第28話 提案

「ほほう。ピザに寿司にスイーツ。それでは俺は中華料理でも……」


 何事もなかったかのように上がり込んで、居間の席に座った金大寺兄は「ううむ」と唸りながらそんなことを言った。


「いや。流石にこれ以上は食べきれないんで。頼まなくていいです」


「この家の向かいに中華料理屋でも建てようか」


 流石財力魔王。規模が違う。


「じゃあ私は……えっと。コンビニでも建てようかしら?」


 張り合うな糸式。便利だけど。

 家の前にコンビニは足立区だと逆に地雷物件になりかねない。


「じゃあ俺は駅作ってやるぜ」


 だから張り合うなよ金大寺弟。


「では俺は。そうだ。総理のLINE教えましょうか?」


 なんでこの不毛な争いの元凶がハードル上げた?


「くっ……流石の私も総理大臣を超えるコネクションは持っていないわ」

「流石兄ちゃんだ……すげぇ」


「はぁ。で? 金大寺先輩はどうして我が家に?」


 糸式と弟の方はわかるとしても、この先輩に関してはマジで謎だ。


 一体何が目的なのだろうか。


「ああ、そう警戒しないでくれ。俺が今日来たのは、この前の件だよ。保留になっていた、コピーを配らないでいてくれた際の条件に関してだね」


「えっと……その話は」


 俺は凜の方を見ると、金大寺先輩は「安心して」と言わんばかりにウィンクした。


 どうやら魔法のことは上手く隠しつつ、話を進めてくれるらしい。


 まぁ、この先輩ならうまくやってくれるだろう。


「いいか、糸式?」


「ええ。聞かせて貰おうじゃない」


「では。まず今回の件については金大寺クラスタと糸式クラスタの間ではなく。俺と朝倉澪里個人の問題だと考えた。その上で、君が金大寺家の秘密を広めない。それに値する魅力的な条件を考えた。できればご両親も揃っている時に話したかったが。まぁ今日は草案だと思って聞いてくれ」


「はい。それで、その草案というのは?」


「ああ。この前も言ったが、巻志が負けたあの日、私は君とその周囲のことを徹底的に調べた。もちろん、君のご家族についてもね」


「え……?」


 隣の凜が怯えた表情をする。それを糸式が優しく撫でてくれた。


「そこで知ったのは君のお父さんのご病気だ。半端な病院に入院し治療しても、再発の恐れがある面倒な病気だ。現に君のお父さんは大手電機メーカーを辞めざるをえなくなり、非常に不安定な収入と生活を送っている」


「はい……」


「だがお父上の病気は難しいだけで完治できない病気ではない。その証拠に、俺の知り合いの経営する病院に専門家がいる。急いで確認をとったところ、一年も入院すれば完全に完治させることが可能だとのことだ」


「わかっています。ただ、父さんの病気は……」


「保険適用外。膨大な費用がかかる。わかっているよ。だからここからが俺の提案する条件だ。君のお父さんの入院。そして入院中の収入。そして退院後の元いた大手企業への復帰手続き。その前面バックアップを条件とさせてもらいたい」


「え……え……お父さん治るの? 嘘みたい……」


 感激したのか、凜の両頬を涙が伝う。


「ああ。治るよ」


 そんな凜の頭を優しい表情で撫でる金大寺先輩。


「いや……そんな……貰えませんよそんな。あまりにも俺が貰いすぎてる……こんなの施しだ……」


 嬉しさと困惑で声が震える。


「そうかな? 君がこれから学園での戦いを有利に進めるカードの一枚を自主的に封印してもらうんだ。寧ろ安すぎるくらいだと思うけどね」


「いや……でも……父親がなんて言うか」


「そこは私の方から金大寺家をつかって上手く説明させて貰う。悪いが断られても困る。なに。優秀で才能ある若者に向けた返済義務なしの奨学金のようなものだと思ってくれていい。これからは家族の心配をせず、のびのびと学んで欲しい。そう思っている」


 えっ? 父さん、ちゃんとした病院で治療をできるのか……それも一年も?


