第3話 ミアは事件について語る。

「かなり物騒な話だな。ミアくん、念のために防音結界を張らせてもらうぞ」


 ミアが事件について話し出した時、フィンはレストランの店員に一声をかけてから、自分達の席の周囲に防音効果のある風の結界を張った。


「あ! 先生、ご丁寧にありがとうございます。では、事件についてお話します」


「ちょっと待った。確認するのだが、私に相談する事は署長はご存じか? それと一応、学院側にも話を通さねばならぬ。事件ともなれば、勝手に外野が口を突っ込んでも不味いぞ。最悪、ミアくんの身が危なくなるし、私の学院での立場もある。正直、私の学院での評判は『生まれ』もあってあまりよくない。私の評判がミアくんに影響するのは絶対にあってはならんからな」


「はい、先生。おっしゃるとおりです。この件は署長に相談済みですので、御安心ください。学院へは近々、署長共々ボクも説明に行きます」


 ミアは、フィンが自分の事を心配してくれているのを聞き、嬉しくなった。

 情報漏れをしないように防音対策をしてくれたことも含め、まだまだ大人になり切れない自分の未熟さを思い悩むと共に、大好きで優しい先生フィンが助けてくれるのがとても嬉しかった。


 ……学院の先生が特定の貴族や派閥・勢力に肩入れするのは、不味いものね。学院は政治から離れているから、自由に研究できるって先生に教えてもらったことあるし。


「なら良い。もう一点確認するが、謝礼は私には必要無いぞ。私個人は学院から給与も十分貰っている。それに可愛い教え子の頼みとあらばな」


「か、可愛いって! せんせー、だいすきですぅ!」


 可愛いという単語を聞き、つい暴走しそうになるミア。


「おい! 話を進めてくれ。まったく可愛いとは言ったが、ミアくんのソレは幼い子供の可愛さだぞ。早く大人になりなさい。まったく……」


「ふぅ……そうですね。では、事件について説明します。先程、お話しましたように、とある豪商。金融業をしていた商館で夜間に火事がありました。幸いにも発見が早く屋敷は半焼、とある部屋だけが焼けた状態で無事に消火できました。ですが、その焼け跡から男性と思われる遺体が発見されました」


 舞い上がっていたミアは、一旦深呼吸をしたのち事件を語りだす。


 豪商が立ち並ぶ王都商業街、そこで金貸しをしていた商人。

 オーレリアン・フランクールが火事で死亡した。


 顔も分からない黒焦げな遺体であったが、残った衣服や指輪などの遺留物。

 彼がカタギの金貸しになる前に所属していた「団体」、盗賊ギルド関係者の入れ墨。

 更には、遺体から類推できる骨格などの身体的特徴。

 そして彼が行方不明なことより、身元が判明した。


 ……亡くなった人、金貸しをする前は盗賊ギルド内で金勘定、金庫番をしていたんだって。金融業ってカタギがいきなり始められる商売じゃないし。


 店主が亡くなった現場は、彼が職務を行っていた部屋。

 彼が倒れていた付近、床のカーペットにはランプの油が大量にまき散らされており、そこが激しく燃え上がっていた。


 もちろん、床の上には灯り取り部分のガラスが割れたランプも落ちていた。

 また、彼が管理をしていた金融証文や帳簿が殆ど焼けてしまった様だと、彼の補佐をしていた従業員たちが証言をしている。


「そこで、ボクは現場で聞き込みをしたんだ。亡くなった人に自殺をする理由とか突然死する持病とか無かったかって?」


「確かに聞く限りでは、焼身自殺か。もしくは急病で苦しんで倒れた時にランプを転がしての事故死にも『一見』見えるな」


 ミアが従業員に聞き込みをしている時。

 大半の人は雇い主は殺しても死ぬような人じゃないし、酒もたばこも殆ど嗜まず、美食家でもないと語った。

 更に夫人や家族との仲も悪くないらしい。


「まだお子さんは小さいから、奥様は随分と悲しんでたの。だけど、ある人。その人はお店のナンバー2なんだけど、彼だけは主人は何かで酷く悩んでいたって変な顔で証言するんだ。その人に嫌な感じがしたから、ボクつい魔法を使ってしまったの」


