第4話 ミアはフィンと共に、ご遺体を検視する。

(遺体の描写でR15的な表現になりますので、読者の皆様ご注意を。この回を読み飛ばし頂いても話は繋がります)


 ミアは、先生を案内して神殿の奥深く。

 遺体保存に使用されている霊安所モルグに向かう。

 彼らの前には、暗がりを照らす油ランプ持ちの神殿職員が先行していた。


「ここにはかなりの数、ご遺体が保存されているんだな」


 フィンは部屋に入り、周囲を見回す。


「ええ、先生。皆、事情があって埋葬も蘇生もされずにここに保管されているんです」


 部屋の中には低めの三段になっている寝台が多数並び、そこには白布で覆いをされた遺体が多数、永眠ねむってしている。

 ここには、何らかの事情があって火葬や埋葬をされていない遺体が長期間保存されていた。


「冒険者の人達は、冒険者ギルドから遺体の保管手数料は出ているんだけど、後は家族だったり王国から保管料が支払われているの」


「蘇生待ちってやつか。上級認定を受けた冒険者や騎士の特権だな。国家にとって勇者に簡単に死なれては困るってのはあるが」


「ええ。そーなの、先生。もちろん全員が蘇生出来るわけじゃなくて、運が良ければなんだけど。遺体の損傷が激しくて魂がご遺体に残っていないなら蘇生は無理だし。今回の犠牲者も損傷がひどくて、蘇生は不可能って判定だったの」


 冒険者パーティの予算不足や蘇生を行う神官の都合で、しばらく蘇生できない冒険者。

 身元不明で誰なのかが分かっていない者。

 そして、今回のような事件解決前の犠牲者がこのモルグで保存されている。


 永遠とわの眠りについている彼らは、高位な神聖魔法が使える神官により保存魔法プリザベーションを掛けられており、それ以降は腐敗など遺体変化を起こさない。

 その為か、霊安所の空気は澄んでいて異臭はほとんど感じられない。

 唯一、今回の犠牲者を除いて。


「では、フォンブリューヌ巡査。後は宜しくお願いします。くれぐれも、ご遺体は丁重にあつかってくださいね」


「ありがとうございます。では、先生。大変ですが検視をお願いします」


 ミアは、案内をしてくれた顔見知りの神殿職員に礼をする。

 ミアにとっては神殿は、子供のころから通っている遊び場でもあり、生活の場。

 そして、学びや修行、祈りの場でもある。


「ミアくん、ご遺体を見る際に手袋とマスクは必須だ。君は準備しているよな」


「は、はい。ご遺体から感染うつる病気があったり、ご遺体に残る証拠をダメにするからって、警官になりたての時に教えてもらいました」


 ミアは先生に習って手袋をしつつ、口元を布製マスクで覆った。


「うむ、宜しい。では検視を開始しよう。不慮の案件で亡くなられた方、貴方のご無念を必ず晴らしてみます。いましばし、貴方のお身体を触らせて頂くのをお許しくださいませ」


 フィンは、白い布に覆われた遺体を前にして祈りをささげる。

 その際、ミアはフィンが見慣れない祈り方、両掌を合わせて遺体に拝むのを見た。


「先生。先生のお祈り方って、国教のものじゃないですよね。前から不思議だったんですけど?」


「まあ、そこは気にしない様に。邪な神じゃない限り、この国では何処の神に対して祈るのも良いんだから。この遺体には、ちゃんと保存魔法プリザベーションは掛かっているんだよね、ミアくん」


「はい、先生。わたしが現場にて処置をしています」


 祈りについて聞かれたくないのかフィンが誤魔化すので、ミアは気にしないことにした。


 ……先生って、前から不思議な事を言ったりしてたもんね。いつも教えてくれる事も、他の人は誰も知らない事ばかりなの。


「では、検視開始だ」


 ミアは、先生の指示で遺体を覆っている布を取り除いた。

 そこには黒焦げになり、人の姿を失ってしまった遺体があった。


「ふむ。焼死体らしく、『ファイティングポーズ』だな。さて、焼けが酷くない部分があるかな? 入れ墨は残っているが、これは確かに盗賊ギルドのものだな」


「先生、その『ファイティングーポーズ』って何ですか? ボク、聞いたことないですけど?」


 ミアは、先生が悲惨なご遺体。

 焼け焦げて真っ黒になり変なポーズで固まっているご遺体に対して、あまり怖がらずに手袋越しに触っていくのを不思議に思う。

 だが、それ以上に先生が聞いたことが無い「言葉」を話す事が気になって聞いてみた。


 ……ボクも可哀そうな遺体はあまり見たくないんだけど、先生は凄いね。警官になりたての時、ボクはご遺体を見て何回も吐いちゃったもん。今は、心と胃袋を分ける方法を身に付けたけど。