 願ってもないチャンス。


 本当なら俺が学園で天下を取って。報酬のいいところに就職して、自分の力で父さんを助けたかった。


 でも。それは俺のエゴだ。


 今は元気を取り戻しているが、父さんの病気はまたいつ再発するかわからない。その時に俺が多額の報酬を得ている保証なんてどこにもない。


 だったら。今は目の前に提示されたこの条件を呑むのが一番いい。


 俺のプライドなんてどうでもいいのだ。

 父さんが少しでも早く健康になるなら……それが一番いい。


「糸式……いいか? 俺だけが得する感じになっちゃうけど」


「何よもう! いいに決まってるじゃない。良かったわね、朝倉くん」


「ありがとう……糸式」


 糸式は目に涙を浮かべ、喜んでくれていた。


「それにしてもお父さんの病気のことまで調べ上げるなんて、流石勇吾さんね。知っていたら、糸式家が治療の支援をしたかったわ」


「それはやめておいた方がいいだろう。君と朝倉くんは金による繋がりではなく、絆によって繋がっているべきだ。だからこの方法は敵であり、先輩である俺にしかできない方法だ。さてどうだろう朝倉澪里くん。この提案。受けてくれるかな?」


「はい……両親に上手いこと説明してくれるなら。ただ。俺からも一つ条件が」


「条件?」


 俺は頷いた。


「その資金は借金という形にして、いつか俺が働き始めたら、少しずつ返していく形にしていただけますか?」


「それは駄目だ。それでは対等な契約とはいえない。俺たち側が得過ぎている」


「むぅ……」


「はは。君はわからないだろうが……それだけのことをしたんだ。だから君のお父上を助けたのは俺じゃない。君なんだよ。朝倉澪里」


「俺が……父さんを助けた……?」

「ああ。だから胸を張れ。そして、ただひたすらに突っ走れ。七星学園のトップまで」


 偉大な先輩に背中を叩かれたような気がした。

 思うままやれと。自由に何も気にせずにと。


「はい。頑張ります」

「ええ、一緒にトップを目指してがんばりましょう!」

「おお! 俺も頑張るぜ」


「よ、よくわかんないけどおー!」


 妹の凜も加わって、俺たちは拳を天に突き上げた。

 そして、家のチャイムが鳴り、ようやくピザと寿司が届く。


「えっと……外に何か人集りができてますよ?」


「え? 何かあったんですか?」


「いやぁ……」


 ピザを受け取るとき、配達員さんにそんなことを言われた。


 歯切れの悪さに嫌な予感がし、外に出る。

 すると、俺の家を囲うように高級車が三台停まっていた。


 それぞれ糸式家、金大寺家(弟)、金大寺家(兄)のものだろう。


 近所の人たちも集まってきて、何事かとひそひそしている。


「揃いも揃って全員高級車で乗り付けやがって。ほら、ちゃんとあっちにパーキングエリアあるから! そっちにちゃんと停めて!」


 運転手さんたちがそれぞれ車内に居たので、事情を説明し移動してもらった。


 いや、砂利道で駐車場ぽいけど駐車場じゃないんすよ俺んちの前。


 ってか、あんな高級車が停まってたのになんで彼奴ら……ああそうか。彼奴らにとっては高級車なんて見慣れたものだから、道端に停まっていても気にならないんだ。


 くっそ……ブルジョワめ。


***


 その後、祭りのような食事を終えた後、解散となった。

 ご馳走を食べた満足感と、祭りの終わりのような寂しさを皆が抱えながら、一人。また一人と帰路についていく。

 こういうとき、俺は見送る側より見送られる側の方がいいな……なんて思いながら、最後まで残ってくれていた糸式の見送りに立つ。


「ねぇ……本当に忍崎さん泊まっていくの?」

「別に同じ部屋に泊まる訳じゃないし……ってか、アイツ中身は男みたいなもんだし」


 厳密には違うけど。というか、あいつを男女という枠で定義しようとすると非常にめんどくさくなる。

 糸式は尚も不安げに瞳を揺らす。

 