 ミアは、無暗に使う事を禁じられている神聖魔法。

 「悪意感知センス・エビル」を被疑者に使用してしまった。


「そんなことをしたらダメだろ!? 警官であり、正義たる光神の信徒にして神官戦士が、人前において己のカンで『悪意感知』を行うのは?」


「うん。その事が相手にバレて、署長やおじちゃん。神聖騎士団長さまにも叱られちゃったの」


 まだまだミアが幼い頃。

 神殿教室に通っていた時、ミアはふと「誰か」からの優しい声を聴いた。

 その声の元へ歩いていくと、声の先には大きな偶像。

 国教たる教えの最高神、光神の似姿があった。


「ボク、神様。光神さまの声を聴いてから神様の力。神聖魔法を使えるようになったの。でもね、悪い事に神様の力を使ったら神様は必ず怒って罰を与えるのに、ボクは何も罰を受けていないんだ」


「ふぅ。そりゃ事件を解決して正義を成すという名目がある。ミアくんの優しくて暖かい心の元で使った魔法だから、神様は罰しはしないさ。ただ、そんな魔法を使った事、要は疑っている事が相手にバレたら普通は良い感情は持たれないぞ」


「うん。だからボク、色んな人に叱られたの。捜査の邪魔をしたって」


 その後、「悪意感知」で疑われた被疑者から警察に苦情がなされ、ミアは一旦事件捜査から離れさせられた。

 しかし、「悪意感知」にて悪意が見つかった事でこのまま事故で片付けて良いのかという声が警察上層部や神殿内部であり、極秘裏に捜査を続ける事になった。


「ミアくんは皆に信用され、愛されているな。普通、個人のカンは無視されてもおかしくないのにね。その時、ミアくんの魔法。『悪意感知』で被疑者に悪意、誰かに対する殺意がみえたのかい?」


「うん、先生。はっきりと殺人現場は見えなかったんだけど、人を殺したっていう怖い心はボク、見えたんだ」


 ミアの真剣な顔に、彼女のカンと言葉に嘘はないだろうと思い、フィンは考え込む。


「分かった。では、私も事件解決に協力しよう。まずは事件現場からといいたいが、既に被疑者に警戒されているだろうから無理っぽいな。ご遺体は見られるかな?」


「ありがとー、先生。先生が助けてくれるのなら百人力です! ご遺体は、まだ神殿にて保存していますので、今からでも確認できます。さあ、早速行きましょう!」


 ミアは、大好きな先生が自分を信じて助けてくれると言ってくれたのが嬉しくてたまらない。

 立ち上がって、先生の手を引っ張って今にも走ろうとする。


「おいおい。優雅な昼時のティータイムくらいはゆっくりさせてくれよ。ミアくん、君は今後貴族とも応対する機会が増えてくる。所作の基本くらいは学んでおいてくれ。基本は私でも教えられるが、女性ならではの所作は神殿関係者からでも学ぶと良いぞ」


「はい、先生! ボク、がんばりまーす」


 ミアは、大好きな先生の前で苦手な所作の勉強をしないとは決して言えないので、頑張ると元気に手を上げて宣言する。

 しかしながら、どうみても出来ていない部分を聞き、フィンはため息をついた。


「はぁ。まずは、ボクって一人称から替えような、ミアくん。確かにボクっ娘ってのは『萌え』概念からすれば実に良いモノだが……。それに、キミの心は裏表がなさ過ぎて、捻くれた私には眩しすぎるんだ」


 ぶつぶつ何かを言うフィンに、舞い上がっているミアは気が付かなかった。

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