「『ファイティングポーズ』とはボクサーの構え。拳闘家って昔、拳のみで闘技場で戦う人たちが居たんだけれど、彼らが戦う時は前屈みで手足を曲げた構えをするんだ。それにそっくりだから言われているけれど、これは筋肉や腱が焼けると縮んでしまって関節が曲がるからなんだよ。皮膚表面がⅣ度以上の火傷、真っ黒こげだから火事で焼けたのは確かだな」


「そうなんですね。ボクが最初にご遺体を発見した時は消火直後の火事現場で、最初からこの姿だったから火事で焼けたのは間違いないです」


 ミアの質問に答えつつ、フィンは脆くなってバラバラになりそうな遺体をそっと転がす。


「先生、一体何を探しているんですか?」


「焼けていない部分を探しているんだよ。あ、あった。床に触れていたらしい背中の一部は黒焦げになっていない。死斑は流石にあるな。うん、やっぱりそうか。死斑はピンクじゃないし、Ⅱ度の火傷、水ぶくれが一切ないぞ」


 遺体の背中、あまり焼けていなくて肌色が残っている部分を先生が注意深く見ているのも、ミアにとっては不思議だ。


 ……先生、どうして背中なんか観察しているんだろう? ボクには、ちんぷんかんぷんだよ。


「そして口の中や喉の奥は……。うん、煤が殆ど無い。眼球は内部が沸騰して破裂しているし、顔回りは皮膚が完全に焼けているから『溢血いっけつ点』。毛細血管の出血は確認できないな。頭部は……、ここに違和感がある。ふむ、凹んでいて何かの破片が刺さっているな。首は……、『舌骨』や『甲状軟骨』が折れている。喉回りの皮膚は炭化しているから、絞め跡は分からんか。これ以上は解剖をせねば分からんが、まあ間違いない。うん!」


「先生、何か分かったの? ボク、全然わからないんだけど? 解剖ってご遺体を切っちゃうの?」


 ミアは、先生が興奮しながら遺体を見ているのを見て不思議がる。

 何か「答え」を見つけたらしいのだが、それがミアには分からない。

 というか、普通の人が悲惨な遺体を前にするような態度にも見えない。


 ……優しい先生が遺体を見て興奮するのは、ちょっと変? それに遺体を切り刻むのって??


「答え合わせをしても良いが、私の初見と証言だけで証拠になるのかな、ミアくん? 解剖すれば更に物的証拠も得られよう。学院のお墨付きを貰えれば根拠にもなるが」


「そこは大丈夫。ボク、神聖契約魔法で証言とか物的証拠を裁判で使える様に出来るんだ。だから、今回はご遺体をこれ以上傷つけるのは辞めて欲しいの。これ以上、この人が酷い目に合うのは可哀そうで」


 ミアは、犠牲者に対し、両腕を握り重ねて祈りのポーズをとった。

 彼の魂が安らかである様に、これ以上酷い事にはさせないと。


「神の聖名みなにおいて嘘を付け無いようにするのか。まあ、私は科学的事実を語るだけであるし、嘘は言わぬから問題はない。解剖は確実性を上げるだけで、今の外見からの証拠でも殺人事件だったことは十分立証できる」


「やっぱり殺人事件だったんだ。ボク、先生の言う事なら何でも信じるよ。じゃあ、犯人はアイツ?」


「早とちりは辞めような、ミアくん。現在の証拠から分かるのは、殺人事件であったことだけ。犯人が誰だったかは、まだ分からんぞ」


「ごめんなさい、先生。ボク、いつも署長からも慌てて動くなって言われているんだ」


 しゅんとなっているミアを見て、フィンは慰める様に手袋を脱いだ素手でミアの頭を撫でた。


「よしよし、良い子だ。まだまだミアくんは子供。これから立派な大人のレディになればいいのさ」


 ミアは子供扱いされながらも、先生から大事にされているのを実感し、頬を染める。


「ありがとぉ。先生」


「じゃあ、まずはボクって言うのを辞めような。年頃のレディらしからぬ一人称だ。少なくとも公的な場所では、今後気を付ける様に」


「えー!」


 しかし、今度は子供扱いされ過ぎているのを感じ、ミアは頬を膨らまして不平を言った。


「では今から容疑者を調べ、犯人を捕まえる準備をしよう。否定してきたら『異議あり!!』っていうのを、私も一度はやってみたかったからな」


「先生。それ何?」


「ただの昔話さ。もう訪れる事が出来ない場所、逢えない人達との思い出話だよ」


 何処か寂しそうな顔で語る先生の様子に、ミアは不思議そうに思った。

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