撫でつつ、無理をしないようにと慰めた。


「もー、先生。ボク、これでも成人迎えたオトナなんだよー! 子供扱いしないでー」


「ん? 長命種たる私から見れば、ミアくんは十分子供だが。第一、淑女たる恰好もせずに所作もなっていないミアくんが大人を言い張るのは、如何な物かと思うぞ」


 ミアは照れ隠しに怒って見せるが、フィンもミアをわざと揶揄からかう。

 お互いに相手を思いあう二人は、笑みを浮かべて見合った。


「先生、絶対に事件を解決しましょう」

「そうだね、ミアくん」


 二人は解剖の手続きを開始した。


  ◆ ◇ ◆ ◇


「皆様、本日は多数お集まりいただき、ありがとうございます。今回、解剖を行わさせていただきます、王立魔法学院、魔法生命学教室 2級教授フィンエル・シンダールです。まずは解剖前にお話したいことがあります」


 ミアとフィンは、警察署長、神殿長、学院、その他各方面に働きかけ、解剖の許可を取った。


 ただ、神殿からはミアの他に死者の尊厳を守る為の高位神官の派遣を。

 学院からは、解剖助手の派遣及び学術的見地から生物学や医学を学ぶ生徒らの参加が小数ながら希望された。

 また警察関係者も後学と興味をもって参加している。


 ……ホントは見世物になるのはイヤだけど、これで少しでも多くの人の役に立つのなら、モイーズさんも許してくれるよね。クロエちゃんにはお父さんを司法解剖するって事は伝えたけど。


「まず最初に、解剖は見世物ではありません。亡くなった方、モイーズ・シャトレ―氏の尊厳を守り、医学の進歩。並びに犯罪解明及び抑制をするために行うものです。まずは皆様、故人の冥福をお祈りいたしましょう」


 フィンは、遺体を覆う布を取り払う前に神殿内に開設された解剖室に集まる人々に解剖の意義を話し、故人の冥福を祈る事を促した。

 それを聴き、ミアは更に先生が大好きになった。


 ……先生! やっぱりボクが大好きな先生は素晴らしい人なんだ。ちゃんとモイーズさんが見世物にならない様にしてくれたんだ!


 ミアが周囲を見回すと、誰もが己の信じる神への祈り方で故人への哀悼を真剣に祈っていた。

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