「でも心配だわ。私もやっぱり泊まろうかしら」

「お嬢様。申し訳ありませんが……」

「はいはいわかってるわよ。ちゃんと帰りますよ」


 帰り際。俺と忍崎に間違いが起こらないか心配で仕方ないらしい糸式は、不安げにそう言ったのだが、運転手さんに釘を刺されてしまった。


「ずっと同じ部屋で暮らしてたんだ。今さらだろ」

「でも……やっぱり不安だわ。ほら。今日はとっても安心することがあったでしょ? その勢いでとか」

「大丈夫だって。俺が好きなのは忍崎じゃなくて……」

「忍崎さんじゃなくて……。誰なの?」


 しばし、見つめ合った。

 今、自分が考えていることが相手に伝わる魔法があったらいいのにと思って。

 やっぱりなくてよかったなと思った。


 それでも彼女の瞳から不安の色が消えることはなかった。


 なんでだろう。そういう君の表情を見ていると、俺まで悲しい気持ちになってくる。

 だから今すぐに安心させてあげたくて。

 軽くハグをした。糸式の体がびくんと震え、やがて委ねるように体重を預けてくる。

 服越しでも互いの体温が伝わってくる。今耳に響いている心臓の音が自分のものなのか、相手のものなのかもわからない。

 まるで溶け合っているかのようだった。


 ずっとこうしていたいと思えた。


 でもその時。俺は目に入ってきたものに思わず笑ってしまった。


「プッ……」

「な、何よ。せっかくいいムードだったのに」

「いや……お前のポニテ……ブンブンしてるから」


 犬かよ……ああダメだ。おかしい。


「こ、これは!? 嬉しくてつい……もうっ! 今日は帰るわ! また、学校で! 風邪ひかないでよ!」

「ああ。またな!」


 糸式の乗った高級車を見送った俺は、ほっと溜息をつく。

 しばらく夜空を眺めてから部屋に入る。


「終わった。終わったんだ全部」


 すがすがしい気分と、どこか違和感を感じつつ、俺は布団に向かう。


「凛はもう寝てるのか。こんな時間だしな」


 銭湯は明日の朝にしよう。

 そう思い、眠りにつくのだった。


***


***


***


 ここは? 夢?


 俺はあまり夢を見るタイプじゃないんだが……それでも夢の中だとわかったのは、目の前にとんでもなく豪華な玉座があったからだろう。

 そして、その玉座に座っている人物を見て、俺は驚いた。


「時宮……天災!?」

「こうして出会うのは初めてだな。来世の私よ」

「はっ……本物かよ」


 一体どういう仕組みなんだ?


 とはいえ、丁度いい機会だ。

 このじいさんには聞いてみたいことは山ほどある。


「アンタに聞いてみたいことが――」

「黙れ。お前が私に問うことは許されない」

「あ?」


 なんだこのジジイ。


「来世の私よ。何故この私がこうして夢の中に現れたのかわかるか」

「皆目。さっぱり見当もつきませんね」

「それは貴様が魔法を極めるためのモチベーションを失ったからだ。貴様は父親が助かると分かった瞬間、気を緩めた。あの学園で戦っていくだけの気概を失った。そのままではズルズルと沈んでいくぞ」

「はぁ。失ってないですけど? 糸式と組んでこれから上を目指していく気マンマンですけど」


 このジジイ。気に入らない。

 流石、最強最悪の魔術師と後世に伝わるだけのことはある。


 だがこのジジイの言うことがこんなにも苦しく感じるのは……心のどこかで図星だと思っているからなのか?

 俺は……金大寺先輩の提案を呑んだ瞬間に……ここがゴールだと感じていたのか?


「重症だな。自分で気づいていないとは……」

「くっ……どうだっていいだろ! 確かにモチベーションの一つはなくなった。それは事実だ。でもだからこそ、これからはノビノビと魔法を」

「甘いっ!」


 その時。老人の怒鳴り声に怯んでしまった。体が動かない。

 くっそ。どんな肺活量してんだよ……。


「追い詰められなくては、真の強者にはなれない。だから私が与えてやろう。貴様が必死にならなければならない理由を」

「理由? 一体何を……」

「今は何もしない。だが、貴様が今後魔法の修練に手を抜くようなことがあれば……私が貴様の肉体を乗っ取り、真の転生を果たす」

「はぁ!?」


 そんなことができるのか!?


「私に不可能はない。現に私は死すら克服した。お前の人生そのものが証明だ」

「はっ。取られてたまるかよ。お前なんかに言われなくても。俺は七星学園のトップになる。家族にいい暮らしをさせるために。糸式の目的を叶えてやるために。だから邪魔したら絶対に許さないからな?」

「フッ。それでいい。もっと深く魔法を知れ。解釈を広げろ。無限の可能性を感じるのだ。そして。来るべき戦いの――」


 そこで目が覚めた。


 今回は忘れていない。

 対峙したあの老人。時宮天災の記憶の残滓とは思えないほどにしっかりとした存在感を今でも覚えている。

 

「体を乗っ取る? ハッタリか? とにかく……」


 ヤツにクレームをつけられないくらい、魔法の腕を上げればいいってことだろう?


 いいぜやってやる。


 今よりもっともっと魔法を極めて。そして……。


「あのジジイの時代にはなかった現代魔法で、必ず泣かす」


 そう決意を新たにした。


「お兄ちゃーん! お風呂いくよー!」

「おーう」


 そういえば。昨夜は解散が遅くなったから、朝に銭湯に行こうということになったんだった。

 俺は立ち上がり、風呂の準備をする。


「お兄ちゃんどうしよう!? 篠崎のお姉ちゃん起きないよ!?」

「いつものことだ。置いて行こう」

「えええええええ!?」


 妹と二人、手をつないで家を出る。


 七星学園に入学して一か月。

 少し離れていた間にまた大きくなった凛の手を握りながら、負けないくらい自分も成長しようと……そう強く思った。




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