第2話 ミアは恩師の元へ相談に行く。
「せんせー。フィンエル・シンダールせんせーい。居ますかぁ? ミア、ミア・フォンブリューヌでーす!」
遅刻して警察署長に、こっぴどく叱られたミア。
市場の商人や兵士らからの証言を受け、遅刻自体は許してもらえたものの、もっと早く家を出なさいと叱責を受けた。
その後、事務処理を急いで片付け、ミアが恩師の家に向かったのはお昼前であった。
恩師、フィン先生の家は、王都では学生街の中。
学院から一定レベル以上の教員らに支給されている中の一つである。
「ミアくんかい? 鍵は掛かっていないから、勝手に入っておいで」
「はーい、先生!」
ミアが建付けがあまりよくないドアをギギっと開けると、目の前は沢山の詰みあがった書物や魔道具で溢れており、足の踏み場もない。
鎧戸の隙間からの太陽の光を受け、
幸い生ごみは無いのか、空気は少々埃っぽいものの異臭は無い。
「せんせーい。いつも思うんだけど、片付けしよーよ。これ、どこ歩いたらいいんですかぁ? ボク、先生のところまでいくまでに大事なモノを踏んじゃいそうなんだけど?」
「う、うむ。慣れないと、ここは歩けないか。では、ミアくん。昼前だから外で昼食でも取りながら話を聞こうか?」
「ごはん! ボク、お腹ぺっこぺこなんだー! せんせー。だーいすき!」
ミアは、聞きなれた恩師の優し気な声に嬉しくなった。
……せんせーい。昔からボクに優しくて、なんでも知ってて。ボク、先生のお嫁さんになりたいなー。
「あ、もちろん。自分が食べた分は自分で支払いなさい。ミアくんは、もう大人。公僕なんですからね」
「もー、せんせいのけちぃぃ」
ミアは何処か嬉しそうな声を出して、先生に文句を言った。
◆ ◇ ◆ ◇
学生街にある、やや高級なレストラン。
そこにミアと先生はいた。
お昼時ともあって、店内は多くの学生。
それも
庶民向け食堂よりは「やや」高額であるが、値段以上に量があって味も良い。
更に店内もオシャレに飾り付けられており、学生カップル客がお互いに愛を語る場所として有名。
と、そんなことまでは恋路よりも食いっ気優先なミアは、残念ながら知ってはいたが気にもしていなかった。
「ふー。ボク、もーまんぷくだぁ」
ミアが幸せそうな笑みを浮かべ、もしかすれば何処かよりも前に突き出たお腹をさする。
「ミアくん、君は昔から。神殿教室で私が教えていたころから、全く変わらないな。君も十六歳になって大人のレディのはず。なのに、その子供っぽい所作に、ふしだらな恰好は正直どうかと思うぞ?」
テーブルを挟んでミアの反対側に座る、長髪の黒髪。
耳が長く華奢な体格の賢人。
ミアの様子を緑色なジト目で見、食後の茶を優美に
恩師フィンはミアに、大人としての苦言を呈した。
ミアにとってフィン、先生は彼女が幼い頃に通っていた神殿教室で教えてもらった恩師。
誰にでも親切に教えてくれる上に、質問すれば何でも答えてくれる神のような博識。
所作も優雅で、下町の下品な悪ガキや大人達とはまるで大違い。
ミアは自分にない優雅さをフィンに感じ、そして不器用でぶっきらぼうながらも優しい彼の事が大好きだ。
何処かの貴族において
只人族が人工の大半を占める王国では、政治的決め事により政治に長命種が関わる事は禁じられている。
……取り換え子は、冒険者か神官さん、魔法使いになるのが多いって聞いたことがあるの。ボクの知っている神殿の人にもハーフエルフの人はいたよね。
貴族の家に生まれ体力に恵まれなかったフィンは、研究職を選び王立魔法学園の教授をしていると、ミアは本人から聞いていた。
神殿教室でフィンが教師をしていたのは、彼が知り合いの神官から頼まれていたとも。
「えー!? この恰好ってとっても動きやすいし、ちゃんと神官戦士見習いの男の子用な制服だよ、先生?」
満腹気にお腹をさするミアは、自分の恰好を見下ろす。
革製、裏打ちに金属補強されて丈夫なベストの下は薄手の半袖シャツ。
もちろん中が透けないように、下着はしっかりと着用。
まだまだ成長途上の「何処か」は大きく実ってはいないものの、ボーイッシュな感じは街のおばちゃん達からの評価も悪くない。
ベストから伸びる腕は細すぎず太すぎず、健康的にうっすらと日焼けをしている。
肘当て、指抜き手袋は一部がリベットで強化されていて、実にカッコいいとは後輩の神官戦士見習いな男の子の意見。
下は、丈がやや短めの厚手布製なハーフパンツ。
膝当ては付けているものの、そこから
これまた神官戦士の先輩たちからは、眩しすぎて目のやり場に困るとの事。
足元を守るショートブーツは、荒事にも対応できるように底とつま先に金属を仕込んでいる。
訓練中にミアの蹴り技を喰らった下級生からは、色々含めて禁じ技だと文句を受けた。
顔立ちも、まだまだ幼さが抜けきれないものの、王都では珍しい金色の大きな瞳とそれに良く似合う笑みが実にチャーミングと、父は言う。
長くて少しウェーブがかった綺麗な栗毛は、後ろで三つ編み。
これまた可愛いようにと毎朝、母が編んでくれている。
そう自分を客観的に見下ろして、総合的に悪くないんじゃないかと自己評価をするミア。
……ボク、捨てたもんじゃないよね? おとーさんやおかーさん。市場のみんなや警察、神殿の人達。キュートで元気なのが可愛いって言ってくれてるし。
「男の子の恰好を年頃の女の子がするもんじゃありません! まったく警察署長や神聖騎士団長は、どういう指導・教育をミアくんにしているのやら」
「えー、先生ってば前時代的ぃ。お貴族令嬢は足首より上を見せないけど、走り回るボクは足を動かす邪魔になる服装はダメだもん。それに令嬢様が夜にオシャレするような背中や
ぷー、とほっぺたを膨らませつつ文句を言うミア。
大好きな先生から、自分の恰好に文句を言われたくないのだ。
「……ミアくん。いい加減、君は自分の魅力に気が付こう。私にとっても、その生脚は実に、その、けしからんというか、危ないというか……」
「え!? 先生。うふふ。ボク、うれしーなぁ。そういえば、昔。ボク、先生のお嫁さんになるって言ったもんね」
フィンが赤面して視線をミアから外すのを見て、ミアはにんまり笑みを浮かべた。
……せんせー。ボクが魅力的だなんて、嬉しいなぁ。先輩たちも男には生脚は効果抜群だって言ってたし。
「お、おほん。まあ、冗談と叱責はこのくらいにしよう。ミアくん、今日は何か相談事があるとアポイントメントの段階で聞いているのだが、それは何かい?」
「あ、すっかり忘れてた! 先生、ボクが受け持っている事件を先生の知識で解決に導いてくれませんか?」
ミアのお嫁さん発言を聞かなかったふりをして、話を本題に戻したフィン。
しかし、まだ顔や長い耳に赤みが消えないのを、これまたミアも気が付かない事にした。
なぜなら、ここから先は恋バナではなく。
血なまぐさい事件について話すからだ。
「……先生は、この間の夜にあった金貸し屋さんでの火事をご存じですか?」
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