第2章 異世界でも年金偽装は発生する。
第1話(累計 第8話) 新たなる事件、発覚。
秋深まる中の王都。
貴族街の端、騎士達が多く住まう地域がある。
戦争になれば先槍として馬を駆って戦場を駆け抜け、普段は領内の平穏を守るのが騎士。
十数年前の動乱。
隣国からの侵略戦争を撃退して以降、王国は平和を維持している。
今日も、朝早くから訓練場より騎士達の剣戟の音が周囲に響く。
そんな街の中にある騎士向けの剣を扱う王家御用達な武器商店「シャトレー刀剣工房」。
店舗から奥の居室に向けて、店主の息子が話しかける。
「すいません。父は良く寝ていますので、静かにしてあげてくださいね」
「はい、ファブリスぼっちゃま」
それを受けて、壮年の家政婦が答えた。
「私はしばらく店を離れますから、宜しくお願いしますね」
「ええ、分かりましたわ。ごゆっくりなさってくださいませ」
若い男が店から出て行ったあと、家政婦はしばらく店番をしていた。
だが、まだ騎士達は訓練時間中なのか、誰もお店に来ない。
暇をしていた家政婦は、一旦店の裏に入り住居部分の掃除を開始した。
「クロエお嬢様が居た頃は、ちゃんと片づけをされていましたのに、男だけになったら直ぐに家が汚くなりますね。
たまっていた埃を濡れ雑巾で拭い、床を
家政婦が家の中を掃除しているうちに、締め切られている主人の部屋の扉に目が行く。
「旦那様が好きなサーマルリーフの時期は過ぎちゃったけど、今晩は何のスープを作ろうかしら? そういえば、旦那様に最近お会いしていないわね。眠っていらっしゃるそうなのだけど、静かにするなら……」
家政婦は、そっと主人の居室の部屋の扉を開く。
部屋の中は鎧戸が締め切られていて薄暗く、中央には豪華なリクライニングチェアがある。
主人らしき白髪だが案外と立派な体格の男がそこに座り、下半身には毛布が引かれている。
「旦那様、少し部屋の空気を入れ替えさせていただきますね」
家政婦は、そっと小声で主人に話しかけ、鎧戸を開けていく。
部屋の中に午前中の光が差し込み、部屋の中を舞う埃がキラキラとする。
太陽の光にさらされた主人の顔はとても血色よく、笑みを浮かべて眠っていた。
「旦那様、気持ちの良い朝ですね」
家政婦は主人に声を掛けつつ、部屋の中を掃除していく。
だが深く眠っているのか、主人は一向に目を覚まさない。
「あ、すいません!」
掃除をしていた家政婦の箒が主人が深く座り寝ているチェアに引っかかる。
その勢いで、なんと主人が床に放り出された。
「ああ、旦那様ぁ! 申し訳ありません、旦那様。お怪我、無いですか……。旦那様?」
床に放り出されても眠ったままの主人。
家政婦は箒を放り出して、主人を抱き起こした。
「旦那様!? え、お身体が冷たい! 息もなさっていない。え、あ、きゃぁぁぁ! 誰か、誰か! 旦那様ぁ、旦那様がぁぁ!」
家政婦は抱き起こした主人が息をしていなく、既に身体が冷たくなっているのに気が付いた。
家の中に家政婦の悲鳴が大きく響いた。
◆ ◇ ◆ ◇
「クロエちゃん。貴方、何をしていたのか分かっているの?」
「ええ、ミアちゃん。アタシは、分かってお父さん。父の遺体に
警察署の取調室。
そこでは、二人の少女が机を挟んで向かい合う。
片側は金色の瞳と三つ編みされた栗毛を持つ元気ボクっ娘な警察官ミア。
反対側にはミアの幼馴染であり神官仲間である少女。
黒髪、黒い瞳で青白い肌のクロエ。
彼女は沈んだ表情を浮かべ、みすぼらしい囚人服に身を包んでいる。
二人の幼馴染な少女が、警官と被疑者という正反対の立場で出会ってしまった。
なお部屋の中にはもう一人、男性警察職員が記録を取りながら監視をしている。
「じゃあ、いつからお父さんが亡くなっていたの? お兄さんはどうして、クロエちゃんに犯罪の片棒を掴ませていたのかな?」
「それはミアちゃんにも言えない。お兄ちゃんは関係ないわ。全部! 全部、アタシが悪いの!」
ミアは尋問をするも、クロエは自分が悪いとだけ言い、事件の要点については一向に語らない。
兄であるファブリスは、父モイーズが死亡していたのが発覚後、家には帰ってきていない。
事件が警察に報告された直後、ミアが現場に派遣された。
被害者が既に亡くなっているを確認し遺体が損傷しない様に保存魔法を使おうとしたミアが、既に遺体には保存魔法が掛けられていたのを発見。
そこから、誰が死者に保存魔法を掛けて死を偽っていたのかが問題となり、事件発覚直前に逃亡した死者の息子ファブリス。
そして若いながらも高位な神官であり、保存魔法を使える死者の娘クロエに嫌疑がかかった。
「このままじゃ、クロエちゃんが全部悪いので終わっちゃうよ。クロエちゃんが、逃げたお兄さんを庇わなくてもいいんだよ?」
「……早くアタシを断頭台に送ったら良いわ。父をまだお墓に入れなくなかった。それの何処が悪いの!? 貰い過ぎていた年金は、必ず返すわ」
涙をこぼしながらも、自分が悪いと言い張るクロエ。
その様子にミアは大きくため息を吐いた。
……それは分からなくもないけど、だったら神殿で保存したらいいのに。死んでいない事になっていて、貴族年金の問題が発生したから困った事になっているんだけど? でも、クロエちゃんから悪意は感じないんだよなぁ。
「分かった、クロエちゃん。ボク、君が何を考えて事件を起こしたのか、調べてみるよ。ボクには、君が全部悪いなんて思えない!」
「……ミアちゃん。貴方は昔から、小さい頃から全然変わらないんだね。アタシには、貴方はとっても眩しすぎるわ」
ポロリと大粒の涙をこぼし、悲しそうな笑みを浮かべるクロエ。
その涙を見、ミアは確信した。
彼女が望んで犯罪を犯してはいないと。
……クロエちゃん、誰かを庇って何か隠しているんだ。だって、悪い事をしたら神官は神様からもらった力を失うのに、クロエちゃんからはまだ神聖魔法の力を感じるもん。絶対、ボクが真実を明かしてクロエちゃんを助けるよ!!
「じゃあ、また話を聞きに来るね、クロエちゃん。さあー、また先生に話を聞きに行かなきゃ! おじちゃん、あとは宜しくねー」
男性職員が声を掛ける前に、部屋から文字通り飛び出すミア。
その様子にクロエは、更に涙を流した。
「ミアちゃん……。アタシ……」
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